23話 サンカラのそれから

 ミケが登壇し、皆はそれに注目した。

 ミケはこれまでの軽装とは違う、他の村人達と同じような民族衣装と思しき服で着飾っていた。ワーウルフに噛まれた腕は、首からさげた布で吊っているが、足取りはしっかりとしていた。

 ミケは集まった村民達を見回して、口を開いた。


「どもッス。前村長・ケルビルの娘、ミケっす。こうして人前で話すのは慣れないッスね、にゃはは…」


 緊張なのか、照れ隠しなのか、ミケは頭に立つ耳を撫でながら軽く笑ってみせる。咳払いを一つ挟んで、少し真剣な目つきに変わる。


「ここにいる皆さんはきっと、村に森精の加護が戻ったこと、そして自分が村の長になる事を祝ってくれてるんだと思うッス。」


 どこからともなく「そのとおりだ―!」と野次がとび、まばらに拍手が起こる。

 ミケはそれに答えるように再び笑ってみせる。しかしその笑顔には曇りが混じっていた。


「その気持ちはすごく嬉しいし、村に加護が戻ったのならそれは祝うべき事だと思うッス。だけど、その…これから話すことは村にとって大事なことと、それから自分の勝手な気持ちなんスけど、聞いて欲しいッス」


 話の雲行きが怪しくなってきた事を感じ、会場が少しざわつく。特に、ナクタの取り巻きからは焦りが見えた。


「まず言っとかないとなんスけど。みんなには申し訳ないッスけど、自分は村の長にはなれないッス。そもそも自分は儀式を行ってもないし、村には森精の加護もかかってないッス」


 ミケは話し始めの冒頭に、伝えるべき事実のすべてを並べた。

 それを聞いた会場は当然大きくざわつく。


「今回、村のそばにアンプランドゲートができて、儀式を行うのが困難になっていた事を知ってる人は多いと思うッス。実際そのせいで村のそばまでワーウルフがやってきて、ちょっと大変な事になりかけてたッスからね。それで自分、早く精霊様に加護を張ってもらわなきゃと思って儀式を強行したッス。それを手伝ってくれたのがアルナさん、そしてヘータローっす。見かけた人もいるかもいるッスかね、いま村に来ている人族の2人ッス。この場を借りてお二人に感謝をしたいッス」


 ミケが俺たちに向かって頭を下げる。

 ステージに集まった集団から少し距離を置いた一番後ろに陣取っていた俺たち2人に一斉に視線が集まる。が、ミケが続きを話し始めた事もあり、特に何か言われることもなく全員の視線は壇上へと戻る。


「2人はすごく強くて、魔物を圧倒してゲートを封滅して、自分を精霊様の祠まで連れてってくれたッス。けど自分、そこで力尽きてしまって、儀式を2人に託したッス。さっき起きたばっかりで簡単にしか聞いてないんスけど、加護はちゃんと効いて、村のそばまできていたワーウルフも追い払えたッスけど、それも一時的なもので、いま村には加護はかかってない状態らしいッス」


 本当にそういう風に聞いたのか、それともわかっていてミケが言葉を選んだのか。一時的な加護だったってのは嘘じゃないし、双方の印象を下げない説明だな。俺としては向こうから願い下げられたって事を伝えてみたい気にもなるけど…いや、仕返ししてやりたいとかじゃなくて、ただその場合の反応が見たいってだけの悪徳な好奇心からだけど。


「だから、村は安全な状態とは言えないし、儀式をこなしてない自分は長になる資格も持ってないッス。みんながこうして祝ってくれて、喜んでくれているのに。本当に申し訳ないッス」


 深く頭を下げるミケ。村人たちは今しがた聞いた事実に戸惑い、どう反応していいか困っている様子だ。

 ミケは言葉を続ける。


「まだ儀式を行ってないってのは当然あるッスけど。これだけ長い間、村を危険に晒し続けた長ってのも過去にはいないと思うッス。それに、ハーフである自分をみんなが快く思ってない事もわかってるッス。だから自分は、自分が長の器じゃないって思ってるッス。アンプランドゲートができて、その対処の為に召喚士・アルナさんを召喚したのはナクタっす。今、サンカラの村がこうして無事であるのはアルナ、ヘータロー、そしてナクタの働きがあったからッス。これまで村の長は世襲制でやってきたッス。いつからかそれが通例みたいになってるッスけど、そんな決まりがあるわけじゃないッス。ナクタはずっと父の隣で、そして父が亡なくなった後も村を支えてきたッス。自分は、ナクタこそがサンカラ村の長にふさわしいと思うッス」


 皆の視線がナクタに向く。

 ナクタは普段と変わらない落ち着いた雰囲気を醸し、口を開こうとはしない。

 ちなみにナクタの取り巻き連中は、ミケが加護の話をしだしたときからその周囲でずっと取り乱している。


「まぁ実際誰にするかは村のみんなで決めたらいいと思うッス。村を出て行く自分がどうこう言う事じゃないッス。それじゃあみんな、まだまだ夜は長いッスからね、祭りを楽しむッス。加護とか就任はないッスけど、今日はゲートから村が守られためでたい日ッス。ワーウルフの肉がたんまりあるッス。自分からは以上ッス。最後まで聞いてくれて感謝ッス」


