19.不知

中空で輪を描く

一羽のつばめを見た


人が手を伸ばしても到底届かない

翼が空を切って鳴らした音も

ちょうど髪にさわる直前 滅していく絶妙の

あなたの頭上で それは輪を描いたのだ

わたしはそれを見ていた

知らないそのまま

あなたは去っていった


糞を落としもせず

昆虫が逃げまどって飛び込んできたのでもない

つばめが輪を描いた それきりのこと

ただそれだけのことだったが


あなたと別れて

ひとりとぼとぼと帰途を辿った

背後から本日最期の日光が射して

刻一刻と陰を長く延ばしていった

正面の空を見やるともう夜の表情をして

なにとはなく一番星を探したりしていた


ふっと周囲が白く明暗を繰り返した

街灯のひとつが数度の点滅のあと灯されたのだった

はたと我に返ってみると太陽のつくる陰はおろか

当の太陽さえ地球の向こうに埋もれてしまっていた


あたりに人影はなく

なにとはなく歩を止めて立ち尽くした

団地の下水処理場は従業員のはけて暗く

しかし下水を汲み上げるポンプやブロワの音が間断なくしている

丘の斜面に開かれた住宅地を下方から見上げると

遠く遠く

家々の窓から銘々の色で照明を漏らしていた


こちらから見ると斜めに向いたマンションが

それら一戸建ての屋根の上から立ち上がっている

と見やるが早いか

その廊下の照明が一斉に点灯するのを見た

それにまた我を返してわたしはわたしの帰宅路を歩きはじめた


あなたと手を振り合って

別れる間際に

あなたの頭上で輪を描いたつばめ

瞼にまたその光景が回想されていた


あなたの間近で輪を描いたつばめは

あのときわたしひとりの記憶に残っている

そしてこのいま目の前にしている光景も

わたしひとりの記憶だし

どちらもだれに語るほどのことでもない些末な景色に違いなかった

目に映るあれら窓 窓 窓の

それぞれに家庭というものがあって

またそれぞれの夕食が団欒が秘匿されている


一陣の夜風に身を震わした

このわたしには明らかな寒風もわたしひとりに秘匿されているのだ

と首を竦めた

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