18話 アルナの落ちる城
アルナの召喚した城はその身で崖肌を削り、自身も崩壊しながら斜面を転がり落ちる。崩れてもなお巨大な質量を誇る城の残骸たち、それと大量の落石がその重量故グングンと加速。それは当然、下方にいる俺たちに向かってくる。
「おおおおおおい!てめぇなんてことしやがる!」
「バカじゃないッスか!早くあれを消すッス!」
「え~、せっかく召喚したのに。ほらほら、走って走って~~~!」
「余裕こいてんじゃねーぞ!くっそぉおおおおおおお!!!!」
それまで斜面に逆らえずにいやいや走らされていた足を、自分の意志で必死に前へ前へと蹴り出す。
それまで軽やかにサーフィンの如く斜面を滑っていたミケも今はその足を全力で動かしている。
アルナは未だに俺の肩に乗ったまま、絶叫アトラクションでも楽しんでいるかのようにはしゃいだ声をあげている。いっそ振り落としたろか。
全速力でふもとについた俺たちは勢いそのままに森の中へ走り込む。こちらに気付いたゴブリン達が一斉に睨みつけてくるがそんなものは無視だ。
瓦礫と落石による岩雪崩は木々を薙ぎ倒し、ゴブリンを飲み込みながら無情に距離を詰めてくる。
轟音がすぐ後ろまで迫っているが振り返る余裕はない。今はただ、足を動かすのみ。跳ねた石片が背中や後頭部を小突いて俺を急かす。
だめだ、とても逃げ切れない。
そう判断した俺は肩の上のアルナと隣を走っているミケを掴んで上空へ投げた。身体をひねって地面と背が水平に向き合うような無茶な体勢を取ったため、後はそのまま地面に倒れるしかない。
止まない地響きを全身で感じ、宙を舞う2人の姿を見届けて、視界は闇に覆われた。
まぁ俺は無敵の身体だからな、土砂に呑まれようともどうということはない。………あれ、土砂とかってその場を凌いでも生き埋めになったら窒息するんだっけ?体が傷を負わなくても呼吸ができなくなるのはまずいんじゃないか?
一抹の不安が過り、全身から冷や汗が滲む。しかしそうは思っても後の祭り。俺の体は既に土砂にのしかかられて腕一本動かせない。
俺は異世界に来てから何度目かの最期を覚悟する。ほんと、何度目だろうか、まだ召喚されて2日目だというのに。
でもまぁ、異世界召喚なんて貴重な体験して、どこぞの村の危機に立ち向かって、仲間を庇って死ぬ。結構かっこよくね?芸人としては志半ばだったけど、波乱万丈で悪くない人生だったのかもな。最後にもう一度、バカ2人に会いたかったな。
一瞬、体に強い衝撃を感じて、視界に光が広がる。
お迎えが来たか。魂が抜ける感覚って結構腹に重く来るんだな。
なんて考えてると頬をペチペチと叩かれる感触。それが終わると今度は肩が揺さぶられて首がガックンガックンなる感触。
「ええい!もうちょっと優しくできんのかっ!!」
思わず叫んだ。こんなんで安らかに眠れるわけないだろう!
「あ、起きたッス!よかったッス!」
目を開けると涙目の猫耳少女が抱きついてきた。その横には薄桃髪の柔和な瞳の少女。
「ちょっとメス猫、どさくさでなにしてるの!」
「それだけ心配したんス!」
「離れろなの!どくの!私がやるの!」
「早い者勝ち……ってちびっこ、刃物はやめるッス」
槍を突きつけられてとっさに俺から離れるミケ、その槍は俺の鳩尾に直撃した。死んだらどうする!
槍が消えるとそれと代わるようにアルナが抱きついてくる。
「大丈夫?」
「ん……あぁ、大丈夫だ、問題ない」
状況を確認する。白く整えられた正方形の足場、その周囲はすべて倒木や瓦礫、岩などで覆われていた。
そうか、アルナが足場を召喚して俺を掘り起こしたのか。
「助かったのか」
「そうも言ってられないッス」
不快な唸り声に気付いて目をやるとゴブリン達が土砂の山を登ってこちらに向かってきている。
「でもゲートのだいぶ近くまで来たの」
「祠もすぐそばッス」
「あたしの作戦通りなの」
「「…………」」
最後のアルナの言葉には2人共言葉を返さなかった。アルナも無言で俺から降りた。
「んじゃまぁ、いっちょ最後の仕上げといくか」
俺は手元に転がっていたレンガをひとつ手に取り、向かってくるゴブリンに向かって投げる。レンガは風を纏い、ゴブリンを貫通してなお、その勢いは衰えず周囲のものも見えない刃で裂きながら飛んでいった。これだけ瓦礫が散乱してれば投げるものには困らない。
「ゲートとか祠のどうのこうのはわからん。なるべく俺がゴブリンを相手するからそっちでやってくれ」
「わかったの」
襲い来るゴブリンをかき分けながらアルナの先導で少し移動すると森の中に地面と垂直に浮かぶ赤い魔法陣が見えた。
「あったの!」
俺の投石、ミケの矢で周囲のゴブリンを一掃、3人で魔法陣の前に陣取る。
「ビルド:ウォール」
ミケの召喚によって四方に5メートルほどの壁が形成される。最初にここに来た時に籠城したのと同じものだ。
忌招門の処理にどれくらいかかるか知らないが、これなら安心して作業できるな。
アルナは小さな布袋から赤い小石を4つ、魔法陣を囲うように並べる。さらにその中心、浮かぶ忌招門の真下に先程より少し大きめ、手のひら程度の同じ色の石を置いた。アルナは小さく息を吸うと、集中するように一度大きく吐き、ゆっくりと忌招門に腕を伸ばす。
「世界の歪み、忌みなる門よ。今その道を絶ち、地へと還れ」
アルナが呪文を唱えると周囲に風が巻き起こる。その風は魔法陣を中心に取り巻いており、大きな赤石に吸い込まれているように見える。
「すごいッスね…」
「そうなのか?」
「ゲートの力を魔石に封印してるッス。自分ならただ壊す事しかできないッス」
「そうなのか」
よくわからないが、とりあえず返事をした。
ミケは真剣な表情でアルナの作業を見つめていた。
作業が終わるまで少し休めるだろう。俺は地面に腰を下ろした。
「どんくらいかかるんだ?」
「わかんないッス。忌召門の封印なんて初めて見――っ!?」
ミケがハッと目を見開いて上を見る。俺も上を見上げると灰色の狼が壁を越えて飛びかかってきていた。狼は一直線にアルナに向かっている。
「危ないッス!」
ミケが狼とアルナの間に飛び込む。狼はそのままミケが体の前に構えた腕に噛み付いた。
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