10話 召喚されたら求婚された
急に驚き慄き声をあげる猫娘。
「どうしたんだよ急に大声上げて、びっくりしたなぁ」
「どうしたもこうしたも!だって人間……自分、人身召喚しちゃったんスか、どうしよ…どうしよ…えっと……」
猫娘は一歩後ろにジャンプしたかと思うと脚を折り曲げ、手と頭を地面に添えて伏す。土下座だ。
「すんませんしたぁ!一生養いますんで!どうかこの事は内密にして欲しいッス!」
「………は?」
そんないきなり謝罪と求婚と懇願を一緒くたにぶつけられても、こちらは何が起こっているのかさっぱりわからん。
「えっと、説明してくれないか?」
「とんでもない!言い訳なんてしないッス。あなたを呼び出すつもりなんてなかったんス。ていうか魔術士の自分が人を召喚なんて、何かの事故なんス。でも責任は取るッス。だから牢屋は勘弁して欲しいッス!死罪はイヤッス!どうか、どうか!自分にできることならなんでもしますから!」
「ん?いまなんでもって……いや、えっと、そうじゃなくて…」
猫娘は全く話を聞いてくれない。
「とにかく顔を上げてくれ。えっと~……名前、なんて言うんだ?」
「はっ、申し遅れて申し訳ないッス。自分はミケっす。サンカラの村の長をやってるッス」
ミケは伏した姿勢のまま答えた。
「ミケか。俺はヘータローだ。よろしくな」
「不束者ですが、よろしくお願いするッス」
求婚でもされたような挨拶だな、養うってそういうことなのか?
「じゃあミケ、とにかく顔をあげてくれ。そんな格好でいられると俺が困る」
「すんませんッス」
ミケは膝は揃えて畳んだまま、上体をあげる。この世界でも畏まる時は正座という文化でもあるのだろうか。
「それで、俺は召喚とやらに疎いからよくわかんないんだけど、人を召喚するってそんなに悪いことなのか?」
「そりゃそうッス。人身召喚は条約で禁止されてるッス。犯せば厳罰ッス」
「そうなのか。それで、なんでミケが俺を養うことになるんだ?」
「自分がヘータローさんを召喚したことがバレないように匿わせて欲しいッス。不自由は…させないとは言えないッスけど、精一杯尽くすッス。サンカラはいい村ッス」
つまりは俺を村から出さないようにして存在を隠匿したいという話なんだろう。で、精一杯尽くすからついてきて欲しいと。
同じように俺を召喚したアルナはこんなに深刻じゃなかったな、てかむしろ俺を召喚したことを喜んでたけど。でも確かにアリアは人の召喚はご法度とかここで消そうとか言ってた気はする。
別に今回は元の世界から異世界に召喚されたわけでもないし、俺としては全然気にしてないんだけど…。
「なぁ、俺の方は召喚されたこと全く気にしてないし、秘密にしたいなら誰にも言う気はないんだけど」
「それでもダメっす。召喚者と従魔の間には契約があるから召喚術師が見れば一発でバレるっす」
そういうもんなのか。と思ったがふと、あの時のアリアの発言を思い返す。
「それはミケが見てもわかるか?」
「そうッスね。契約された従魔ってのは召喚術師なら見ただけでわかるッス。あと、契約印が刻まれるので召喚術師じゃなくてもそれを見ればわかるッス」
「そうか。だったら一度ちゃんと俺を見てみろ。もしかしたら俺はミケと契約されてないかもしれないぞ」
あの時、アリアは俺のことを、召喚はされたが契約状態にはないと言っていた。もしかしたら今回もそうかもしれない。
「そんなわけないッス。だってヘータローさんは絶対に自分の術式から出てきたんスから………あれ」
ミケが俺をまじまじと見る。その顔は徐々に怪訝なものへと変わった。
「おかしいッス。ヘータローさん、ほんとに契約されてないッス」
「だろ」
「なんでなんスか。絶対に自分が召喚したと思ったんスけど」
「前にも同じ事があったんだ」
「えっ、ヘータローさん、他の人にも召喚されたことあるんスか?」