 一礼して壇上を後にしたミケはナクタと二言三言だけ言葉を交わして、広場に来ることなく居住地へと姿を消した。


 会場はなんとも言えない空気に包まれている。今知らされた話にざわつき、ナクタの周囲にも村人が集まっている。

 幸い、俺とアルナの方にはまだ誰も絡んできてない。ってか隣にいたはずのアルナはいつの間にかいなくなっていた。

 絡まれるのも面倒だし即時撤退は懸命な判断だな。俺もさっさとこの場を離れよう。

 ただ夕飯を食いっぱくれるのは嫌だからな、手持ちの皿に肉を追加して、それを持って会場を離れた。

 狭い村だ、一通りは昼に見て回ったし行く宛もない。結局俺は真っ直ぐ部屋に戻って食って寝た。




 早く寝たせいか、陽も昇らないうちに目が覚めた。

 すっきりとした気分で目覚められたのでちょっと外を散歩することにした。

 ここは自然が多い、というか森の中だし村がほぼ自然そのものだ。早朝の少し冷えた風が肌をなでるのが気持ちいい。

 適当に歩いていると、折れた神樹の前に着いた。

 俺は先客に声をかける。


「傷はもういいのか?」

「ん~、腕は万全じゃないッスね」


 肩をすくめながらそう返事を返したのはミケ。未だに片腕を首から下げた布で吊っている。ミケは神樹をじっと見つめていた。


「加護、悪かったな。約束したのに」

「いいんス。自分こそ、自分の仕事押し付けて申し訳なかったッス。それにナクタから聞いたッス。ヘータローとアルナはばっちり約束守ってくれたッス。ナクタが失礼な事言って申し訳ないッス」

「ちょ、やめてくれ」


 頭を下げるミケだが、ミケが俺に謝ることなんてなにもない。加護に関してはナクタが言い出してアルナがやったことだ。俺は儀式をやる時にちょっと祠の前で突っ立ってただけだしな。


「ヘータローには謝らないとと思ってたッス」

「だから、俺は何もしてないし何もされてねぇって」

「加護の事じゃないッス。もっと前の事ッス。自分、ヘータローを利用したッス」

「何のことだ?」

「ヘータローに出会って村に運んた時の事ッス。本当は自分がもう限界だったのに…その、儀式やるって勝手に村を飛び出したのに失敗して帰ってきたって言いづらくて……、それで本当は自分が助けてもらったって言えなくて、ヘータローを助けるために戻ってきたって事にしたんス。本当に申し訳ないッス。自分は自分勝手で卑怯ッス」

「ははっ、そうなんだ。それでその事気にしてたんだ」

「気にするッスよ。悪いことは良くない事ッス」

「いいよ、俺が助けてもらったってのも本当の事だし。何も嘘はないだろ」

「ヘータロー…」

「細かい事は~気にすんな、それたかちこたかちこ~」

「なんすかそれ……」


 『よってぃ、受け悪し』っと。元の世界で微妙なネタは異世界でも微妙か。

 よし、今のは無かったことにして平然と話を戻そう。


「村、でるのか?」

「そうッスね~。自分がいると、自分とナクタのどっちを長にするかって話になっちゃいそうだし、自分はいない方がいいと思うッス。お父さんがいない今、純血じゃない自分が村にいるのはお互いに気持ちのいい事では思うッス。それに自分、森とフューゲルの街しか知らないから、いつかいろんなとこ見て回りたいって思ってたッス。村を出て旅をするいいタイミングっす」

「そっか」


 随分と自己犠牲に思える理由を並べてたけど、旅をしたいってのが本心なら他の理由はどうでもいいかなって納得した。


 故郷は大事だと思うけど、居心地の悪い村にずっといるより、自由にやりたいことやって生きていく方が健全だと思う。

 俺自身が田舎に思い入れがなくて、やりたいことやって好き勝手生きるって決めて家をでたからかもしれないけど。

 たとえ家族にだろうと俺は俺のやりたいことを止められたくはない。

 俺は俺で、俺の人生は俺のものだ。

 俺の事は俺が決める。

 俺はそれが一番いいと思う。


 俺はもう、嫌々誰かの言うことを聞いて、責任だけ全部自分に受けるような事はしたくない。

 後悔するなら自分の決めた行動に後悔したい。

 そうしないと納得できない。


「ヘータロー?」

「ん?あぁごめん。ちょっと考え事してた」


 せっかくの気持ちいい朝の散歩だったのに、嫌なこと思い出しちゃったな。

 異世界召喚、せっかくの人生再スタートだ。後悔しないように頑張ろう。

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