被召喚系芸人、異世界に立つ!

らくがき鳥

1話 ヘータロー、異世界に立つ(全裸)


 ―――どうしてこうなった。



 俺は運転していた車の横に立ち尽くしていた。

 視線の先には少女が倒れている。




 ※  ※  ※



 俺は苛立っていた。

 今はM-1の会場へ向かって高速道路を飛ばしている。

 俺はヘータローという名前で芸人活動をしており、『ザ・チーター』というお笑いトリオを組んでいる。

 といっても現在、車内にいるのは俺一人だが。

 昨日の夜、メンバーと喧嘩してから顔を合わせてない。

 俺の車で3人で会場入りする予定だったが、あいつら時間になっても来やがらなかった。

 まぁこういうことは初めてじゃないし、出番までには勝手に会場にくるだろう。

 舞台に穴を空けるような奴らじゃない、それについては信頼している。


 実をいうと、苛立っているのは昨夜の喧嘩だけが原因じゃない。

 俺は最近、ずっと苛立っていた。いや、焦燥にかられていた。


 ―今のままでいいのだろうか、と。


 夢を追うような仕事をしているやつなら誰だって抱える悩みだろう。

 正直言って今のトリオはうまくいっていないと思ってる。他の2人もたぶんそれは感じてるだろう。

 芸人になって4年、まだまだ若手の域だが、最近じゃ1年もしないうちにテレビに出てるやつだってたくさんいる。一発屋を狙ってるわけじゃないけど、自分らより芸歴の浅い奴らが次々に売れるのを見ていると焦る。

 自分は向いてないんじゃないだろうか、一生このままなんじゃないだろうか、ここらが潮時なんじゃないだろうか。

 好きでやっている事のはずなのに、こういう思考に陥ると何もかも嫌になる。


 はぁ…いっその事全部放り捨てて異世界にでも召喚されないかなぁ。


 そのときだった。

 突然、強烈な光に襲われて俺は視界を失った。

 そして次の瞬間―――



    ドフン!!



 混乱の最中、視界が戻るよりも先に、鈍い音と衝撃が車内に響いた。右足はとっくにブレーキを奥まで踏み込んでいる。

一間置いて、体温と思考が足の裏から流れ落ちていく。


 やっちまったか。いや…うん、やっちまったな。人生オワタ。いやでもワンチャン動物の可能性もあるかもしれない。そうだ、高速走ってたんだぞ。人なんているわけないじゃないか。それなら大丈夫かもしれない、かもしれない運転。


 呼吸することを思い出し、両手で顔をおおってゆっくり深く酸素を吸う。ふぅ……さて、覚悟なんてできてないけど、震える手でドアを開けて外に出る。



  ※  ※  ※



 そして今に至る。


 倒れている少女は微動だにせず、呼吸しているのかもわからない。


 そうだ、警察?救急車?早く連絡しないと。

 俺はポケットから携帯を取り出す。


 と、手に取った携帯が光を発する。画面の明かりではない、携帯全体が緑色に発光し、光の粒子となって森の風に誘われるように霧散した。


 ―――は?


 携帯が…消えた?

 空になった手を何度も確認していると、目の端に淡い緑の光を捉えた。 振り返ると、乗っていた車全体が緑色の光に包まれている。それは携帯と同じように光の粒となり、空へ昇るように跡形もなく消えた。

 そして次は、俺自身も携帯や車と同じように緑の光を放ちだす。


 あぁそうか。これは夢だ、夢だったんだ。轢かれた子供はいなかったんだ。さて、夢から覚めるか。

 安堵の気持ちを抱いて暖かい光に体を預ける。次に目を覚ました時はいつものベッドの上だ。いつもと同じ朝がやってくる。



 ――そう思っていた時期が僕にもありました。



 光が収まる。

 ゆっくりと目を開けると、変わらず林道の中に立っていた。全裸で。


 ……は?なにこれ?なんで服消えた?

 てか今気づいたけど、なんで森の中?どこだここ?

 高速道路を走ってたはずなのに舗装された道路など見当たらない。

 服、場所、事故、もうなにが問題なのかわからなくなってきた。もはや何に混乱すればいいかという事に混乱している。


 ふと、ある可能性が脳裏をよぎる。

 これってもしかして、異世界転生? いや、死んだ覚えはないから異世界召喚?

 まぁそこはどっちでもいい。異世界召喚だとして、こんなにも最悪なスタートがあるだろうか。森の奥地で全裸スタート、人身事故の前科付き。なんか思てたんとちゃう!


「んっ……」


 幼い喘ぎ声が聞こえた。少女を見ると少し体を動かしたのが見てとれた。

 生きてたのか!よかった、本当に良かった。ケガは、大丈夫なのか?

