19話 ミケは天丼がお上手?

 狼に噛みつかれたミケはその場に膝をつく。狼は腕に喰い付いたまま離れようとしない。


「っつああ!!」

「メス猫!」


 ミケが苦痛の声を漏らす。作業に集中していたアルナもミケの方へ振り返る。


「ぬおおおおおおおおおお!!!!」


 俺は手に石を掴んで駆け寄り狼の頭を殴る。たまらずミケの腕から牙を離した狼の腹を蹴り飛ばし、すかさず石を投げつける。風を纏った石は狼の腹を貫通して壁にめり込む。体に風穴の空いた狼は少し痙攣して、息を止めた。


「ミケ、大丈夫か?!」

「大丈夫ッス、めっちゃ痛いッス」


 噛まれた腕、それに傷口を抑えている反対の手の指の間からも血が伝っている。


「メス猫、なんで…」

「勘違いしないで欲しいッス。村の為ッス。ちびっこがケガしてゲートの処理に支障がでたら自分が困るッス。決してちびっこの為じゃないッスからね」


 ツンデレ頂きました。全然そんなニュアンスでも雰囲気でもなかったけど。

 ミケは背中のリュックを下ろすと中から1本の瓶を取り出した。


「自分の事はいいから、早くゲートを封印するッス」


 ミケはアルナにゲートの封印作業の続きを促す。アルナは申し訳無さを引きずりながらも、魔法陣に向き直る。それが自分を庇った相手の為にもなるというなら、全力で仕事をするだけだ。


「ああああああああっ!!!!」


 ミケが突如、苦痛に満ちた声をあげる。俺も、作業に戻ろうとしていたアルナも驚いて思わず振り返る。

 ミケは瓶の中身を傷口にかけている。苦痛の声は傷口にそれが染みたせいみたいだ。


「あ、消毒してるだけなんで。気にせず作業するッス」


 ミケはアルナに作業に戻るように促す。アルナは申し訳無さを引きずりながらも、魔法陣に向き直る。それが自分を庇った相手の為にもなるというなら、全力で仕事をするだけだ。


「ああああああああああ!!!」


 傷口に液をかけるミケが苦痛に満ちた声をあげる。俺も、作業に戻ろうとしていたアルナもやはりその声が気になって振り返る。


「どうしたッスか?ほら、続き続き、よろしくッス」


 ミケはアルナに作業に戻るように促す。アルナは申し訳無さを引きずりながらも、魔法陣に向き直る。それが自分をかばった相手の為にもなるというなら、全力で仕事をするだけだ。


「ああああああ!!!ちびっこを庇って負った傷がものすごく痛いッスううううううう」

「ちょっとあんた!?いい加減にするの!」


 ミケのあまりにも当てつけな天丼にとうとうアルナもキレた。自分を庇って負ったケガだしな。言いづらかったわな。よくもったほうだ。


「にゃはは、もうやんないから。ほら、ちゃちゃっとやっちゃってッス」


 アルナは魔法陣に向き直る…と見せかけてフェイントで一度こちらに振り返る、がミケは本当にもう繰り返す気がないようだったので作業に戻る。

 ミケも傷の消毒の続きに入る。今は声をあげないようにしているものの、先ほどとは違って食いしばるように真剣に苦しい表情を浮かべている。細かく嗚咽にも似た息も漏らしている。

 さっきはふざけていたけど、本当はけっこう痛むんじゃないだろうか。狼にがっつり噛まれたんだから当然か。

 ミケのそんな表情をみると、さっきまでの行動もアルナをからかうためというより、むしろアルナの重い気持ちを払うためにやっていたんじゃないだろうかと思えた。ミケはほんまええ子や。


「ウオォォォォォン!!」


 狼の遠吠えが聞こえる。


「来るッスよ!」


 ミケが矢筒から矢を取り、弓を引いて上に狙いを向ける。再び狼が壁を超えて飛び込んでくる。俺も足元の瓦礫を拾って構える。

 飛び込んで来た狼は2匹、ミケがうちの1匹を射る。さらに纏った風で吹き飛ばされたもう1匹が壁に叩きつけられてバランスを崩す。ミケは地面に倒れた狼に飛びかかり、ナイフで喉を裂く。


