13話 猫のスープは天国の味
ここはどこだろう。
辺りは一面の花畑。暖かな日差しが気持ちいい。心地よい風が吹き抜ける。
「おーい、おーーーーい」
誰かが呼んでる。
目を向けると川の対岸で彫りの深い猫獣人が手を振っている。
どうしてそんなに遠くにいるんだ。今そっちに行くよ。
川岸に舟を見つけ、乗り込もうと片足を跨いだ所で、後ろから微かに俺を呼ぶ声が耳に届いた。
俺を呼んでいるのだろうか。よく聞こえないや。
ふわふわしてとてもいい気持ちなんだ。俺は行くよ。
「うぼあがっ!!!!!」
「ほら、気づいたの。ショック死には同じショックが効くんだって」
「手料理をショック扱いされるのは心外ッスけど…ヘータローが帰ってきてよかったッス!」
「……ここは」
「ここは自分の家ッス」
ミケがそう答える。
俺はたしか……アルナに刺されて、それで…いや、他になにかあったような………
「景気づけにもう一杯どうぞ~」
「ん?おう」
勧められるままに差し出されたスプーンを口にした。
「ごうらんがっ!っっっげはっ!げほっっっぐえぇぇ!!!まっず!いやまっず!つかくせぇぇぇ!!!!」
思い出した!思い出させられた!思い出したくなかった!俺はこの料理に殺された!
「ヘータローヒドイッス!大袈裟すぎるッス!」
「あはははははは!!!ヘータローおもろい」
苦しむ俺を見てアルナは腹を抱えて爆笑している。
てめぇ笑ってんじゃねーぞ!笑えるレベルを超えてんだよ!
「はい、これ飲んで落ち着くの」
余りに苦しむ俺を見かねたアルナはコップを差し出してくれた。
1秒でも早くこの混沌汁を口内から消し去りたい。
俺はコップを乱暴に受け取ると勢い良く飲み干す。
「水だと思った?残念、メス猫のスープでした~」
「ぐわあああああああああああああああ!!!!!!!!!…………………がくっ」
ショック耐性の許容値を余裕で振り切り、俺は意識を手放した。
※ ※ ※
あぁ…気分が悪い、胃の中が廃油で満たされたように重い、視界がグルグルする………てか、いま何時だ?
「はっ!」
寝過ごしたかもしれない。その焦りから勢い良く身体を起こした。時計を探す、が見つからない。てかここ何処だ?俺の部屋じゃない……………あぁそっか、ここ異世界だったわ。
未だに食事のダメージを引きずる頭と胃を抱えてため息をひとつ。腕に巻かれたレザーブレスレットに目が向く。細いベルトを3重にして手首に巻きつけてあるそれには小さな青い石がついている。
あいつとコンビを組んだ日、お笑いで天下を取ると誓い合ったあの日にお守りとして2人で買ったものだ。
男同士でペアなんて気持ち悪いって言われたけど、それでも受け取ってくれた。
街頭で地べたに広げた布にアクセサリーを並べて売ってたのをその場の勢いで買った安物だ。
車も服も消えたけど、これだけは手元に残った。
あいつら、どうしてっかな。
元の世界に思いを馳せる。
1日いなくなったくらいじゃ気付いてもないかな?でも大事な大会の日だったし、心配くらいしてくれてるかな。そうだといいなぁ。
「起きたの」
アルナが部屋に入ってきた。
「誰のせいで寝込んでたと思ってんだ」
「はは、だってヘータローおもしろかったの」
「こっちは冗談じゃないっつーの」
「はい、お水」
「………」
「ほんとにお水なの~」
確かに見た目は透明だが…俺は臭いを確かめ、恐る恐る舌先で味を確認してから飲み干した。
「傷、どうなの?」
「あぁ、大丈夫だ」
「その……ごめんなさい」
「いいよ、全然気にしてないから。ちょっとしか」
「いじわるなの」
「ははっ」
窓から見える外は真っ暗だ。俺を看病してくれた男の猫獣人・ニャスターからは出ていって欲しいと言われたが、いきなり追い出されるような雰囲気でもなかった。
異世界に来て初めてのゆったりとした時間だ。
刺されるほどのケガを負わなきゃゆっくりできないってのもどうかと思うけど。
「なぁ、アルナはどうしてM-1に出たいんだ?」
「認めてもらいたい人がいるの。その為にM-1で優勝するの」
そう決意を語るアルナの顔は少し寂しげに見えた。
「そっか」
それ以上は聞かなかった。アルナの表情を見ると、それ以上は聞けなかった。
きっとアルナはその事を背負って生きているんだと悟った。
コンビなんだからお互いを何でも知るべきだなんて口では言っても、会って間もない相方の重い核心に踏み込む勇気を俺は持ち合わせていない。
いつかきっとアルナの抱えているものを知る日が来るだろう。そしてできるならばM-1で優勝する夢を叶えてやりたい。
それは自分の為にもだ。M-1の存在は俺にとっても、右も左もわからないこの異世界での心の支えだ。
この世界でM-1を、笑いで天下を獲る。元の世界で叶えられなかった夢を、届かなかった野望をここで果たす。俺はそう自分に誓った。
「アルナはどこで寝るんだ?」
「ミケと一緒に部屋を用意してもらってるから、そこで寝るの。明日はゲートの処理にいくの」
「うん、わかった」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
アルナを見送って、俺はベッドに身を沈めた。
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