現世界物語 追憶に消える理想郷

後藤 悠慈

上人たちが後悔した地方

 僕の故郷の街が死んだ。それは突然起こったように見えて、実はずっと前から動いていた。それに気づかなかった僕の責任だ。悔やんでも、悔やみきれない。僕はこの街が大好きだった。この街は、緑園地方という、他の地方とは比べものにならないほどの大自然が存在していた。その地方の街の一つが、ここだった。この地方の街はどこも、高層ビルこそないけれど、ある程度の開発はされており、自然も壊さずに共存出来ていた。この街も例外ではない。この街で僕は育ち、高校1年の夏に、神の使いと名乗る、使人しびとからこの街を守ることが出来る力を幼馴染と共に授かり、人間の一つ上の存在、上人として、高校の友人たちと高校2年目を迎えるはずだった。


 それが起こったのは、春休み最後の日。天は赤くうなり、空にひびが入り、大地は割れ、大きな魔法陣から大、中、小、様々な、悪魔たちが出てきた。悪魔たちは、大悪魔術を発動し、ありとあらゆるものが急速に衰退するようにしてしまった。それから、食料とするためなのか、何人もの人たちを連れ去り、どこかへ消えてしまった。それからは、建物は崩れ、金属類は錆びつき、自然は枯れ果て、生命は病気や寿命で息絶えた。生き残ったのは、使人から力を授かった僕と、幼馴染の友人だけだろう。家族もおそらく連れ去られたか、息絶えたと思う。



 ――惨劇が起きて1週間が経つ。僕は今、ある市町村の駅だった場所周辺を歩いている。道路はひび割れ、建物は瓦礫となり、所々、道路に浸食している。本来あったであろう木々も枯れ果て、かつての優しい色をせずに道路や歩道に落ち込んでいた。車で逃げようとしたのか、車が多いが、人の姿はない。死体も、すぐに腐敗し、骨は灰となり、ひび割れた空に舞い、赤天へと飲み込まれたのだろう。ある車内には、熊のぬいぐるみが、ある車内には流行っていたキャラのストラップがついたスクールバッグが、またある車内には、夫婦であろう写真があった。それらを見るたびに、ここで起きた惨劇を思い出す。――しばらく歩いていると、二手に分かれて散策していた幼馴染の声が、完全に崩壊した建物から聞こえた。


「おーい!こっちこっち!」


「……うん、今行くよ」


 僕たちは今、この街で生き残っている人がいないか探していた。望みは薄いが、何もしないよりかはマシだと感じた。僕は、フロアがむき出しになった空間にいる幼馴染のいるところへ行く。


「誰か見つかった?」


「……ダメだった。誰もいなかったよ……」


「そっか……次はどこの市に行く?少し中心部から離れる?」


「……ううん、とりあえず中心部を全部みてから離れよ?」


「分かった。でも今日はここで休憩にしよう。いくら元気がある君でも、休憩しなきゃ続かない」


「……うん、分かったよ。じゃあ、ご飯にしよう!さっき缶詰を見つけたの!一緒に食べよう?」


 ……彼女はこんな状態でも元気に喋る。僕には出来ない。いつもそうだった。幼稚園でも、公園で遊んでいても、小学校でいじめられていた子と喋るときでも、中学校でふさぎ込んだ僕と喋るときでも、……高校1年の夏、上人になった後の僕の部屋で、ちょっとそういう雰囲気になったときでも、どんな時でも彼女は元気な声で喋る。本当の意味での強さを彼女は持っている。僕が持っていない強さを持っていて、羨ましい。

 

「それでね!今日はアクセサリーのお店を見て回ったよ!全部かつての輝きを失っていたけれど、輝きを放っていた時のことを想像して、その時にほしかったなってずっと考えていたよ!そうすれば、あなたに見せることが出来たし、感想も聞けたのになぁって!」


「もししてきても、君の喜ぶような返答が出来る言葉を知らないよ。申し訳ないけどね」


「別にいいの!見せることが出来ればそれで満足なんだ!……あ、それ頂戴!」


「どうぞ」


 正直のところ、僕たちは食事をしなくても生きていける。少し空腹を感じる程度で、絶対に必要というわけではない。今の僕たちにとって、食事はコミュニケーションの一つだ。食事の時に、分かれて探索した結果を報告しあっている。


