12話 猫獣人の村

 これが知らない天井ってやつか。うん、とりあえず言ってみただけ。とりあえずお約束ノルマ1つクリアって事で。できればそう何度も拝みたいものじゃないな。

 辺りを見渡す。コテージのような、丸太を組み上げて造られた家みたいだ。

 隣には、椅子に座ったままベッドに上半身を預けて眠っているアルナの姿があった。

 倒れる前の出来事を記憶から探って、見知らぬ場所で寝ている理由をを思い出す。といっても異世界生活1日目、見知った場所なんてそもそもないわけだけど。

 そうだった、アルナに刺されたんだったな。

 腹部に目をやるとサラシのように包帯が巻かれている。


「んっ……ふぁ~~」


 目を覚ましたアルナが大きな欠伸をする。それから俺と目が合った。


「あ…ヘータロー!目が覚めたんだ!」


 アルナが勢いよく抱きついてくる。


「お、おい」

「あたし、ヘータローが死んじゃったらどうしようって心配で心配で、ずっとそばについてたんだよ~」


 上目遣いでそう言ってくるアルナの表情からは、何かを期待しているような意志を感じた。なんだこれ、どう受け取ればいいんだ。もしかして褒めて欲しいのか?

 てか刺したのおまえだよね。てかおまえ寝てたよね。

 いやでももしかしたら俺は数日間眠り続けていたのかもしれない。心配なら俺が目を覚ますまでずっと起きてて当然なんて言うのは横暴だ。むしろずっとそばについててくれてたなんてすごい優しさだ。


「あ、起きたんスね」


 ミケが部屋に入ってきた。ミケも無事だったか、よかった。


「ミケも無事だったか」

「いやいや、全身ボロボロっすよ。でも引きずるような大きなケガはしてなかったんで、普通には動けるッス」

「そうか、よかった。俺はどれくらい寝てたんだ」

「2時間くらいッス」

「2時間!?」


 アルナ、心配してくれたと言うのならもう少し見守ってくれてもいいんじゃないだろうか。


「村まで1時間くらいかかって、そっから30分くらい治療とかしてたから、状態が落ち着いたばっかりッス。すぐに意識が戻ってよかったッス。でもちゃんと休んだ方がいいッス」

「お、おう。そうか」


 アルナ…お前どんだけ即落ちしたんだよ。

 未だに期待の眼差しをこちらに向けているアルナ。頭でも撫でればいいのだろうかと思ったが、今回は気付いてないふりをしておこう。


「ここは?」

「ここは自分の家ッス」


 改めて部屋を見回す。八角形か十角形か、丸太を円柱状に並べた丸い造りの部屋。天井、というか屋根だろう、壁から中心に集まるように高く伸びている。円錐の尖った屋根になっているんだろう。壁際には棚や窯が並んでいる。神棚のようなものもあるな。


「なんか食べれそうッスか?スープは準備してるけど、食べれるなら食事も用意するッス」

「そうだなぁ。腹は減ってる感じはするけど、食べても大丈夫なのかな」

「どうなんスかね。治癒は掛けてもらったんスけど、なんか効かなかったっていってたッス。でも命に別状はないみたいッス」

「そっか、ありがとな」

「へ、ヘータローは命の恩人ッスから!これくらい当然ッス!」


 どこか挙動不審で妙に気合が入った返事をするミケ。

 なにかあるのか?まぁいいか。


「俺にとっても命の恩人だからな。おあいこ様だ」

「みゃ!……えっと、何か飲み物持ってくるッス!」


 ミケは逃げるように部屋を飛び出した。落ち着きのないやつだな。

 アルナは俺とミケのやり取りを見て顔を膨らませていた。


「アルナ、なんであんなことしたんだ」

「ごめんなさい。ヘータローを刺す気はなかったです。あのメスネコを狙っただけで」

「いやだから、なんでミケに襲いかかったんだ」

「だって、あれがヘータローを盗ったから」

「盗ったって。召喚のことはよくわからんけど、別にその、契約?とかがされてるわけじゃないんだろ、ミケと。アルナともだけど」

「そうですけど……ヘータローが他の人に召喚されて、なんか盗られた気がしたから」


 アルナはふくれっ面のまま目を逸らす。


「アルナ、俺は召喚術のことはわからない。それどころかこの世界の事が全くわからない。俺をこの世界に呼び出したのはアルナ、お前だ。だから俺はアルナを頼りにしたいと思ってる。それに俺たちはコンビだ。契約ってやつがなくても、俺とアルナの間には約束がある。一緒にM-1に出るんだろ」

