21話 ニャイス族の誇り

 ちゃんと考えておくべきだった。

 ミケがやるはずだった儀式を俺たちがやってしまったこと。誰も見てないんだから、ここでミケがやったって言えば丸く収まったかもしれないし、何事もなければそういうことで話を通そうと思っていた。だけど、ただ漠然とそう思っていただけで、細かいことは何も考えていなかった。

 しょうがないじゃん、バレてるなんて思ってなかったし、後でミケと相談すればいいかなくらいにしか思ってなかったし。

 だけどそう思っても後の祭り、俺が言葉に詰まったのを怪訝な顔でみているナクタ。おそらく確信してるんだろうな。

 ナクタ以外の3人は初めて聞く事だったのか、明らかに動揺してナクタを見ていた。


「やはりそうですか」

「気付いていたんですか?」

「えぇ。森精の加護は本来は軽い魔物除け程度の力しかありません。しかし今、村に張られている加護はその効果を遥かに凌ぐもの。我々の交わす精霊との契約ではとてもこれ程の規模の加護は行なえませんので。お二方のどちらかが独自に加護を行ったものかと。それで、私からのお願いなのですが、加護を解除しては頂けないか」

「………は?」


 加護を解除?なに言ってんだ?

 ミケが村の為にその身を投げ打ってやり遂げようとした加護の儀式だぞ。それを解除する?意味不明なんだけど。

 ナクタの独断の発言だろう、連れの3人もさっき以上に驚いてる。


「我々、サンカラ村のニャイス族は他族との深い交流を避け、自身達で村を守ってきました。それが一族の習わしであり、モットーであり、誇りでもあるのです。村の加護が人間の手にあることはそれに反する。あなた方の行いを無下にする申し出で申し訳ないが、どうか分かって欲しい」


 ナクタは両拳を床につけ、深々と頭を下げる。


 サンカラの村をさほど見て回った訳じゃないけど、ここはとても閉鎖的だ。いや、これまでの会話を考えたら排他的と言った方がいいかもしれない。村に来た俺たちに早く出ていくように勧告してきたし、ここに来てからニャイス族以外の種族を見てない。街から物資を調達していると話していたから完全に自給自足してるわけじゃないみたいだけど、とても鎖国的な思考をしてる。

 そんな一族が村で最も重要な、儀式と呼んでまで行う加護が人の手に委ねられてる事を良しと考える訳がない。


 だけど、それでも、この結果はミケが村の長(仮)として命懸けで選択したことだ。ミケが勝ち取った平和だ。

 ミケが同じことを頼んで来るならまだ考えてもいいと思えけど、だけどそれを何もしなかった他の奴らが言うのは納得がいかない。


「加護をどうするかはミケと話す。あいつがこの村の長なんだろ。俺たちはミケに儀式を頼まれたんだ。後の事を勝手には決められない」

「………そうか、わかった」


 もっと食い下がってくるかと思ったけど、ナクタはあっさりとそう言葉を返してきた。


「君たちは恩人だ。傷が癒えるまではゆっくりしていってくれ」


 それだけ伝えてナクタを部屋を後にしようとする。他の3人もそれに続く。結局ナクタ以外の3人が発言することはなかった、ただのリアクション要因だったな。

 そんなくだらない事を考えていると、隣に座っていたアルナが両手で強く床を叩いた。

 急にたてられたその音に驚いた全員がアルナに目を向ける。

 床に魔法陣が浮かび、俺の体が光を帯びた。が、それは一瞬の事で、すぐに消沈した。

 深閑する室内、立ち上がったアルナが口を開く。


「はい終わり。消したの、加護」


 なんでもないかのようにそう言い放った。

 俺はそれを聞いて唖然としたが、理解が追いつくとアルナを問い詰めた。


「おまえ…何やってんだ?」

「だって、そうして欲しかったんでしょ?その人達。加護がなくなったからっていきなり村が襲われるわけじゃないし、ゴブリンもワーウルフに追われてほとんど消えてるの。急に困るような事はないの」

「だからっておまえ」

「あたしのお仕事はゲートの処理だけ。守りの加護はただのついでで、それが邪魔だって言うんなら消すだけなの。あぁこれ、よろしくなの」

「これは?」


 アルナはナクタに1枚の紙を渡す。封に入っているわけでもないそれをナクタはその場で目を通す。


「あなたが街から派遣された召喚士だったのですか」

「もともと契約内容にあるの。村が祀っている祠には手を出さないようにって。良かれと思ってサービスしたけど、余計なお世話ならありのままでお返しするの。契約の完了はあたしが同行しなくても、そっちでサインして提出するだけでいいの」

「わかりました」


 ナクタは契約書を懐に仕舞って部屋を後にした。

 2人になってすぐ、俺はアルナに食って掛かった。


「なんで加護を解いた」

「最初からそういう契約だったの」

「違うだろ。それならそもそも最初から儀式の代行なんて買ってでないだろ」

「あたしがメス猫を手伝ったのは祠に連れて行くまで、儀式はヘータローに頼まれたからなの」

「だったら、俺の意見を聞いてもよかったろ」

「ムカついたから」

「ムカついたってお前…たしかに不躾な頼みだったけど――おい!」


 もう俺の話を聞くたくない事を態度に示すように、部屋から出ていこうとする。


「ミケの気持ちはどうなる!」


 それを聞いてアルナは少しだけこちらを向く。


「だからなの」

「は?」

「嫌いなの、報われないのが」


 それだけ言い残してアルナは部屋を出ていった。その時のアルナの目は、とても冷たく見えた。




 やることもなく、少し村を見て回った。他の村人ともすれ違ったがあまりいい顔はされなかった。

 それでわかったのは、ミケのような猫獣人が他にいないという事だ。

 ミケは人に近い姿に猫耳と尻尾がついている。だけど村で暮らしている他のニャイス族は全身余すことなく、顔まで毛で覆われている。ミケだけが特別なんだろうか。まさかミケは、獣人美容脱毛の先駆者だったりするのか?


 ――おっと


 余所見しながら歩いていると遊んでいる子供とぶつかってしまった。

 子供は怯えるように後ずさり、走って親元に逃げていった。子供に抱きつかれてこちらを目にした親も逃げるように家の中に姿を消した。


「すみません。人に慣れてない者が多いもので」


 今の様子を見ていたのか。ナクタが声をかけてきた。

 その流れからナクタと一緒に散歩することになってしまった。正直気まずい。


「ミケの様子はどうですか?」

「えぇ、腕の傷は深いが命に別状はありません。今日中には目を覚ますでしょう」

「そうか、よかった」


 あてもなく村内散策していたけど、ナクタがふと倒木の前で足を止めた。

 直径10メートルはあろうかという立派な幹だが、それは1メートルほどの高さしかなく、そこから無残に折れていた。折れた先からいくつか芽が出ているところを見ると、最近折れたというわけでもないようだ。


「この樹は神木として祀られていたのですが、ミストローネ、ミケの母親が村を襲撃した盗賊と戦った際にその余波で折れてしまったのです」


 え、唐突になに?昔話聞かされる流れ?

 これあれだろ、ミケが仲間になるフラグじゃないか?なんか押し付けられる感じで。


「あれは17年前の事です」


 俺の不安を他所にナクタは回想へと入った――

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