17話 ワーウルフの来襲、アルナの襲来

「ヘータロー、あそこ見るッス」


 ミケに促されて指差す方向に目をやるが、特に変わった様子は見えない。変わらず森林が広がっているだけだ。

 というか遠すぎて俺にはゴブリンすら視認できない。


「すまん、全然見えん」

「あそこワーウルフとゴブリンが戦ってるッス」

「そう…なのか。よく見えるな」

「見えないッスよ。でも音でわかるッス」


 あぁうんそうだよね。こっからだと角度的に生い茂った木々しか見えないもんね。なんで「あそこ見るッス」って言ったんだろ。


「ワーウルフって今お前の村を襲ってるやつだろ」

「そうッスけど。あれはまた別の群れッスね。この森にはいくつかのワーウルフの群れがあるっす。村に来たワーウルフはゴブリンに追いやられて新たな縄張りとして村を狙ったんだろうッスけど、おそらくあの群れはゴブリンと戦うことを選んだッスね。ヘータロー、あれに便乗するッス」

「便乗?」

「そうッス。ワーウルフとゴブリンがやりあえば、自分達を狙うゴブリンは減るッス。その間に祠まで行くッス」

「それはいい案だとは思うけど……、ワーウルフって強いのか?その、これだけのゴブリンと押し合えるくらい」

「どうッスかね、この物量差はさすがに…なんとかこっちまで戦線が伸びてくれれば上々ッス」

「んじゃそもそもワーウルフが祠まで全然届かないって事もあり得るってことか」

「そうッスね。そこは様子見で、ワーウルフを応援するしかないッス。………あっ」

「ん?どうした」

「いや、なんでもないッス」

「なんだよ。気になるじゃん」

「いや~…そもそもゴブリンが増えて一番困ることってワーウルフが減ることなんス。自分たちは森の山菜とワーウルフが主食なんで。ワーウルフを守るためにゴブリンを退治しなきゃいけないのに、ゴブリン退治の為にワーウルフが全滅しちゃったら元も子もないなぁって思っただけッス」

「あぁ……そりゃまぁ…」

「でも今は食糧問題よりも村の安全が第一ッス。そこまで贅沢な結果を望める状況じゃないッス」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないッスけど。肉は最悪、街から仕入れればなんとかなるッス。最悪、ニャイス族みんなベジタリアンになれば済む話ッスね、にゃはは」

「ゴブリンの踏み荒らした後に山の食料が残ってればいいけどな」

「あっ………」


 ミケの消沈ぶりを見て、余計な事を言ってしまったと思った。たとえ事実だとしても、今言うべきことではなかったなと反省した。


「ま、まぁじゃあとりあえずワーウルフが戦線をあげるまではここで様子見って事になるな」

「そうッスね」


 会話には答えてくれるが先程よりも元気がないのがはっきりと出ていた。この件はここからの戦いで挽回しよう。俺がどれだけ役に立つかはわからないが、盾くらいにはなれるだろう。


 と、先程と同じようにミケの耳がピクリと動いたかと思うと、腰の筒から矢を取り、後ろに向かって 弓を引いた。矢の先端には魔法陣が浮かび、放たれた矢はその魔法陣をくぐり、風を纏って飛んでいく。

 森の奥からゴブリンのものと思しき呻き声が聞こえた。

 俺は全く気付いていなかったけど、こちらに向かってきていたんだろう。ここは比較的ゴブリンが流れてこない場所だがゴブリンの波の真っ只中の場所、100パーセント安置ってわけにはいかないようだ。


「すごいな、ミケの矢。ミケの能力か?」

「そうッス。風を呼び出して矢に纏わせてるッス。ヘータローもッスよね?」

「俺?」

「そうッス。昨日ヘータローがゴブリンに向かって投げた石。自分の矢とおんなじ風を纏ってたッス。それも自分より強力だったッス」


 俺の投げた石にミケと同じ風。それを聞いてピンときた。いや、可能性としては考えていたけど、確信に変わった。

 アルナのアビリティー『召喚したものを頑丈にする能力』、もっとちゃんとした名称があるのかもしれないけれど。それにミケの『投擲物に風を纏わせる』能力。

 最初に俺をこの世界に召喚したのがアルナだから、アルナの能力を得られたのかとも思っていたけど、おそらく俺の能力は『召喚された者のアビリティーを得る能力』、平たく言えば『コピー』だな。ほぼ確定といっていいだろう。


