22話 ミケの生い立ち

 結局聞かされてしまった……。


 ナクタは俺にミケ生い立ちを俺に聞かせた。

 要約するとこんな感じだ。


 かつて、このあたりで好き放題していた盗賊の一団がいたが、規模が大きくなりすぎた為に国による討伐隊が組まれた。その残党が村に逃げ込んで暴れたが、通りすがりのエルフが鎮圧した。

 そのエルフがミケの母、ミストローネ。そしてミストローネと当時の村の長、ケルビルは仲を深め、2人の間にミケが生まれた。

 つまりミケはエルフとニャイス族のハーフ、村で唯一の混血の獣人族ということだそうだ。

 排他的なニャイス族、それも村の長が他種族を迎える事に周囲は反対、そして混血のミケも良いように思われなかったという。


 あ、それと例の御神木はミストローネが盗賊に放った一閃の矢で粉砕されたという。ミケの風の力は母親譲りのようだ。


 そしてやっぱりありました、本題。


「ミケを母親に会わせてやってほしい」


 はいきたー!絶対その流れだと思った。


「それって、ミケをこの村から連れ出して欲しいってことですか?」

「そうです」

「ミケの母親はどこにいるんですか?」

「わかりません」

「だったらもしかしたらミケの母親が村に戻ってきて、すれ違いになるってこともあるんじゃ…?」

「いえ、それはありません。彼女がこの村には戻ってくることはありませんから…」

「それは、……あんたらが追い出したからってことか?」

「いえ、そういうことではありません」


 そこからまた少し昔話が始まった。


 この世界ではエルフは貴重な存在だという。元々、エルフが人前に姿を見せることは少なかったのだが、過去には見せ物や奴隷として流行りエルフ狩りが横行した事もあって、エルフ達は今ではどこかに姿を隠して滅多にお目にかかることはないんだそうだ。

 そんな中、ミケはエルフと獣人のハーフ、ワイルドエルフという非常に稀な存在だ。周知は人と獣人のハーフということになっているようだが、どこからかミケの情報を手に入れた貴族がミケを手に入れようとしたことがあったそうだ。

 今ではエルフに手を出すことも、そもそも種族に関係なく奴隷自体が違法ということになっているが、それすらも破ってミケに手を出し、誘拐にまで至ったという。

 ちょうど父親や腕に覚えのある男たちの多くが遠征に出ていた、というかそれを見計らったタイミングを狙ったんだろう。ミストローネは我が子を取り返すべく、1人で屋敷に向かった。


 復讐者となったエルフはダークエルフに堕ちるらしく、同胞のエルフからも忌み嫌われるそうだ。

 ただでさえ他種族に排他的なサンカラ村だ。闇堕ちしたエルフなど村に居れるはずもないと、奪還に経つ前にミケの今後の事だけ頼んでそれ以来、ミストローネが村には戻ってくることはなかった。

 ミケはその翌日に自宅で発見されたそうだ。



 ミケ、能天気に明るい子に見えてなかなかハードな人生送ってきたんだな。

 自身を狙われ、母と離され、村で嫌われ、よくあんなまっすぐな子に育ったもんだ。俺が同じ境遇なら世界のすべてを恨む卑屈な人間になる自信があるぞ。


「色々大変だったんだな、ミケも」

「ミケは本当に良い子に育ちました。先代の長、ケルビルの愛情の賜物です。しかし、それでもサンカラ村が他種や混血が受け入れられる程変わるきっかけにはならなかった。ミケを長に立てたくないというのは村の総意です。ならばせめて、父親が亡くなった今、母親と共に暮らすのがあの子の幸せなのではないかと思うのです。ですので――」

「だが断る」

「え?」

「それは勝手すぎだろ」

「勝手…とは」

「ミケを長にしたくないってのは、あんたもそう思ってんのか?」

「それは…」

「話聞いてるとどうにも、ミケを体良く追い出す理由をこじつけてるようにしか聞こえないんだよね」

「そんなことは――」

「あるね。異論は認めない。心配するふりして、なんか中立で双方が傷つかない折衷案を考えましたみたいな。自分を納得させたいだけだろ。結局ミケを犠牲にしてる。故郷を追い立てられるんだぞ?どれだけの事かちゃんとわかってんのか?」