「あぁ、今日の話だ」
「今日!1日で2回も召喚されたんスか?人なのに」
「さっきので今日4度目だ」
「壮絶な人生ッスね…」
壮絶といえば壮絶だな、なんせ異世界転移してるからな。
アルナの態度からは全く感じなかったけど、この世界では人を召喚する事って相当重い罪なんだな。
もしかしたら契約が為されていれば相手を思うがままにできるのかもしれないな。そうなれば奴隷や人身売買、強制労働なんて話も容易に想像できる。
アルナもミケも悪い子には思えないし、口ぶりからして2人ともそもそも人を呼び出す事なんてできないようだったし、俺と召喚の契約が結ばれなかった事は幸いだったな。アルナはその事を残念がってたけようだけど。
そんな事を考えていると、茂みがガサガサと揺れる音が耳に入った。
目をやるとそこから10を超えるゴブリンが姿を見せた。
「いやおいマジかよ…」
「冗談きついッス。これ夢ッスか?」
ミケは青ざめている。俺はダメージを受けないからぶっちゃけ大丈夫だし、攻撃を受け続けながらでも時間をかければ撃退も可能だろう。
だけどミケを守れるかといえば、それは無理だ。さっきは囲まれていたとはいえ、7体でいっぱいいっぱいだったのだ。この数から守りきることは到底かなわない。
ここでの最善策は逃げることだろう。
「おい、逃げるぞ」
「あ、だめッス」
「は?なんで」
「足…痺れて…立てないッス」
今の今まで正座していたミケは、崩した足を震わせている。
「がんばれよ!」
「無理ッス…ジンジンして1ミリも動かせないッス…。というか痺れとか関係なしにもう自分、体動かないッス」
ミケは涙目で俺を見上げている。俺はこの状況を打破する方法を考えて頭をフル回転させるが何も思いつなくて焦っている。ミケはもしかしたら狼狽えている俺を見て、置いていかれるとでも思っているのかもしれない。
もちろんそんな事をするつもりはないが、だからといって助ける術もない。
「逃げるッス……」
「え?」
「ヘータローさんだけでも逃げるッス。ひとりならきっと逃げ切れるッス」
ミケの声は震えていた。これから死ぬという場面、恐いに決まっている。それでもミケは俺に1人で逃げるよう促してきた。
置いていかれるとか考えてるのかな、なんて勝手に思っていた自分が恥ずかしかった。
「いや、置いていけないだろ」
「1人だけでも助かるならその方がいいッス。自分は本当ならさっきゴブリンに囲まれた時点で終わってたッス。自然の摂理ッス。その時点で狩人失格ッス。せめてヘータローさんだけでも助かって欲しいッス。助けてくれて嬉しかったッス。感謝ッス」
ミケはそう言って涙ぐんだ目で俺に笑いかける。俺がこの場を立ち去るように、それに未練を感じないようにと精一杯の気遣いをしているんだろう。
だが俺は困る。どんな態度で見送られようがここでミケを置いていけば絶対に罪悪感を引きずり続ける。
「勝手に諦めてんじゃねーよ!ぜってーなんとかするからな!」
置いていくという選択肢は絶対にない。無駄な事だとしても悪あがきくらいしてみせる。
俺はそばにあった石を拾った。さっき投げたときみたいに勢いよく投げることができればゴブリンを間引く事ができる。もしかしたらゴブリン全員が俺に狙いを向けてくれるかもしれない。
そんな淡い期待も持ちつつ周囲を見回して石を探すが、林道って意外と手頃な石が落ちてないものである。手に収まる程の石を3つ集める。全然足りない。何か、何か投げるものはないのか。
そんな俺の都合をゴブリン共は待ってはくれない。ゴブリンは俺たちに向かって一斉に飛びかかってくる――
――そのときだった
何かが俺達の目の前に飛来し、その直撃を受けたゴブリンの群れは爆散した。
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