9話 壁尻

 これが今流行の尻壁か、って言ってる場合じゃないな。

 俺は壁に刺さったアルナを引っこ抜く。

 これ生きてるよな?大丈夫だよな?

 口元に耳を近づけて呼吸を確認する。大丈夫、生きてる、気を失っているだけのようだ。


「おい、起きろ」


 アルナの頬を軽く叩いて起こす。


「ん…あ、あれ?ヘータロー」

「あぁ、ヘータローだ」

「あたし、気を失っていた?」

「あぁ」

「あたし、ヘータローが急に消えたから、もう一度呼び出そうと思って……どうなったんだっけ…いててて、なんか頭痛い」

「そうか、俺が来た時にはもうお前は気を失っていた」


 嘘はいっていない。俺が最初に見た時には壁に刺さっていた。うん、間違いないな。特に他意はないが、俺は手に持っている棍棒の柄をズボンの後ろに差し、シャツを被せて隠した。他意は全くない。

 アルナの頭を確認するが外傷はないようだ。車で轢いた時も無傷だったし、頑丈だなこの子。


「それよりも俺、すぐにアンプランドゲートに行きたいんだ。さっき話してたゴブリンの」

「忌招門に?」

「あぁ、人の命がかかってるんだ。場所を教えてくれ」

「それならあたしも一緒に行くよ」

「頼む。なるべく急い――」


 一瞬、視界が光に支配される。


「―でくれ」


 あれ、ここは――


「うわぁ!また出たッス!?」


 声の主はさっきの猫娘だった。


「やっぱり自分の召喚術式から出てきたッス!」

「よかった、生きてたか。悪いな、急にいなくなって」


 彼女は最初に会った時から満身創痍だったが、先程よりさらに傷が増えていた。

 これで命を落としていたなんてことになったら後味悪いからな、踏ん張ってくれてて本当によかった。


「ほんとッスよ!矢も最後の1本になって、自分今度こそダメかと思ったッス!」

「あぁ、後は任せとけ」


 傷ついて潤んだ目をした猫耳の女の子ってちょっとそそるな。

 後は任せろなんて言った手前、ここは男の見せ所だ。

 残りのゴブリンは3体。

 俺はゴブリンに向かってなるべく身体を大きく見せるように胸を張って歩き出した。ゴブリンも俺に注目している。

 彼女を狙われると面倒だからな、これでいい。

 3匹のゴブリンが一斉に俺に飛びかかってくる。ゴブリンは知能が低いのか、馬鹿の一つ覚えで皆同じように飛びかかってくる。集団で一斉に攻撃する事が唯一の知恵なのだろう。

3方向から飛んでくる1メートル程の餓鬼共を、俺は真正面から受ける。

 広げた両腕に一足飛びの勢いを乗せて両端のゴブリンにラリアットをくらわす。首に腕を食い込ませて、そのまま腕を水平に振り抜く。

 ゴブリン2体は俺の腕に挟まれる形で頭をぶつけ合い動かなくなる。

 真ん中の1体には俺の頭突きが直撃している。迫る棍棒お構いなしにぶち砕き、ゴブリンの腹に頭がめり込み、小さな体をふき飛ばす。


「ギギギ…」


 俺の頭突きを受けた真ん中のゴブリンが唸り声をあげながら立ち上がる。棍棒がクッションになったせいで仕留めきれなかったようだ。

 ゴブリンはこちらに背を向けて駆け出す。

 逃げるつもりか。


「行かせるかよっ!」


 俺は背中に仕舞っておいた棍棒を手に取り、ゴブリンに向かって投げた。

 棍棒は手から離れた瞬間、厚手の布を叩いたような低く響く爆発音と共に円状の白煙を散らし、目にも留まらぬ勢いで飛んでいく。棍棒はゴブリンには命中せずに横を通り過ぎていくが、一瞬間おいてゴブリンは体に無数の裂傷を作りズタズタになる。

 ゴブリンだけじゃない。周囲の木々も鉈で乱雑に打ち刻まれたかのように傷を負い、林道には飛び散った枝葉が散乱した。


 なんだ今の……


 自分でやっておいてなんだが、自分で驚いた。物を投げることに自信なんてない。棍棒を投げつけたのもやぶれかぶれだった。しかし結果は、衝撃波だけでゴブリンを倒してしまう程の投擲だ。普通じゃありえない。

 全身を風に斬り刻まれたゴブリンは地面に伏し、黒い霧となって消えた。


「助かったぁ!もうダメかと思ったッス~」


 猫娘は命の危機を乗り越えた安心感からか、地面に前のめりに伏して完全に緩んだ顔をしている。お、耳だけじゃなくてちゃんと尻尾もあるのか。


「大丈夫か?」

「だめッス。動けないッス~」


 見る限りボロボロではあるけど命に関わるようなケガはないようだ。


「いやー、でも感動ッス。まさか自分が召喚術を使える日が来るなんて」

「そうなのか」

「自分、魔術士ッスからね。でもやっぱり召喚術師としては従魔の召喚って憧れるッス」

「へぇ~」

「それにしてもすごい風魔法だったッスね。あなたはなんの魔物なんスか?見た目すごい人間っぽいッスけど」

「ん?ぽいもなにも人間だけど?」

「え?」

「え?」


 相手は俺の答えに、俺はそれに対する反応に、互いが互いにおかしな事を言ったかのように微妙な空気が流れて顔を見合わせる。


「へ、へぇー…ニンゲンっていう魔物なんスね…」

「いや、魔物じゃなくて人だけど」

「えと……人って、人間ですか?」

「人間は人間だろう」

「そっか、そうッスよね。人間は人間ッスよね……そっかそっかぁ…………えええええええええええええええ!?」


 猫娘は驚愕の声を上げた。

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