「僕の方も良い報告がないよ。ただ、何か嫌な予感はするけどね。悪魔たちがそろそろ戻ってきそうな気がするんだ」


「そっか……今度こそは悪魔たちに正義の鉄槌を食らわせないとね……」


 さすがの彼女でも、悪魔に対してかなり強い思いがあるようだ。数少ない真剣な顔になる。


「……ねぇ。あなたは、こうなってしまった街をどう思う?」


「…………悲しいよ。ただひたすらに、悲しい。小鳥がさえずり、花たちが咲き誇り、動物が駆け巡る。それを家族や友達と一緒に見守る。こんな素晴らしい街は他にないと思っているよ。だから、こんなにした悪魔たちを許せない。でも、前々から星魔教せいまきょうの糞どもが悪魔召喚をするために動いていたことに、気づけなかった僕自身も、恨めしく思ってる。あの時、この力を授かった理由をもっと真面目に考えるべきだった。悪魔たちが出て来たときに、何も出来なかった自分が憎いよ」


「そっか……私もこの街が好きだった。今でもその気持ちは変わらないよ。正直、これは何かの悪い夢で、目が覚めたら何一つ変わらない日常があるんだって、思ってる。いつもの高校で2年生をして、お母さんに朝無理やり起こされて、いつも頑張れと言ってくれるお父さんがいて、途中まで一緒の通学路の弟を見送って、授業をして、部活をして、バイトして、友達と遊んで、……恋をして……うん、分かってる。もう戻ってこないって。でも、いつかまたそんな活気のある普通な街に戻ってほしいとも思っているよ。だから、私はこの街の未来のために、今できることをしたいんだ。……だから、その……あなたも一緒に手伝ってほしい。ダメかな……?」


 ……やっぱり、君はすごいな。もう先のことも考えている。目先のことしか考えられない僕とは大違いだ。当然、答えは一つ。


「……うん、こんな僕で良ければ、手伝う。いや、どうか手伝わせてほしい。君が見据える未来を、僕も一緒に作りたい」


「……ありがとう、あなたがいるなら、出来そうな気がするよ」


 真剣な話しをしていると、空から紙が落ちてくる。何か書いてあるようだ。


「……何だろう?えっと『これを見ている生き残りがいたら、あきらめずに生き続けてほしい。必ず助けに行く。天から授かった力で、いつか必ず、助けに行く。…………』――これ、他の街の名前だ。ってことは、他の街も同じことになっているんだ」


「でも、生き残っている人がいるってことだよね!しかも、『天から授かった力』ってことは、上人だよこの人!早く合流したいね!」


 少し、希望が見えた気がした。微かだが、絶対に消えないような光。この光を見失ってはならない。そんな希望を感じた矢先、あの、忌まわしき空を飛ぶ音が聞こえ始める。


「……悪魔たちが戻ってきたみたい。タイミングが悪いな。まだ戦える状態じゃないのに」


「そうだね……あ!そういえば、さっきあそこで自衛隊の装備一式が落ちていたよ!拾いに行こ!」


 そう、天から力を授かったと言っても、天使術も魔法も魔術も召喚術もほとんど使えない。授かったのは、極端に死ににくい、認知、身体、治癒能力などが人間よりもかなり高くなるという力と、物体を少し変形、変化させる力と、光を少し操る力だけだ。練習はしているが、光魔法で有効打を生むほどの威力のある魔法をまだ扱えない。なので、悪魔が来てしまった今、頼れるのは現状、使えるように変化させた、この小銃、拳銃、サバイバルナイフだけだ。


「……じゃあ、行こうか。とりあえず、他の街の生き残りの人たちを探しに行こう」


「うん!これからも、よろしくね!光輝!」


「よろしく、夏帆」


 僕たちは歩き出す。あの素晴らしい、僕たちにとって理想郷だった街は追憶に消え、上人たちは守れなかった地方を想い、後悔する。それらすべてを受け止め、未来のために、歩き出す。子どもの頃から両親に聞かされていた、おまじないを口にしながら。

    『現世界に歓喜と安寧を。この星に賛美を。我らと自然に生命の息吹を』



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