2話 無敵の肉体とドラゴンと

 どれくらい走っただろう。5分くらいかもしれないし、10分以上かもしれない。

 とにかくひたすらに森の奥へ奥へと走った。

 全裸で大自然の中を走り回る事にちょっと開放感を感じていたのは内緒だ。

 ひとまずこれくらい離れれば大丈夫だろう。


「とはいっても……さて」


 どうしたものか。

 宛はない、希望もない、服もない。ただし、疲労感もない。

 やっぱり今の俺の体はおかしい。

 これだけ走って息一つ切れてないし、裸足で枝葉が擦れるのも構わず走ってきたのに傷ひとつない。

 餓鬼の攻撃を受けた時にもケガしなかった。

 これってやっぱりあれか?いわゆるチート能力ってやつ。

 異世界召喚のお約束。反則級の力が俺にも授けられたということか?。

 だけどどんな能力だ?ケガしないってことは、絶対に傷つかない無敵の肉体か?

 今のところの有力候補だ。まぁ試すために自分を傷つけてみようとかは思わないけど。


 とりあえず優先すべきは人のいるとこを見つける事。そしてそれまでに服を調達する事だな。全裸じゃ人を見かけても助けを乞えない。

 追い剥ぎにあったとか言えば通じるのか?この世界、ポピュラーに盗賊とかいるのかな?

 それよりもモンスターに遭遇する方を警戒したほうがいいかもな。


 俺は召喚された直後にぶっ飛ばしたモンスターを思い返す。

 見るからにゴブリンっぽかったな。やっぱり冒険の序盤に登場するモンスターといえばゴブリンとかスライムだな。まさかいきなりドラゴンが出てきたりはしないだろう。


 そんなことを考えていると、茂みの奥から何かの唸り声が聞こえた。

 お、早速ゴブリンのお出ましか?

 さっき楽勝で倒したし、もう1匹くらい倒しとくか。経験値とかの概念があるかはわからんけど、経験経験っと。

 肩を回しながら悠々と茂りを抜けた先に現れたのはゴブリン――ではなかった。


 うん、調子乗ってましたサーセン。


 そこにいたのは全長10メートルはあろうかというドラゴンだった。目の前にで見ると軽い山だな。


 ……よし、引き返そう。


 幸いにもドラゴンは就寝中のようだ。

 俺は忍び足で元来た方向へと戻っていく。

 頼む、起きるなよ。絶対起きるなよ~~~。



 パキッ



 枝を踏み折った音が静かな森に響く。

 全身が硬直する、心臓を掴まれた気分だ。

 ゆっくりと首を回して後ろを確認する。

 大丈夫だ、ドラゴンは目を覚ましていない。

 このまま音を立てずに退散できれば――


「見つけた~~~っ!!」


 もと来た方向から大きな声が聞こえた。

 大声の主は先程俺が轢いた少女だ。

 

 おい、バカ、やめろ!


 俺は立てた人差し指を口に当て、ジェスチャーで静かにするように促す。


「もう、探したよ~!」


 あちらからはまだドラゴンの姿が見えてないのだろう。

 少女は声をあげながらズンズンとこちらに向かってくる。押し退けられる枝葉のざわつく音が耳に入るたびに汗が吹き出す。


 だいたいなんで追ってきたんだ。全裸で野山を駆け回る変態野郎なんて関わらないに越したことないだろ。

 それともなにか?復讐か?賠償金か?倍返しか?自分の手でやり返さないと気がすまないバーサーカー思考なのか?


 そうこうしているうちに彼女は俺の元へ到達する。

 逃さないためか、目の前に来るなり俺の腕を掴む。もう片方の手は愚息を隠すのに使っているため、実質両手を封じられた状態だ。


「ばっか…静かにしろ…」


 俺は最大音量のささやき声で彼女に迫る。


「なんで?」

「いやだから静かにしろって…」


そういって目とあごを振って後ろを見るように示す。


「なにかあるの?」


 少女は俺の手は掴んだままに、茂りに顔を突っ込んだ。


「あー!ドラゴぐっ――」


 現物をみてより大きな声をあげた彼女を慌てて引き寄せて口を抑えた。


「ばっか、だから声出すなって、バレないように離れるぞ。絶対に音を立てるなよ。いいか、絶対だぞ。フリじゃないからな」


 念には念を入れて言いつけてから手を離し、先導するようにゆっくりと歩みを始める。


「あっ…」


 俺が数歩進んだところで彼女がひと声あげる。ちなみに彼女はまだ1歩も動いていない。


「どうした」


 問いかけるも、彼女は石化でもしたかのように硬直したまま動かない。


「おい…どうしたんだよ」


 一点を見つめたまま微動だにしない彼女。まさか本当に石化したんじゃないだろうな。

 と、彼女の顔を睨みつけていると、彼女の口がゆっくりと開き、鼻がヒクリと動いた。

 これってまさか……


「ぶぁえっくちゅいっ!!!」


 こいつやりやがった!

 可愛げの欠片もない盛大なくしゃみ。俺の顔は飛んできた液体でベトベトになる。

 続いて、大きな影が俺たち2人をすっぽりと覆う。当然、その影の主の心当たりはひとつしかないわけだが…。

 少女の後ろ、ドラゴンが丸太のように太い足でのそりと巨躯を持ち上げて、首を天に向けて咆哮を上げる。



 お父さん、お母さん、僕の異世界ライフは早くもゲームオーバーを迎えそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る