05.いなくなって来る人
君が帰ったあとの家で
僕は君といる
君のいなくなった家に
君の影が落ちている
君は縁の広い
帽子を置いて
白いハンカチで
少し汗を拭いて
今日も暑いですねと
君は笑顔をつくる
飲み物を尋ねた僕に
ホットコーヒーといった
一口飲んだ君は
ポケットから
取り出した煙草に
火をつけた
そして窓の外に顔を向け
いま通ってきた庭の
いま風に揺れている
花の名を尋ねる
花の間にのぞく
沖の海では
今日も白いボートが
浮かんでいる
引っ越しをした
君は新しい
住所をメモパッドに
書き込む
書き込む君から
香水の匂い
僕は君が
ここにいると
呼吸した
いつか君が
言ったとおり
僕はまだ君の
顔を知らない
どこで生まれて
どこに育って
どんな夢を見て
ちがう町をめざしたのか
君が住所を書き終えるまで
僕は香水の匂いに
そんなことを思っていた
君が帰るころ
雨は降りだして
君は傘を借りていった
部屋に戻ってみて
かわりにハンカチを
君は忘れていったと気づく
君が最後に喫った
煙草はつぶれても
まだ灰皿のなかで
細い煙を立てている
飲み干した
コーヒー
カップの底で
まだ苦い水滴は
縁をなぞったまま
まぶかにかぶる
帽子の下の
君の顔を
やっぱり見ることは
できなかったけど
家にはいまも
香水の匂いが残っている
君が帰ったあとの家で
僕は君といる
君のいなくなった家に
君の影が見える
いなくなってはじめて来る君が
声もなく話しかける
いなくなってはじめて来る君が
僕の言葉でかたちになる
君の文字で書かれた
住所のメモを
コルクボードに留める
君が帰ったあとの家で
僕は君といる
君のいなくなった家に
君の影が落ちている
空になった傘立ては
次に君が来る日を
見ている
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