 会話の途中、ミケは何かの音を捉えたようで耳を跳ねさせ、目線を上へ向ける。


「何か来るッス」


 俺もつられて顔を上げる。遠くの空に小さな点が見えた。それは高速でまっすぐこちらに飛んでくる。鋭利な刃を携えた黒い柄、それに捕まっている白い少女、間違いなく俺の知る人物だ。


「アルナか……ってかおいおい、突っ込んでくるぞ!!」


 飛来するそれは勢いそのままに俺とミケのいる場所に墜落した。俺たちの立っていた崖際は欠けるように崩れ、そのまま全員斜面へと落ちる。

 斜面を転がり落ちる俺に、隣を並走する少女が話しかけてきた。


「ちょっとヘータロー!勝手に飛び降りてひどいの!」

「いやっ…おまっ………ちょっとは考え…ぐべっ!」


 切り立った斜面を転がり落ちる俺、上も下もわからない状態で全身が岩に打ち付けられる。

 なんとか体勢を立て直してもその勢いは殺せず、自分の意志とは無関係に下へ下へと向かって足が駆ける。その先に待つのは先程アルナと2人で突っ込んで立ち往生していた緑の鬼がうごめく樹海、通称:ゴブ林だ。


「なんでまたその猫に構うの!ヘータローは獣人嗜好ケモナーなの?」

「おまっ、そんな言葉っ!ちげーよ!別に獣人好きじゃねーよ!」

「えっ、ヘータロー。自分の事嫌いなんスか?!」


 隣で両足を滑らせてサーフィンでもしてるかのように斜面を滑り下りるミケがショックの表情で声を漏らした。


「いや、そういう意味じゃなくて」

「じゃあ好きなんスか?」

「そうなの?!あたしとメス猫、どっち選ぶの?!」

「あーーーもう!それどころじゃないだろ!どうすんだよ!」


 斜面の終わりはどんどん近づいている。そうなれば辺り一面ゴブリンの海だ。最悪はまたアルナの作る壁部屋で籠城すればいいのだろうが、それではさっきの二の舞いだ、埒が明かない。


「ちょっとがんばるの」


 そう言うとアルナは俺の肩に飛び乗ってきた。右足・左足をそれぞれ右肩・左肩に乗せ、完全に2階建てモードとなる俺とアルナ。


「ちょっと支えてて欲しいの」

「お前何する気だ」


 と、文句をいいつつもアルナの足首を握る。斜面を走り落ちながら揺らさないなんて器用な真似はできないが、せめて振り落とさないようにしっかりと掴む。


「巡る巡る、彼の地に眠る王亡き骸。礎を星に、燭台を槍に、誇りを剣に。終焉の記憶を天に掲げよ。メテオ:キャッスル」


 アルナが呪文を唱えると自分達の後方、ここまで下ってきた斜面の頂上付近の空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 光を帯びた陣からは巨大な槍がいくつも――違う、尖った屋根だ。円錐の屋根を携えた塔がいくつも建つ巨大な城が魔法陣から逆さに、大地に向かって伸び、その巨躯をこの場に具現していく。

 何もない空から生えてくる圧倒的質量に気圧される……が、前方でもゴブ林の中心地でもなく、なぜ自分達の後方を召喚場所に選んだのか。アルナは何を狙っているんだ。


「あっ……ミスったの」

「は?」

「もっとゴブリンがいっぱいいる所に出そうと思ったんだけど、遠くに召喚するの苦手で……いつも思った所と違う場所に出ちゃうの」


 ただのミスかよ!

 てか、もしかして俺が異世界召喚直後にアルナを轢いてしまったのも、アルナが呼び出す場所を失敗したからじゃないか? この位置関係、最悪な展開しか見えない。

 魔法陣より現れた逆さの城は重力に斜面へと落ちていく。

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