15話 ゴブリン、ゴブリン、ゴブ林
「お腹すいたの……」
アルナはテンション肩と頭を垂れてダルそうに歩いている。
サンカラの村をでて30分程歩いただろうか。
勢いで出てきた為、何も準備はない。アルナに至っては朝食すら食べてないんじゃなかろうか。
「なんか食い物持ってないのか?」
「うん、ない。昨日も勢いで出てきたからなにも持ってこなかった」
かくいう俺も手ぶらだ。おそらくこれからゴブリンの大群に身を置く事になるんだろうけど、武器の一つも持ち合わせてない。
まぁ無敵の肉体があればゴブリンが何体こようと………あっ――
そう考えて気づいてしまった。目線を自分の腹に落として手で傷口をさする。
これまでゴブリンの攻撃は一切通さなかったが、アルナの短剣はあっさりと刺さった。
俺は異世界に転生して無敵の身体を手に入れたと思っていたけど、事実として今、傷を負っている。
無敵タイムが終了してしまったのだろうか。それとも、殴られる分にはノーダメージだが斬られる事に関しては無防備な能力だったりするんだろうか。
前者だったらノーフューチャー。後者だとしたらこれから色々と気をつけなければならない。
いや、でも俺はゴブリンの殴打以外にも、ドラゴンのブレスにも耐えている。俺の能力はなんなんだ。無敵じゃないとわかった以上、早く把握しないと命に関わる。
とりあえず今は、強靭を完全に失って元の身体に戻っていない事を祈る、それしかない。じゃないと死ぬ。
とりあえずゴブリンの装備は棍棒だし、ひとまずは心配ないだろう。
「ふん!」
俺は近くの木に頭突きをした。
木の表面は少し砕けて木くずを散らした。俺の額には傷一つつかず、痛みもない。
よし、とりあえず打撃に関しては強いままのようだな。とりあえずは一安心だ。
突然の俺の奇行にアルナがなんとも言えない目でこっちを見てるが一安心だ。
と、アルナが無言で片手を上げた。それを見て俺も立ち止まり身を潜める。
少し先にゴブリンの一団がいた。数は5体、棍棒を持ってるのが2体。、剣を持っているのが2体、弓を持っているのが1体という構成だ。
剣や弓を装備、そういうのもあるのか。
俺の『ヘータロー、棍棒しか装備しないゴブリンが相手なら絶対無敵説』がさっそく覆されたわけだ。
「パパッと行っちゃいましょうか」
アルナは隠れるのを止めて、歩いてゴブリン達の前に向かい合った。
小柄で無防備な女の子のアルナの姿に、ゴブリン達は警戒心も持たず首かしげといった感じだ。
「ビルド:ハルバード」
アルナが地面に手をついてそう唱えると、地面から斧付きの槍が5本、次々とゴブリンの足元から生えてきた。1刺1殺、それらは的確にゴブリンを股下から頭頂部まで貫いた。
串刺しになったゴブリン達は黒い霧となって霧散する。その後、ゴブリン達を貫いた槍も光の粒子となって散る。
一瞬の出来事、アルナは瞬きする間もなくゴブリンの群れを葬り去った。
「アルナ、お前凄いんだな」
「えへへ~、もっと褒めてくれていいんだよ~」
「この戦いが終わったらな」
「約束なの」
アルナは満面の笑みで進軍を続けた。
そこからは森の奥に進むに連れてゴブリンの数が徐々に増えていった。序盤は数匹で群れているゴブリンパーティーとの遭遇率が増えてきたくらいの感覚だったが、今は視界内からゴブリンが消えることはない。ゴブリンはこちらに気付くと本能のように飛びかかってくるが、アルナは次々に槍を召喚してそれらをすべて捌き切っている。
俺は後ろからついていくだけだ。
「アルナ、大丈夫か?突然MPが切れましたとかなんないか?」
「MP?なにそれ?」
「いや、なんでもない」
ゴブリンの数がどんどん増していくが、俺達の進軍は速度こそ落ちてきたものの危険な場面に出くわすことなく順調に進んでいるように思う。
迫ってくるゴブリンはすべて、アルナに届く数メートル前で地面や木の表面から飛び出してくる槍の餌食となっている。
一山登りきり、道なりには下りに変わる所で少し道を外れて斜面を登ると、先を見通せる小高い崖沿いに出た。そこからの見晴らしはひどいものだった。
見渡す限りに広がった森林、その木々の隙間から見える大地に目を凝らすと草とは違う緑色が所狭しと蠢いている。虫の大群みたいで気持ち悪い。
あれが全部ゴブリンなのか。
「あれ、いけんのか?」
「うーん、行けなくないけど~。どうしよっかな。………あ、あった」
アルナの目線の方向に目を凝らすと、小さく赤く光っているものがあった。
「あれが忌召門ってやつか?」
「そう、あそこから延々とゴブリンが出てきてるの」
「それじゃああれをどうにかすればそれ以上は増えなくなるってわけか。でも、行けるか?あそこまで」
ゲートまではまだ結構な距離がある。その道程には見渡す限りのゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。
もうここ、森林じゃなくてゴブ林なんじゃなかろうか。
うん、これいいな。頭のネタ帳にメモしておこう。
もしかしてゴブリンって単語はネタにしやすいんじゃないか?
