14話 子猫の願い
「起きるッス~」
部屋に入ってきたミケの気配に、俺はすぐに目を覚ました。
「おはよッス。具合はどうッスか」
「あぁ、問題ない」
包帯で傷口は見えないが痛みは感じない。短剣がずっぽし刺さったというのが嘘みたいに全く支障を感じ無かった。
「治癒が効かなかくて傷口が塞がらなかったんで心配だったッス。よかったッス」
「そうなのか?」
「ナクタがそう言ってたッス」
「ナクタって昨日俺の傷を見に来た奴だよな」
「そうッス。治癒の精霊使いなんス。すごい人なんス」
「へぇ~」
「あ、ご飯持ってきたッス」
「ぉ………ぉぅ」
「そんな顔しなくてもいいッス。用意してもらったものッスから。どうせ自分の料理はゲロマズっすよ」
ミケは不貞腐れた顔をして朝食の乗ったトレーを俺の膝に乗せた。
いくらそんな顔をされたところで「そんなことないよ」なんては言ってやれない。どんなに可愛げを見せられようとも昨晩のスープは擁護できるレベルじゃない。
「アルナは?」
「まだ寝てたッス」
「そうか」
俺は朝食を口に運ぶ。肉と菜っ葉の炒め物、それに玉ねぎの入ったスープだ。
猫って玉ねぎ食べちゃダメなんじゃないか?
まぁ獣人がどうなのかも、これが俺の知ってる玉ねぎと同じものなのかもわからないから気にしないでおこう。
「あの、ヘータロー」
「ん?」
「えっと………実は、お願いがあるんス」
神妙な面持ちで口を開く。
「自分と一緒に忌招門を壊しに行って欲しいッス」
「忌招門を………俺と?なんで俺?」
「ヘータローはめちゃ強いッス。ゴブリンの攻撃をものともせず、風魔法もすごかったッス。ヘータローがいれば百人力っす。だから力を貸して――」
そこまで言ってミケは口を止めた。いや、止められた。
突如、床から飛び出した槍がミケの喉元に突きつけられていた。
「ナニ…シテルノカナ?」
「あっ……っ……」
ミケは息を呑み、額から一筋の汗を落とす。
「アルナ、やめろ」
「ヘータローとゲートを壊しに行くのはあたしなの。横取りしないで」
「アルナ!」
「…………」
俺が語気を強ると、アルナはため息をひとつ漏らし、槍が霧散してミケが解放される。
「あたしのヘータローにちょっかいかけないで」
「じ、自分はただ、ヘータローにお願いしてただけッス」
「それをちょっかいって言うの。あなたに頼まれなくても忌招門は壊すから安心してなの」
「え、そうなんスか?」
「あぁ、最初からその予定だったんだ」
「だったら、自分も連れて行って欲しいッス」
「だから―」
「お願いッス!自分、どうしても行かなきゃいけないんス」
ミケは俺とアルナに頭を下げる。
「話くらい聞いてやってもいいんじゃないか?」
「…………わかったの、ヘータローがそう言うなら」
「ありがと」
俺は礼を言って笑いかけるが、アルナは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「超感謝ッス。実は自分、ヘータローにこの村の長だって名乗ったスけど、実はまだ正式な村長じゃないんス、村長(仮)なんス」
「かっこかり?」
「そうッス。自分、前の村長の娘なんスけど、村の長だと認められるには儀式が必要で、森の奥の祠まで行かないといけないんス。それで昨日、森に入ったんスけど、祠の近くに忌招門が出現してたせいで、ゴブリンが溢れててたどり着けなかったんス」
「それでゴブリンに囲まれてたってわけか」
「そうッス。ゴブリンを引っ張って村に戻るわけにもいかなくて逃げ回ってたっス。それでもうだめだ~ってときにヘータローが来てくれたッス」
「来たというか、呼ばれたんだけどな」
そう言うとアルナがミケを睨みつける。あまり呼んだ呼ばれたの話はしないほうがいいな。
「それで勝手なお願いだとはわかってるッスけど、忌招門の破壊を手伝って欲しかったッス。本当は儀式はひとりでやんないといけないんスけど…このまま忌招門を放置すると森で狩りもできなくなるし、いずれは村にまでゴブリンがやってくるかもしれないッス。試練どうこう言ってる場合じゃないッス。村の危機ッス」
「それで儀式は大丈夫なのか?」
