Ⅱ.憧憬篇

i.失し綯われ

18.生物の時間

生命は

いつから恋愛なんてするようになったのか

整然と並べられた机は

足が歪んでいたり

彫刻刀で削られたりしていた

思い思いの席に座った俺たちに

先生はダーウィンの進化説を教えてくれた

淘汰され寄せ集められた選択教室の机は

ノートを書き取るうちにもガタガタ鳴った

ここにいる自分が音に喚起されるたび

あの娘はどんな教室で

物理公式を薄桃色の

罫線のあいだに書き写しているのか

などと思っているうちに

二三項目授業は進行して

消されていく文字を慌てて写しとるなか

先生は人類の脳の発達について話しはじめる

指示されたページを開くと

神経細胞の図が掲載されている

このひとつひとつが信号を送り合いして

私たちの意識や行動になるのだねと言う

こうして机のガタツキを感じたり

学んだことを反芻したりノートに書き取ったり

なにを契機にか

自分にもよくわからないことを思い出したり

そうした様々のことは

……

みな神経細胞のネットワークが作り出しているのだと

図解を見ながらパラドックスめいた印象がした

脳について脳が学んでる

神経細胞のネットワークが

俺たちの思念となるやり取りをしているんだと

神経細胞のネットワークに記録している

顔をあげ

銘々に座った生徒の頭を眺め

このひとつひとつに

思念をつくる塊がある

銘々にいま神経細胞の働きについて学習している

思念は教室を抜けて

隣やその向こうの教室

また階下の生徒指導室でごそごそやってる先生たちへと波及していく

そして

あの娘はどんな網目をしているだろう

と思ったとき

そうか

パラドックスでもなんでもない

思うということは

思うということなんだ

あるということは

あるということなんだ

どんなに寸分違わず世界を見通すことができても

思念と物理は別々のもの

あの娘が薄桃色の罫線に

丸い文字で公式を書くのを誤りなく

細密に思い描くことに成功しても

俺の思念に現れたあの娘は

俺の思念に現れたあの娘で

現実のあの娘と直接関係しない

銘々にそうして現実を生きている

銘々に思念をつくりながら生きている

情報量がとめどなく増大して

めまいに襲われていた

襲われながらまた思う

俺の視界が頭痛とともに回っても

世界は澄み切って無関係だ

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