5話 人身召喚

 俺に「あなたはM-1には出れない」と言い放ったアリア。

 それに噛み付いたのはアルナだった。


「どうしてなの!だって、せっかく召喚できたのに」

「確かにその男を召喚したのはアルナ、あなたよ。けれども今、その男は召喚状態にはないわ。あなたの元を離れて完全に顕現している。それにあなた、その男を表舞台に出せると思っているの?」


 アリアが地面に手をかざすと魔法陣が浮かび、そこから生えるように椅子とテーブルが現れた。テーブルの上には湯気立つティーカップと菓子が並んでいた。

 椅子に腰掛けたアリアは言葉を続ける。


 「あなたもわかっているでしょう。人身召喚はご法度。あなたはその男を召喚したことを公にするべきではないわ。この先の事を考えるならばすぐにでもそれを消す事をお勧めするわ」


 そういってこちらに目をやるアリア。もちろん、おもしろアイマスクのせいで表情を伺うことはできない。


「そういやそんな決まりもあったな。なんなら私が喰ってやろうか」


 そう言ってミルは歯を見せつけるように満面の笑みをこちらに向ける。その口元には尖った牙が見える。いや、八重歯か?

 なんだか物騒な方向に話が進んでいるが、どうなってしまうのだろうか。もし本当に俺を処分するような結論でまとまるようなら全力で逃げよう。俺の異世界人生、本当に碌なことがない。


「だめ~~っ!」


 俺をかばうように両手を広げて俺の前に立つアルナ。


「この人はあたしが召喚したんだから。あたしの召喚獣なの!あたしと一緒にM-1に出るの!」


 必死に訴えるアルナ。その態度にアリアは紅茶を口にしてひとつため息を漏らす。


「聞き分けのない子は嫌いよ。その男はここで処分するわ」

「いやっ!連れていくの!あたしが呼び出したんだから」

「だめよ、元の世界に還してらっしゃい」

「やだ!ちゃんと自分でお世話するから!」

「俺は犬かっ!」


 思わずツッコんでしまったが、完全にスルーされて話は続く。


「我儘が過ぎると痛い目を見るわよ。私はあまり気が長い方ではないの」

「知ってるの!それでもダメ!」


 脅しをかけるアリア、それに一歩も引かずに犬のような唸り声をあげて睨み返すアルナ。


「やれやれ、どうやら躾が必要なようね」


 アリアが椅子から下りてアルナと向き合う。アルナは額に汗して一歩後ずさるが、引く気はないようだ。


「まぁまぁ2人とも落ち着けって。アリアも、ちょっとくらい様子見てやってもいいじゃねぇか。契約状態にあるわけでもないんだし、とりあえずはバレやしねぇって」


 ミルが2人の間に割って入る。


「貴方は黙っていなさい。私はいま、アルナと話をしているの。そもそも貴方がちゃんとその男を処分できていれば面倒にはならなかったのよ」

「は?」

「見てたわよ。貴方、先程の攻撃でその男に傷一つ付けることができなかったじゃないの。そのまま消えてくれればと期待したのだけれど、貴方の攻撃があまりに貧相だったせいでとんだ期待はずれだったわ」

「誰が、貧相だって?」

「あら、聞こえていなかったのかしら。食べる事しか脳がない貧相なドラゴンは口以外が退化してしまうのかしら。今世紀最大の発見ね」


 そこまで言ったアリアが巨大な口に飲み込まれる。そこに現れていたのは巨大なドラゴンの頭。突如現れたそれはアリアのいた場所を地面ごとえぐり飲んでいた。見るとミルの片腕がドラゴンの頭へと変化していた。


「これだから喰うしか脳のないけだものは嫌いだわ」


 頭上から声がする。てっきり飲まれてしまったと思われたアリアは、いつの間にか空中へと逃れており、優雅にふわりと地面に舞い戻ってくる。


「私達の間での争いごとはご法度よ。そんな事も忘れたのかしら」

「喧嘩売ってきたのはどっちだよ」

「喧嘩?なんのことかしら。私はただ事実を述べただけのつもりなのだけれど」

「上等じゃねぇか!」


 激昂するミル。頭に変化した腕を再びアリアに向けて放つ。

 それをアリアは後ろに飛び退いて躱す。


「覚悟できてんだろうなぁ!」


 怒りに任せた言葉をぶつけるミル。その合間に一瞬、ちらりとこちらを見て、口元を緩めてウインクするのが見えた。


 ―あぁ、なるほど。


「アルナ、いくぞ」

「え?」


 俺はアルナの手を取ってその場から離れる。


「え、あ、ちょっと」

「いいから、とにかく今はこの場を離れるんだ」


 戸惑うアルナの腕を引っ張ってとにかく駆ける。大きな咆哮が聞こえて振り返ると、森の木々の背丈を優に超える巨大なドラゴンの後ろ姿が見えた。


 俺とアルナはそれを背に、獣道を抜けて林道をひたすらに走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る