 そうだ、わかった。俺がナクタに感じていた忌避感。

 こいつは偉そうなふりをして、自分は悪くないふりをして、心配してるふりをして、本当は何も考えてない。自分の事しか考えてない。

 どうすれば自分の思うように物事が進むかを第一して行動している。

 それでいて本人に自覚がないところがまたタチが悪い。もしかしたら心のどこかでは悪いと思っているのかもしれないし、本気で自分は正しい事をしていると思っているかもしれない。

 まぁそんなことはどっちでもいい。ただ俺はこういうタイプの奴が好きじゃない。そしてそんな思惑に利用されるのが嫌いだ。


「どうするかはミケが決めることだ。他人の、村の人間でもない俺がどうこう言うことじゃない。知り合って一日二日の子を連れ出す理由がない」


 ナクタからの返事はなかった。何か言いたいが言葉が見つからないといった表情だった。自分が本当はどう考えているのか。それに迷いを覚えているのかな?

 俺も同じ経験がある。それに気づくまで俺だって同じことをしてたし、その事に自覚すらなかった。

 指摘されて、自分を見つめ直す機会を得て、初めて気づけた。

 自分が気づけると、そういう意味で自分をちゃんと理解してる人の少なさにも気づけた。

 だから無自覚に自分主体な考え方をしてしまう事は珍しくないし、悪いことでもない、誰だってやってる事だと思ってる。

 ただそれで他人の人生を大きく左右しようというのなら、自分がどれだけの事をしようとしているのかちゃんと自身に刻むべきだと思った。

 まぁこれはこれで、俺の勝手な気持ちの押しつけなんだろうけど。


「あんたは今日までミケにそうしてやらなかったんだろ?そういうことだよ」


 ちょっと厳しく言い過ぎた感がなくもないけど、まぁいいよね。

 これでなにか変わってくれればいいんだけど……いや、別にナクタの心境が変わろうが変わるまいがどうでもいいか、俺は自分が誰かをどうこうできるような立派な人間だなんて思ってないし。

 ただナクタは根が悪い人ではなさそうな気がするから、言われてただ俺に腹を立てるような事にはならないと思った。俺の言葉から何かを考えてくれる人だと思った。だからちょっと言いたくなったんだと思う。

 『怒るのはエネルギーを使う』とか、『好きの反対は嫌いじゃなくて無関心』みたいなやつだね。え?違う?たぶん違わない。


 なんにせよ、俺からミケに一緒に村を出て旅しようなんて言う気はない。だって理由がないし、ってか出会っていきなりそんなこと言い出す男とかマジキモいんですけど。

 イケメンなら許されるのか?イケメンに限るのか?イケメンは皆爆ぜてしまえ!俺にそんな甲斐性はない!




 その日の夜は村全体で祭りが開かれた。

 村に加護が戻った。それはつまり護柱契約の儀が行われたということで、同時に新しい長の誕生を意味する。ミケの村長就任祝いだ。

 村の広場では、今朝に村を襲おうとしたワーウルフの肉が振る舞われ、村人は酒を片手に今日という日を祝っている。

 一部では、純血ではない者が長となることに不満や不安を漏らしている者もいるようだけど。


 様子を見る限り、おそらく村民たちは加護が切れた事を知らないのだろう。そもそも加護を行ったのがミケではないという事も。

 祭りの始めにナクタが挨拶をしたが、その事には触れなかった。

 どうやら事実を知る幹部連中は事実を明かす気がないようだ。だからといって別に俺もあえてそれを言及してやろうとは思わない。

 忌招門の処理はアルナの仕事だ。それに結界を張ったのも、解いたのもアルナだ。アルナが何も言う気がないのなら、俺も何も言わない。

 俺たちは所詮部外者、村がそう決めたのならそれでいいと思う。まぁ、事前に一言説明くらいは欲しかったけどな。


 だけどミケには事実を伝えて謝んないとな。任されたのに約束を守ってやれなかったわけだから。



 祭りも終盤、ミケが目を覚ましたとのことで登壇して挨拶することとなった。

 全員が壇上に注目する。アルナがいつの間にか俺の隣へ寄ってきていた。

 ミケは全員の姿を一通り見回し、そして口を開いた。


「みんなには申し訳ないッスけど、自分は村の長にはなれないッス」

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