 駆け寄ろうと思ったが、それよりも先に彼女がのそりと上体を起こした。


 薄く桃色を反射させる少しくせっ毛な白髪。柔和な印象の金色の瞳。整っていながらもふっくらとした印象を感じさせる幼さの残る可愛いらしい顔立ちをしている。

 少女はじっと俺の方を見ていたが、その顔が徐々に引きつっていく。


「きゃああああああああああああああ!!!!」

「なんだ!どうした!」


 急に叫び声を上げる少女。何事かと俺は周囲を見渡す。しかし危険は感じられない。


「あっ……あっ…」


 彼女は何かに恐怖するかのようにわなわなと体を震わせながら恐る恐るといった態度で俺の方を指差した。

 後ろを指しているかと思ってすぐに振り向くが――なにもない。


 もしかして、俺を指差しているのか?

 俺の体に何かあるのだろうか。そう思って自分の体を確認する。

 しかしなにもなかった。そう、言葉通り、本当に何もなかった。男一匹裸一貫一糸まとわぬ大往生。


「だああああああああああああああああああ!!!!!!」

「きゃああああああああああああああ!!!!」


 そうだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!今の俺全裸だったぁぁぁぁぁぁ!!

 俺の雄叫びに驚いたのか、少女も再び叫びを上げる。


「まて!俺は怪しいやつじゃない!よく見てくれ!」


 自分が無防備であることを主張するため体を大きく広げて一歩にじり寄る。

 少女の顔がさらに恐怖に歪む。

 バカか俺は!これ以上何を見ろと言うんだ!落ち着け、俺が落ち着け!


「ギィヤアアアアアアアアア!!!!」


 今度はなんだ!

 背後から聞こえた別の奇声。少女のものと違って可愛げの欠片もない、鳥の首を絞めたような唸り声だ。鳥の首を絞めたことはないけど。

 振り向くと、棍棒を振り上げた緑色の子供が飛びかかってきていた。

 それは落下の威力に任せて躊躇なく、俺に向けて棍棒を振り下ろした。

 逃げ――間に合わない。


「ふんぬ!」


 咄嗟に頭の上で腕を交差に組んで棍棒を受け止めた。

 鈍い衝撃音と共に固い物が折れるのを感じた。ただし、折れたのは相手の持っていた棍棒だ。俺の腕は無事、というか痛みは全くない。

 目を開けると、緑色で小柄なやせ細った体をした鬼のような生き物が牙を向いて立っていた。人型だが明らかに人ではない。お腹だけがぽっこりと膨らんでおり、その姿を表現するに餓鬼という言葉が頭に浮かんだ。

 餓鬼は棍棒が折れたことに驚いている様子で、手持ちの武器を渋い顔で睨んでいる。

 俺は俺で自分の腕を確認していた。

 確かに衝撃はあったが、痛みを感じなくなるほど大きなダメージを受けたという感じでもない。信じられないが全くのノーダメージだ。


「ギギァア!」


 餓鬼は再び俺を殴るべく折れた棍棒を振りかぶっていた。


「こんのおおおお!!!」


 よくわからんがダメージはない!こうなりゃヤケだ!

 俺は腕を思い切り引いて、餓鬼に向かって全力で振りぬいた。

 餓鬼の攻撃よりも早く、俺の腕が餓鬼の顔面を捉える。

 とにかくがむしゃらだった。これまで喧嘩や暴力とは無縁な生活を送ってきた。親父にもぶたれたことはない。あぁいや、相方には日常的にツッコまれてるな。それは仕事なのでノーカウントで。


 俺に殴られた餓鬼は勢いよく、数メートルは吹っ飛び、動かなくなった。

 俺の拳には重い感触はあったがやはり痛みはない。

 地面に伏して動かなくなった餓鬼と自分の拳を何度か目を行き来させた。


 ―――俺がやったのか?


 信じられなかった。初めて何かを殴ったという事に震えた。


「あのっ!」


 少女が声をかけてきた。首と上半身だけをひねって振り向く。


「ケガはないか?」


 少女の体をつま先から頭まで一通り目を通す。見た感じではケガはなさそうだ。


「うん、だいじょうぶだよ」

「そうか、よかった」


 それを聞いて安心した。

 ならば俺がとれる行動はただひとつだ。この場を収める方法を俺は一つだけ知っている。ある一族に代々伝わる伝統的な発想法、それは…


 ―――逃げるんだよォ!


 俺は林道の脇、森の茂みに飛び込んだ。


「あ、待って!」


 少女が呼び止める声が聞こえた気がしたが、俺はこの状況を説明できるほど現状を理解してはいないし、言い訳して論破できるほど口も立たない。


 俺の異世界生活、最悪のスタートだ。

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