十七

 薄明かりの中、私は鼓歌を見上げた。恥ずかしくてたまらなかった。でも、嫌という感覚とは全然違う。

 初めての男性に身を任せるときは処女に戻る気がした。

 裸を見られるのと、どんなことをされるのかが分からなくて少し不安がよぎる。だけど本当に初めてのときも、それ以上に愛されたくて嫌がりはしなかった。

 女性が受け身になりがちなのは仕方がない。

 身体の中に何かが入るのは普通に考えて勇気がいるし、しかも男性の欲望の最上位は性欲だけど女性は睡眠欲だから。個人差はあるとして。

 なので男たちに告ぐ。YESの返事がほしいときは、女が眠くないときを狙うべし!

 ……ごめんね。緊張で話がそれちゃった。


 鼓歌は、私が震える指で服を脱ぐのを見ていた。ペールピンクの下着だけになった私は指を止める。不安になり、また優しいキスが欲しくなった。

 密接したこの距離では、以心伝心という技が使えることも知る。鼓歌が押し黙った私の唇にそっと近づいてきたから。

 キスをしたのはいつぶりだろう。そういえば半年前、友達の子供からキスされた。四歳の男の子だ。ちゃんとお母さんがいない隙を見て、私の唇にキスしてきた。

 私は躊躇したが傷つけたくなかったし、子供だしと思って受け入れた。おままごとみたいなキス。


 鼓歌のキスは女に慣れてるそれだった。女を言いなりにさせる、それだ。

 ませた女友達が言っていた。「若い男より、中年くらいの男の人のほうが断然気持ちいいよ」って。何故だかはわからない。経験値の差なのか、女を慈しむことの出来る余裕の技巧テクニックなのか。

 鼓歌は三四歳だった。私より、十歳も上。

 彼に恋心を持っているのかと問われれば、今はまだ返事が出来ない。お互い告白した訳でも、デートした訳でもないし。

 でも私がこれから彼に裸を見せるのもきっと、全てを差し出す代わりに親密な安心感が欲しいから。たぶん、そんな気がする。

 ひとりぼっちの私は、大人の愛にまだ守られていたかった。地平線のような限りない自由より、塔に囚われた制約のある自由の中で支配されたかった。


 私はソファに腰掛けたまま、黒いリボンを付けた子猫にも似た瞳で彼を見上げる。そして、下着を取り……裸になった。

 鼓歌は「若いな」と言い、「ドガの踊り子みたいだ」と付け足した。

「大丈夫だから」

 鼓歌は私の身体全部に指を這わせ、甘い行為の間、何度もそう口にする。

 不安げな私の表情を処女だと思って言ったのか、久しぶりの緊張で痛がる私を安心させようとしてくれたのか。聞くことは出来ないけど。


「思った通り胸が大きかった……」

 行為が終わった後に、そんなことを言われると本当に照れる。反省会はもっと嫌だけど。

「母の方が胸が大きかったの。私はスタイルに自信ない、ウエストが細いから……お尻が大きく見えるし。バランスが悪いでしょ?」

「バカだな、それがいいんだよ。それに母親なんてどうでもいいだろ」

 私のお尻の曲線カーブを指で滑らすと、鼓歌は親密になった空気の中で言った。こんな時に母親の話なんて不謹慎だったよね。

 鼓歌に抱かれたまま、甘えながら喋るのがすごく楽しい。何でも聞いて欲しいし、出来れば鼓歌の話も聞きたかった。


「鼓歌さんの好きな女性のタイプって、どんな人ですか?」

 すごく興味がある。どうして鼓歌は私のことを誘ったんだろう。近くにいる異性なら、貴子だっていい。しかも貴子はクールビューティで目の覚めるような美人だ。

 どうして、私。

 私のことをいいって思ってくれた理由が知りたくて、遠回しに聞いた質問なのかもしれない。


 鼓歌は少し考えるように沈黙した。

「……果耶ちゃんがタイプだよ」

 またまた、またまた。男の人はこういうことを平気で言う。そして女心を舞い上がらせて、煙に巻く。

「嘘ばっかり」

 私はわかりやすくむくれた。

「鼓歌さんは女なら誰でもいいんですか? そんなのひどいです!」


「そんなことない。……果耶ちゃんの控えめなところが好きだよ」

鼓歌はクスッと笑って言った。

 控えめなとこ?  控えめって? それって、地味ってこと?  褒められてる? ハテナがいっぱい私の頭の中を渦巻く。

「男が女に魅力を感じるのに、決まった形はないんだ」

 過去の女たちを思い出したのか、静かに優しい口調で鼓歌はつぶやいた。


「聞いてもいいですか。鼓歌さんの前の彼女さんって……どんな方だったんですか」

 すこし小声になって私は聞いてみた。

 素直に知りたかった。私から見たら鼓歌は本当にかっこよくて、認められてる芸術家で、憧れにも似た存在に思えるから。そういう人が付き合う女の人に、純粋に興味を持った。

「別に……それはもう過去の話だよ。果耶は知らなくていい」

 今度は私の身体から手を放すとつれなくなる。

 え、そんな。私のこと嫌いになっちゃったの?


 一気に不安になる私の頭に、腕をまわす鼓歌。

「……明日の午前中、またここに来いよ」

 家庭教師が勉強を教えるために部屋へ呼ぶくらいの軽い調子だった。

 戸惑い気味の私の耳元に軽いキスをくれる。そして身体を起こすと、髪をかき上げ冷蔵庫へ飲み物を取りに行った。

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