「ゴブリンとワーウルフの戦線がここまで伸びてきたみたいッスね」

「そいつがワーウルフってやつか…っておまえ何やってんだ?」

「なにって、早くモツと血を抜かないと肉に臭いが……ってそうッスね。緊急事態ッスもんね。つい癖で、ニャハハ…」


 ミケはナイフを空に振って血を払い、ホルダーに仕舞う。


「外は激戦みたいッスね。狙い通りッス」


 耳を動かして壁の外の様子を伺うミケ。俺には詳しくは分からないが確かに先程から狼の鳴き声とゴブリンの呻き声が入り混じって騒がしさが増しているような気はする。


「ゴブリンはもう増えないんだろ?互いに数を減らしてくれれば御の字だな」

「サンカラとしてはワーウルフが残ってくれないと困るンスけどね」


 そう言って苦笑いするミケ。しかしその表情はすぐに厳しいものに変わった。素早い動作で矢をつがえて壁の上を見上げる。ワーウルフが7匹、壁の上に構えてこちらを睨んでいた。


「ワウウウウオオオ!!!」


 うち1匹の掛け声を合図にするように7匹のワーウルフは一斉に壁内に飛び込んできた。俺は石を拾って投げる。その1投で自分に向かってきた2匹は処理した。

 しかしミケに目をやると筒から抜いた矢を地に落としていた。さっきのケガのダメージか、手が震えている。そしてアルナも作業に集中しており、自身に向かってきている2匹は手付かずだ。

 油断しすぎだ。作業中のアルナが無防備になっている節はあった。もっと近くで守っておくべきだった。ミケのケガだって気遣ってやれたはずだ。

 投げるものを拾っていては間に合わない。

 俺は位置的に近かったアルナに向かって飛び込む。


「間に合えぇぇぇぇ!!!!」

「ビルド:スピア」


 地面から槍が突き出し、アルナに飛びかかっていたワーウルフ2匹が串刺しになる。ミケに向かっていた残りの1匹も壁から生えた槍にその身を貫かれている。


「アルナッ!?」

「終わったの」


 忌召門の元に置いていた魔石を拾う。俺は安堵して駆け寄るが、アルナは頬を膨らませている。


「嘘つき」

「………は?」

「あたしが危なくなったら、ヘータローが守ってくれると嬉しいなって言ってたのに。まだ昨日の事なのに」

「お…あぁ、すまん」


 とりあえず謝った。

 いや、かばいきれなかった事に大してご立腹されるのは構わないのだが、どうにも斜めの方向から文句を言われた感が拭えず、どこか納得がいかない。


「でも、あたしを選んでくれて嬉しかったの……」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないの~~」

「で、お前はなにやってんだ?」

「はっ!ついクセでっ」


 ミケはまたワーウルフを捌いていた。


「それじゃあもうひとつの仕事も済ませるの」

「もうひとつの仕事?」

「護柱契約の儀、やるんでしょ」

「ごちゅ……ん?」

「ちびっこ、付き合ってくれるんスか?」

「ついでだし。庇ってくれたから、借りを返すだけなの」

「超感謝ッス!」

「ちょ!やめ、離れるの~~!」

「ちびっこ、良い子ッス」


 あぁ、ミケの方の儀式の事か。

 照れくさそうに目を逸らすアルナにミケが抱きつく。嫌よ嫌よといいながらも本気で嫌がっている様子ではないみたいだ。

 しつこく抱きついて頬ずりしてくるミケをアルナが容赦なく蹴り飛ばす。とはいってもアルナも本気で嫌がっている訳ではない…と思う、たぶん。


「もう、さっさと済ませるの」


 そう言ってアルナが地面に手をつくと、四方の壁がそれぞれ外側に倒れる。

 仕切りがなくなって開けた視界には至る所で行われるワーウルフとゴブリンの乱闘が映った。


「いきなりだなおい!お前ちったぁ考えて、心の準備とかあるだろうが!」

「地獄絵図ッスね、知ってたけど……これ、辿り着けるッスか…」

「ほら、いくの!」


 煽動の言葉を投げて先陣を切るアルナ。


「ったく、勘弁してくれよ」

「生きて帰れる気がしないッス」


 俺とミケもそれに遅れないように、殺気立った狼とゴブリン溢れる森の奥へ足を進める。

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