真相
帰宅した僕は、自ずと小学校の卒業アルバムを開いた。いままで、一度も開いたことのない、本棚の奥にひっそりと置かれたそれをなるべく僕の目に触れないようにしていた。当然、空の軌跡を映した写真は一枚もない。
事故のあと、皆の心から少しずつ空は消えていったのだ。
一ページ、一ページをゆっくりと捲っていく。
相模空。僕は今日、彼女が好きなことを再認識した。心に空いた穴はいつの間にか埋まっていた。
六年間の写真の数々を収めたアルバムは、次第に組別の生徒紹介に変わっていく。六年生は五組だった僕の写真を求めて、三組のページを開いた時。
『相模海』と名前が載った、空に瓜二つな女の子の写真が貼られていた。楽しそうに笑う顔には、仄かに影が差している。
僕の心臓が大きく脈動した。
今日はなにも耳に入ってこなかった。五限終了のチャイムが鳴ると、友人に素っ気ない挨拶をして、急ぎ足で学校を出た。
小屋まで続く路が永遠のように感じる。
怒りが腹の内より込み上げてくる。
もし自分の想像が本当なら、と恐怖が自分の足を重くした。
道を僕の足は確実に進んでいく。今日も小屋の家主は不在のようだった。今度は引き戸を閉めて、あの頃の変化を肌で感じた。
「今日も来てくれたんだね」
引き戸を開ける音ともに、空の声で彼女は僕を刺す。
「あぁ、来たよ、海ちゃん」
彼女の動揺が数歩の足音でわかった。それでも、きっと彼女笑っているだろう。どんな顔をして笑っているのだろうか。
こちらに近づく足音が止み、ため息が漏れた。
「もうばれちゃったんですか。結構自信あったんですけどね。空お姉ちゃんは、あなたにずっとわたしのこと黙っていましたし。……何でわかったんですか?」
僕は海へと振り返る。そこには空がいる。
卒業アルバム、と短く答えた。
「あーあ、なるほど。お姉ちゃんとの思い出を漁っていたわけですか。気持ち悪」
小悪魔のように笑う海。その顔は自信に満ち溢れていた。
「その傷はわざとつけたのかい?」
彼女の足へと視線を向ける。海もそれに合わせて、自分の足を見る。
「これですか? これはシールですよ。たかだかこんなことのためにわざわざキズなんてつけませんよ」
いまのメイク技術ってすごいんですよ、と彼女は自慢げに傷を剥がした。
「きみは!」
「私はお姉ちゃんのことが嫌いだったんですよ。一卵双生児ってほんと一緒で、四六時中同じ顔が目の前にあるですよ。気持ち悪くって悪くって、早くいなくならないかなって、思ってたんですけどね。おかげさまで私が手を下さずにいなくなってくれました」
一歩一歩僕に歩み寄りながら彼女は、不適に笑う。僕はなにも言葉にできなかった。
「でもね。まだ、お姉ちゃんがいることに気づいたんです」
すぐそばまで来た彼女は、僕の胸に人差し指を突きつけて、「あなたのなかに」と言った。
「たがら、私が空の代わりをしてあげますよ」
僕の心の中を見透かしたように彼女の瞳は僕を放さなかった。
「どこまで……どこまで知っているんだ」
「どこまで? すべてですよ。私は空を蹴落とすためならなんだってしますよ。なんだって。…………お姉ちゃんに会えて嬉しかったんですよね」
憎悪に満ちたその瞳が宿る想い人の顔を前に、僕は立ち尽くすことしかできなかった。
あの日のことを後悔してきた。いつしか償わなければならないと。
「僕は、僕は」
「……あなたのその贖罪、私が引き受けてあげますよ」
力なく崩れる僕を、海は静かに抱き締めた。
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