「関係ないッス。村の存亡と比べたら大したことじゃないッス」
そう語るミケの瞳の奥には力を感じられた。俺は、村の事を本気で考えて行動しているミケに応えてやりたいと思った。
「アルナ、どう思う?」
「あたしはヘータローと2人がいいです。ゲートは処理するしゴブリンも倒しといてあげるから、そのあとで儀式でもなんでも好きにやればいいです」
まぁ確かにもっともな意見である。
アルナは10体以上のゴブリンを一掃していた。口ぶりから察するにゴブリンと忌招門の処理にあたって余裕があるんだろう。
それに対してミケはゴブリン相手に命を落としかけていた。
場合によっては足手まといになる可能性も考えられる。
アルナはすぐに忌招門へ向かうつもりみたいだし、儀式は森が落ち着いてから行えばいいんじゃないかと思う。
「自分なら、ワーウルフの巣を把握してるッス。忌招門の場所も把握してるッス。そこまでワーウルフを避けて案内できるッス。だから連れてって欲しいッス。一緒に忌招門に――」
「なんの話をしているのですか」
そう言って部屋に姿を見せたのはナクタだった。
「忌招門にそちらの方々と一緒に行くような事を話しているように聞こえましたが?」
「そうッス。ヘータロー達に儀式を手伝ってもらうッス」
「ダメです」
「どうして、どうしてッスか。このままじゃ村が」
「儀式は次代の長が一人で行うのがしきたり。ましてはそちらのお二方は外部の者です。村に入れることすら拒まれるべき者に、よもや儀式を手伝わせるなど」
「だって村の危機なんスよ!そんなこと言ってる場合ッスか!早く結界を張り直さないと!」
「忌召門についてはフューゲルに封滅依頼を出しました。明日いっぱいまでには街から派遣される召喚士により処理されるでしょう」
「村の事を外の者に任せるッスか?!」
「今のあなたがそれを言いますか?その者たちに忌召門の封滅を任せようとしたあなたが」
「っ……」
「それに忌召門がサンカラの森に生まれたとはいえ、我々は森の一部を借りて村を構えているに過ぎず、森の支配者でも管理者でもない。忌召門の発生は村とは無関係の出来事です」
「関係あるッス。森が自分達のものだなんて思ってないッスけど、サンカラの森は自分達の生きる森ッス。森に生かされている以上、その森を守るのも自分達の役目ッス。それに、ゴブリンの群れは祠にまで広まってるッス。それを討伐する冒険者や召喚士が依代に手を出さないとは限らないッス」
「その点についても前もって説明して信頼のある者をとお願いしております。過去の過ちは繰り返しません」
「それでも!森は自分達で守るべきッス」
「あなたのお父上のようにですか?」
「それはっ……。そうッス………」
口論でミケが何か後ろめたい核心を突かれたのはあからさまな態度でわかった。それでも自分の主張を通すミケだが、その返事は弱々しかった。
「村の為と言いながら部外者の為に引き返しておいて。その間にもゴブリンの拡散は進んでいるのですよ。もうあなた一人の手で負える範疇はとっくに超えているでしょう。おとなしく召喚士の仕事を待ちなさい」
そこまで言い捨ててナクタは部屋を出ていった。ミケはなにも言い返せず、ただ俯いて見送るしかなかった。
「ミケ?」
「あ……えっと、ははっ、情けないとこ見せちゃったッスね」
「大丈夫か?」
「だいじょぶッス。元気ッス」
そう言うミケは無理に作った笑顔を向けてくるが、表情にも声のトーンにも沈んだ感がありありと出ていた。
「で、どうすんだ?」
「そうッスね……自分は村が守れるんならなんでもいいッス。召喚士を待つのが最善ならそれがいいと思うッスし……」
「だったら行かなくていいんじゃないかな」
「そう……スかね」
「行こ、ヘータロー」
「ん?」
「ゲートの処理だよ。猫はこないんでしょ。2人で行くの」
「あぁ、おう」
「ほーらぁ」
「わっと、お前危ねぇって」
アルナに強引に引っ張られ、こぼれそうになったスープを入口横の棚に置きつつ部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます