三一

「ねぇ、貴ちゃん。聞いてもいい? 貴ちゃんのお祖母様ばあさまってね、いつもお洒落で明るいイメージがあったの。……なんで、徳山さんしかお友達がいなかったの? こうなるまでに、親戚の方とかお話出来る人いなかった?」

 私は素朴な疑問として貴子に尋ねた。何となく気になった。

 友達がもっといれば、こんな事態になる前に誰かに相談出来たかもしれない。私ならそうする。そして誰かしらに有益な助言をもらえたはずだ。

 その時、貴子は実に奇妙な表情をした。

「……うん、まあね。言ってもいいのかな。もう、言っちゃってもいいと思うけど……だってお金なくなったんだし」

 ひとりでブツブツ言っている。何だろ?

「あのね……」

 意を決したように顔を上げると、貴子は私を見た。


「実は……うちのおばあちゃん、……七年前の、宝くじ高額当選者なんだ」

 んん!?

「えっ?」

「はぁ!」

 私と洲が同時に驚きの声を発した。

 宝くじ!? そりゃ、驚くよ。だって貴子ったら、突然、そんな夢みたいなこと言うんだもの。

「貴子、それ、どういう意味だ!?」

「ごめん、洲にもずっと言えてなくて。誰にも……言ってないの。パパにもよ。だってあの人にいうと、お金あるって思って働かなくなっちゃうの目に見えてるから」

 私たちのキョトンとした顔に、可愛らしく首を傾げると貴子は話を続ける。


「実はおばあちゃんね、七年前に宝くじが当たって、急にお金持ちになった人なの。……それでを買ったのよ。ここの土地とこのシェアハウスをね。将来、私に残すために」

 えっ、そ、そうだったんだ……。宝くじで購入したんだー。それにはかなりビックリしてしまった。

「洲は知ってると思うけど、それまでうちは別にお金持ちでもなかったし、普通の暮らしをしてた。でも、突然大金が舞い込んできて……。しかも、それを他言出来ないんだよねぇ。当選者には大金を手にするにあたっての心構えみたいなハンドブックが渡されるんだけど、親しい人にもなるべく喋らないようにって書いてあるの。世の中にはお金を騙し取ろうとする悪者もいっぱいいるから……」

 でも騙されちゃったから、貴子は一瞬『あっ』というような顔をする。


「だからおばあちゃんは今まで通り、普通に戸塚の家に暮らし続けてたの。素知らぬ顔をして。そして、ここの家を買ったことは誰にも内緒にしてた。おばあちゃんと私しか知らない秘密。友達や親戚にも内緒だった。……だけどね、他言しちゃダメって言われると、本当に大変な忍耐力がいるのよ! 人間って、どんなに抑えてても話したくなる時があるんだよね。それにお金があると思うと我慢してても、生活が少しずつ派手になっていくものでしょ。心にゆとりも生まれて。そうすると、今までの友達とは自然に合わなくなっていって孤立しちゃうんだ。……おばあちゃんね、一人になりたくなくて……あと虚栄心もあったのかな。徳山さんだけに特別に喋っちゃったの」


 保険外交員の徳山さんも、それまでは普通の気のいいおばさんだったのかもしれない。だが高齢の友人が、急に高額の宝くじが当たったと告白してきた。

 もし、自分がその立場だったらどうするだろう。大金を手に入れ、段々と生活が派手になる幸福な友人。

 徳山さんは羨望の眼差しで嫉妬したのかもしれない。そして、その秘密を知っているのは自分だけなのだ。彼女は他の友達を排除していった。二人だけの親密な関係。

 そう、計画なんてものは最初からない。それは水面下で徐々に行われた。ひとつ、ふたつ……。

 段々と保険契約が増えてく頃には、自分に頼り切りの友人のお金は、自分がコントロール出来るまでになっていた。

 