これから異世界でお笑いをやっていくんなら、異世界に適したネタを作っていかなきゃならなくなる。
『自分、ゴブリンに石を投げても2回に1回しか当たらないんです。どうしてかって?ゴブリンだけに、五分ニ厘』
………うーん、微妙だ。あと間違ってるわ、五分って50%じゃなくて5%だ。
さて、そんなギャグで済むならいいんだけど、これからあのゴブリンの海に向かってくんだよな……。
ここに到達するまで俺は一度も前線に出てないから、自分の刃物についての耐性は確認できてない。
そう思うと、流石に全方位囲まれる事が容易に予想できるここから先の戦場を進むのは躊躇の気持ちが沸く。
そういえば、そもそも俺を呼び出した張本人であるアルナは俺の能力を知っているのだろうか。
「なぁ、アルナは俺の能力って知ってるか?」
「能力?ヘータローってなんか能力あるの?」
「いや、わかんないけど。なんかお前に召喚されてから身体がすっげー丈夫になって、攻撃力もあがってるみたいなんだ」
「もしかしたらあたしのアビリティーがついてるのかも」
「アビリティー?」
「うん。あたしのアビリティーは召喚したものが頑丈になる能力なの」
「なるほど。それでアルナに召喚された俺が頑丈になってると」
「そうかもしれないの」
「それって例えばなんだけど、殴られるのは大丈夫だけど斬られるのはダメとかってある?」
「ううん、ないよ。あたしの能力なら硬さの問題だから、殴られるとか斬られるとかで変わったりはしないの」
召喚術にアビリティー。そういうものがあるのか。
あれ…じゃあなんで俺昨日ケガしたんだ?アルナは実はパワーキャラとか?
「でも昨日、アルナの短剣は普通に刺さったよな」
「あぁあれ。あの魔剣野郎はアビリティーを無効化するの」
「なるほどそれでか。納得納得、はっはっは……っておい!んなもんで人を刺すな!てか、んなもんじゃなくても人を刺すな!」
「まぁまぁ、あの時は泥棒猫が悪かったって事で」
「はぁ……」
おどけた態度を見せるアルナ。彼女の狂った軽薄さにため息しか出ない。
けどまぁ、これでとりあえず俺がやられるという不安はなくなったわけだ。
安堵して改めてゴブ林を眺める。
うん、行きたくない。死なないとわかっているからって殴られに行きたくなるわけないよな。
「で、どうすんだ?」
「そうだねぇ。とりあえず一気に行くの。ビルド:ウォール」
アルナが崖際で地面に手を掲げるポーズをとると、崖際からはみ出す形で魔法陣が形成され、10メートル四方の白い板が生まれた。
「ヘータロー、こっちきて~」
俺は言われるがままにアルナと一緒に板の上に乗る。
するとその重みに耐えきれなくなったのか、生成された板と接点になっていた崖の際が砕け、板は落下。板は俺たちを乗せてゴブ林へと一直線に駆け下りていく。
「いっけぇええええええ!!!」
「おいおい、ふざけんな。無計画過ぎるだろぉおおおおおお!!!!」
俺の叫び虚しく、2人を乗せた巨大で無骨な草スキーはゴブリンの大群へ向かってぐんぐんと加速した。
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