07. 積雪幻想

暮れ方に

降りはじめる雪 きっと

夜通し沈沈降り続いて明け方には

雲は去り やがて眼路いっぱい

痛いようなひかりを跳ね返す雪に

すっかり包まれた街路が明らかになるだろう


新雪を踏むのは勿体ない

せっかく角のないひと連なりになったのに

足跡で壊してしまうのは――

やがて人がそれぞれの玄関から出てくる

雨の日も 風の日も 雪の日も

人は朝 家を出ていく


昼ともなれば

しだいしだいに雪から水への移行が

目にも明らかになってくる

しずかな たいらかな

時間がだんだん消えていく

あんなに白く 尊かった雪が

泥濁りになっていく


夕方まだ溶け残った雪がある

いろいろな形の足跡が

いくつもいくつも刻まれている

それのひとつに目がとまる

まっすぐ歩いてきたのに

また引き返していく足跡がある

引き返す手前で逡巡した形跡がある

その仕草は誰の気をとめることもせず

足跡の主にさえ些末なこととして

きっと記憶にもならない

ほかの足跡が重なり消えかけながら残っている

朝のわたしの足跡を見つける

傾いた陽射しの陰影にうき立ち


刹那刹那の仕草は なんて些末だ

細かくて 煩雑な因果の無数の集合の一瞬の結実だ

残すに足らない事柄だそれなのに

貴賤なくそれを雪は残していて――

雪積む日に積もるのは

雪ばかりではない

雪積む日にはその上に

時間も積もる

わたしの目はやがて透明な

積雪の幻を明々と現出しはじめる

そこに残された

無数の足跡


きょうから蝉が鳴きはじめたらしい

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