「……それにしても、驚きの話ばっかりだな」

 洲がお腹いっぱいというような顔をして、胃のあたりをおさえた。

「でもだからって、人んちの金を好きにしていいって法はないだろ。いいか、貴子。……今まで支払った保険代を取り返すんだ」

「でも洲、契約は徳山さんが勝手にやった訳じゃないのよ。全部、おばあちゃんの了承済み。どう考えたって会社相手に、契約を無効にしてお金を取り返すなんて出来ないよ!」

 貴子はそう言って唇を噛んだ。このシェアハウスの存続を考えると、悔しくて狂おしい気持ちでたまらない。

「……ああ、わかってる。だけどな、全額は無理だとしても取り戻せるものは取り戻すんだ。何にだって、必ず抜け道はある。おばあさんは認知症も患ってたんだし……絶対、何かあるはずだ。貴子、頭を使う前に、行動する前に勝手に諦めんなよっ!」


 諦めるな……洲らしい言葉だった。彼は以前からよく言っていた。諦めるなんて、思考能力のある俺らのすることじゃない。

 もし勝敗が神のサイコロ(運)によって決まるなら、ギリギリの位置まで詰め寄って見届けようじゃないかと。神様の視線の先に自分がいるように、サイコロの目が出た瞬間に駆け出せるように最高の準備(努力)をしておけと。

 彼はそういう仕事をしてきたのだ。

 クレーム相手や、可能性が一パーセントの客にさえ営業をかけ、最後には信頼を勝ち得る。そうやって自信を得ていった。諦めるという言葉など、信じるに値しないまでに。


「貴子、私からもお願い。家賃はもう少し上がってもいいから、このシェアハウスを守りたい。鼓歌さんが出て行った空室の二部屋は、私が入居者を責任持って探す。だから……お願い。私に出来ることなら全部やるから」

 私も自分にやれることから必死でやっていくしかない。

 すぐさま、スマホを取り出し、『一人暮らしやシェアハウスに興味ある人がいたら教えて』と一斉メールをする。そして、電話でお願い出来る人がいないかアドレスを素早くスクロールしていく。

「俺は弁護士事務所に電話入れるから。確か、顧客の知り合いに誰かいたな……」

 洲も早速動き出した。貴子だって、もう泣いてはいられない。保証出来ないなんて言えない。みんなが動き出す。同じ方向へ向かって。

 私たちは皆、小さな一人。でも、大きな仕事を成し遂げられる仲間だよ。

 その時、私の頭の中では、南米のアンデス地方に伝わる民話を思い浮かべていた。



『ハチドリのひとしずく』


森が燃えていました

森の生きものたちは われ先にと 逃げて いきました

でもクリキンディという名の

ハチドリだけは いったりきたり

口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは

火の上に落としていきます

動物たちがそれを見て

「そんなことをして いったい何になるんだ」

といって笑います

クリキンディはこう答えました


「私は、私にできることをしているだけ」


出典:『ハチドリのひとしずく』 辻 信一監修


 

 私たちのひとしずくは小さく尊い。

 目の前の見えない恐怖はこれからもあるけど、そのひとしずくがいつしか一人一人の意識を変え、行動を変え、それによって事象が変われば……。

 神はサイコロの目だって変えるかもしれない。視線の先にいる、私たちに微笑んで。

「みんな、ありがとう……」

 貴子はまた泣き出した。でも先程の涙とは違う種類もの

「お前、俺がいないと本当にダメだな。……ついでに、一生面倒見るか」

 洲が貴子の涙にあきれながら言った。溢れる愛情をもって。


「洲のバカ。こんな時に告白なの? ……この私に、あんたが釣り合うわけないでしょ?」

 貴子はいつもの調子を取り戻そうと、少し頬を赤らめつつ洲をからかう。

「あのなぁ。俺は破天荒な姉と性悪な妹に挟まれて、鍛えられて育ったんだ。今さら、女に幻想なんか抱いてねぇよ。貴子ごときにつぶされてたまるか」

「はぁ? 何よ、その告白。全然、嬉しくないんですけど!」

 やっと笑ったかと思うと、貴子は洲に両手を伸ばす。そしてすぐさま、洲が貴子を力強く抱き寄せた。


 私は電話を掛けてるふりして、そっと静かに退散する。

 この世は捨てたもんじゃない。いくら巨大な難題にさえぎられても、私たちはきっと何度でも飛び越えてみせるだろう。

 愛のひとしずくを運ぶ、小さなハチドリのように。

 きっとみんなで、あの十六夜いざよいの彼方まで――。  

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