「ヘータロー…」

「俺だって聖者じゃないからな。盗賊とか命を狙ってくるような悪党まで殺すなとか言う気はない。だけど好き嫌いだけで簡単に誰の命でも奪うようなやつのことは信用しようとは思えない。この世界の常識がわからないからズレてる事言ってんのかもしれないけど、俺の言いたい事わかるか?」

「うん、なんとなく」

「そか、よかった。俺はアルナと長く付き合いたいと思ってる。相方になるならもっと知っていかないといけないと思ってる。だからなるべく遠慮しないでなんでも腹割って言い合える関係にならないといけないと思ってる。だからアルナもなんでも言って欲しいし、俺のことも知ってほしい。それが必要なことだと思ってる」


 そう、お互いを知ること、俺とアルナには絶対に必要なことだ。相手のいいところも悪いところも、全部引っくるめて受け入れる。互いに信頼しあって、息を合わせて、二人三脚で進んでいく。

 それだけ相手を思う気持ちと覚悟が必要だと俺は思う。そう、漫才コンビにはな。


「あたし、ヘータローの良いパートナーになれるかな」

「きっとなんとかなるさ。それにアルナだけが頑張るんじゃない。お互いに歩み寄っていくんだ。俺だって頑張る」

「そか……へへ、ありがとです」

「俺の方こそ、よろしくな」


 照れくさそうに顔を赤くしながら満面の笑みを向けるアルナ。一緒にお笑いをやることをこんなにも喜んでくれるなんて。見ている俺もつられて嬉しくなってしまう。


「手、出して」

「ん?なんだ?」


 言われるがままに手を差し出すと、アルナは俺の指をつまむように小さく握った。


「えへへへ」

「……?」


 更に顔を赤くするアルナ。そのまま俯いてしまったので表情は見えない。ふやけたような笑い声だけが聞こえる。

 このタイミングで指を握ることに何の意味があるのだろうか、この世界のまじないか何かだろうか。


「お邪魔でしたかな」

「スープ持ってきたッス」


 そう言って部屋に入ってきたのは男の猫の獣人だった。続いてミケの姿もあった。

 アルナは焦るように手を引っ込めた。


「もう目が覚めましたか、気分はどうですか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 ミケと同じ猫の獣人……みたいだけど、毛深いな。ミケは人の姿に猫耳が生えてる感じだが、この男の獣人は顔も腕も毛で覆われている。猫が人型になった感じだ。もしかしてオスだから毛深いのだろうか。


「傷を見せてください」


 男は俺の包帯を解いて傷を確認する。


「ふむ、やはり塞がっていませんね。しかし出血もない。効果があるかわかりませんが、とりあえず薬を塗っておきましょう。」


 小さな丸い容器のフタを開け、中の軟膏を傷口に塗る。


「あなたが治療してくれたんですか?」

「えぇ。治療といっても、何も出来ませんでしたが」


 慣れた手つきで包帯を巻き直す男獣人、とても手際が良い。


「心配してくださってありがとうございます。それに治療も」

「勘違いしないでください。早く回復して、早く村から出ていって頂きたいだけです」


 包帯を巻き終えた男はそれだけ言い残してさっさと部屋から出ていった。

 代わるようにミケが俺の前に来る。


「失礼な態度で申し訳ないッス」

「俺、なんか悪いことした?」

「そうじゃないッス。サンカラの村はニャイス族だけで生活してるッス。他の種族が村に入るのを嫌うッス。だからヘータローのせいじゃないッス」

「そうなのか」


 ニャイス族。それがミケ達、猫獣人の呼称だろうか。森の奥で同族だけで生活する猫獣人、なんだかいいじゃないか。


「ナクタも本当はもっと良い人なんス。本当にすまないッス」

「いや、いいよ。こうして助けてもらったんだし」

「そういってもらえると助かるッス。あ、これ、スープっす。これ飲んで早く元気になるッス!」


 そう言って渡されたスープは紫色で、毒々しい色の得体の知れない具材が浮いており、気泡が沸いては弾けていた。あとすげぇ臭ぇ…


「ミケの特製ッス。その…初めて家族以外に振る舞う手料理ッス。大事に食べて欲しいッス」


 ミケは口元に握った手を当てて上目遣いでこちらをじっと見ている。

 俺が食べるのを待っているのか。

 緊張にツバを飲み、恐る恐るスープをすくう。

 毒々しい液体からは湯気が…もとい、煙が立っている。

 食うしか……ないのか。

 覚悟を決め、目を力の限り食いしばってスープを口の中に放り込んだ。

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