20話 護柱契約の儀
儀式の祠を目指してワーウルフとゴブリン溢れる森を駆ける3人。ゴブリンは振り切ってしまえば後方でワーウルフにやられる。ワーウルフはゴブリンよりも強いが囲まれて数で押されれば流石に負ける。そんな光景が各所で繰り広げられていた。
「はぁはぁ……着いたッス」
戦場と化した森を走ること数分、ミケが声をあげた。そこには1メートルにも満たない石をくり抜いてドーム状にしたものがあった。
俺たちは立ち止まるなり周囲への攻撃を始める。周りは血走った目で牙をむくにワーウルフが囲まれている。
「なんか、集中して狙われてる気がするんだが」
「ゴブリンの数が…けっこう減ったのかもしれないッスね…。それに……自分の血の匂いに…釣られているのかもッス……。弱ってる獲物を狙うのは狩りの…常識ッスからね」
応急処置で巻かれたミケの腕の包帯には血が滲んでいる。それにミケは顔色も悪く、息も随分と上がっているようだ。
「おい、おまえ大丈夫か?」
「にゃは……へいき、へいきッス。ここまでたどり着けたんス。あと………すこ……し…」
「おい、ミケ?……ミケ!? アルナ!」
「ビルド:ウォール」
アルナは俺が言わなくとも1人で祠の間近にいたワーウルフの処理を済ませて壁を出すとこだった。
3人を囲む5メートルを超える白い壁。俺はすぐにミケの体を抱える。
「ミケ、おいミケ!おい!?」
俺はミケの頬を叩きながら呼びかける。
ミケは息遣いが荒く、顔まで真っ赤になるほど熱を帯び、こちらが呼びかけも反応がない。
もともと昨日の時点で満身創痍だったのだ。それを1人でゴブリンの森を抜けて、俺たちと合流してからもハイペースでほぼ休む暇なく動き続けていた。その上にこのケガだ、いつ限界がきてもおかしくなかった。
アルナは平気な様子だし、俺は体力が無限。それに合わせてミケは元気そうに振る舞っていたが、俺たちに遅れまいと随分必死だったんだろう。
「アルナ、なんか回復魔法とか、薬とかないのか?」
「魔法?あたし人間なの。ポーションも手持ちはないの」
「くそっ」
打つ手なしか。
何かないかと頭を回転させながらぐったりとしたミケに目を落とす、と、ミケの口が僅かに動いているのに気付いた。
俺はすぐに顔を寄せる。
「加護を……村を……頼むッス」
ミケはそれだけ伝えて意識を失った。
「ビルド:ラティス」
アルナが壁に手を当ててそう唱えると、壁の上部を塞ぐようにに格子が現れた。これでさっきみたいに壁を超えてワーウルフが中に入ってくる心配はない。
「なぁ、アルナ。お前、儀式やれるか?」
本当ならサンカラ村の長としてミケがやらなければならない事だが、さっきの最後の言葉……いや最後っていってもミケをここで死なせる気は全くないけど、おそらく俺たちに儀式をやってくれって事だ。しきたりを捨ててでも村を守る事を優先する、その気持ちに俺は応えてやりたい。
「うん~、これくらいやれなくはないんだけど」
「けど?」
「あ、やっぱりあったの」
アルナが祠の裏に手を伸ばして何かを拾うとそれを俺に差し出した。よくわからない、古代マヤやエジプト、トーテムポールのデザインに出てきそうな深掘りの顔を持つ木彫り人形。それに一閃の爪痕が残っている。
「
「それじゃあ儀式はできないのか?」
「できるには……できるの」
「そうなのか!じゃあやろう!今すぐ!」
「その為には代わりの依代が必要なの」
そういってアルナは俺をじっと見る。その意味を理解するのに時間は必要なかった。
「それって。死んだり、この場に閉じ込められたりとかするのか?」
「ううん、そういうのは全くないの」
「そうか。いや、もしかして術を行うアルナになにか影響があるとか」
「それもないんだけど…」
「やっぱり何かあるのか?」
問い詰める俺から目線を外してミケを見るアルナ。それからまた俺に目線を戻した。
「ヘータローが言うような犠牲ってのは全くないの。わかった、やるの」
「おう、頼む」
アルナはなにか思う所があるようだが、今はやるしかない。村の状況はわからないけど、ミケが飛び出してくるくらいだ。それほど時間があるわけでもないだろう。
アルナは祠と向かい合う。俺はアルナに祠の前に立つよう言われたので、人形をポケットに仕舞って移動する。
配置につくと、目を閉じて集中するアルナ。少しだけ体が輝きだす。それに呼応するように祠、そして俺の体もほのかに光を帯びる。
呪文を唱えたりはしない。ただ10秒ほど祈り続けると光が収まった。
「終わったの」
「え、あ、おぉ」
儀式はあっさりと終わったようだ。俺自身には何の変化もない。体がほのかに光った以外にはなんの感覚もなかった。あまりの実感のなさに拍子抜けした。
「これで村も大丈夫なの」
「そうか」
ワーウルフの遠吠えが森に響き、格子の上からこちらを睨んでいたワーウルフ達はどこかへ去っていった。
アルナが壁を解除する。周囲には力尽きたワーウルフが転々と横たわっているが、生きてこちらを狙う狼の姿も、ゴブリンの姿もなかった。
アルナが槍を召喚してそれに乗る。俺もミケを抱えて柄にしがみつき、俺たちは飛んで村へと戻った。
村に戻るとすぐに村民達が俺たちを囲んだ。
ミケを預け、案内されるがままに、俺が寝室と使っていた村長の家へと向かった。
集まったのはナクタと他3人のニャイス族。おそらく村の運営に関わっている代表メンバーだろう。それに俺らを含む6人で車座になっている。
「さて、聞きたいことはいくつかありますが…。まずは、ミケを連れ帰して頂きありがとうございます」
ナクタ、それに他の3人も俺たちに頭を下げた。
「いや、だいぶ無理させて、ケガもさせてしまって。申し訳ない」
「とんでもない、生きて帰ってきただけでも僥倖です。飛び出した彼女が生きて戻ってきただけでも奇跡のようなものです」
「そういってくれるとこちらも少しは気が楽になる」
なんて言ってるけど、俺がこんな事言っていいのかなってちょっと気になる。だって俺なにもしてねーし。
アルナの手柄に俺が便乗してる、むしろ奪ってるぐらいの後ろめたさを感じるんだけど……けどアルナしゃべんねーんだもん。
できればアルナに主立って話してほしいんだけど、アルナは興味が沸いた時、気が向いた時しか口を挟まない。傍から見たら俺とアルナは普通にコンビだと思われてるだろうし、見た目的にも子供っぽいアルナと、頼りなくとも一応は大人である俺のどっちと話すかとなると、当然俺になるんだろう。
「それで本題なのですが、護柱契約の儀を行ったのはお二人のどちらですか?」
「え……あ、いや、それは」
当然のようにかけられた質問に躊躇った。
加護をミケ以外が行ったのがバレてる事と、それが俺たちがやったという事になってしまっていいのだろうかという事に。
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