第一章3

 さて、ドラフト会議から数日過ぎ、収録の本番がやってきた。


 メインのストーリーはプレイヤー様が操作頂く『主人公』が所属する村がゲーム会社と協議して作成し、舞台となる村も、主人公を輩出した村となる。ヒロイン側の村が『現代の町並み』を作れない可能性もあるからだ。

 しかしながら、ヒロインたちの『個別イベント』及び『ヒロインルート』のストーリーは、それぞれのヒロインの所属する村が考える。

 ルピアのヒロインルートの台本はフィルスとマルクくんが作成した。

 このシステムで厄介なところは、他のヒロインがどういう手でやってくるかが本番まで分からないというところだ。

 イベントが被ってしまう可能性は、否定出来ない。


 俺とマルクくん、そしてフィルスの三人は、エンドール村の地下にある『司令室』に来ていた。

 遠くで頑張っているルピアを補佐するためだ。

 巨大なモニターの前にずらりと操作盤、コンソールがごちゃごちゃと並び、その横にサブのモニター。

 エンドール村は小さな村だが、設備はちゃんとしている。

 プレイヤー様の分身である主人公の語りが始まった。

 映画館のような大画面に、主人公目線の映像が流れ、サブのモニターには、ルピアの様子や、別の角度から主人公を追っている映像。


「プレイヤー様、家を出ました。幼馴染みと一緒です」


 マルクくんが報告するまでもなく見ていればわかることだが、プロローグが終わり、主人公が家を出た。

 ゲームが始まってしまうと、主人公役――主役に抜擢された人物は自分の意思で動くことは出来ない。

 主人公を通して、プレイヤー様はもうヒロインたちを見、ゲームの世界を堪能する。

 そして、俺たちは主人公を通して、プレイヤー様を見る。

 今、主人公を動かしているのは、ゲーム会社の人間。

 テストプレイヤー様が主人公を動かして、それを収録。パッケージングして世に送り出す。そうして、ゲームは作られている。

 収録の際、主人公のことを画面の向こうにいる顔も声も知らない『プレイヤー様』そのものとして対処するのが、この世界の常識だ。


 さあ、ここからはバトルロワイヤル。

 ヒロインたちが『プレイヤー様と出会わなければならない』のだ。

 その点、ストレートロングの清楚な幼馴染みを引いた六番は圧倒的リード。

 目覚めという典型的かつ王道な始まり方で、誰よりも速く、自然に『出会う』ことが出来る。さらに、一緒に登校するという手を使うことで、これから出会おうとしてくるヒロインたちを蹴散らすことが出来るのだ。

 だからこそ、『幼馴染み』を獲得したヒロインは朝起こしに来ることが多く、一緒に登校したがる。そういう展開が多いのは、当然と言えよう。

 さて、ルピアは今、塀の影に隠れている。

 プレイヤー様たちが学校へ行くための通学路。

 モニターには、学校までの地図が表示され、赤い点(プレイヤー様)がどこをどう進むのかがわかるようになっている。

 ここでプレイヤー様と出会うために、ヒロインたちは少々強引な手を使う。


「目標まで……三……二……一……」


 マルクくんのカウントダウンが始まる。

 赤い点が――ルピアの隠れている塀の側、十字路に差し掛かる。


「よし! 行け! ルピアっ!」


 俺の指示に従い、ルピアは飛び出した。

 すると――スクーターに轢かれた。

 くるくると回転し、宙を舞うルピア。


「だ、大丈夫! ルピアっ!」


 思わず、フィルスが安否を気遣う。

 本当は、プレイヤー様とぶつかるはずだった。たまさか、プレイヤー様と交差点で衝突し、あとで転校生として再会することで『運命的な出会い』を演出するつもりだった。

 だが――

 ルピアはアスファルトに横たわり、動かない。


「あのスクーターは何者だ!」


 俺は思わず声を荒らげて、マルクくんに問いかけた。


「恐らく、ヒロインの一人です!」


 ヒロインとヒロイン。つまり村と村は、事前の打ち合わせを行っていない。

 誰がいつ、どういうイベントを起こそうと画策しているかは、分からないのだ。


「ちょっと、大丈夫?」


 スクーターから降りた女性は、ヘルメットを外しながらルピアに声を掛けた。

 その顔は――いや、その頭は――たっぷりとしたリーゼントだった。

 テーブル番号一番。いやらしい保健医とリーゼントを獲得してしまった、不運なヒロインだ。


「わざとですかね?」


 マルクくんが嫌悪感を示す。いつも優しいマルクくんのこんな顔、初めて見たな。


「確かに、わざとだったら最低だけど、多分そうじゃない。彼女も同じタイミングで、プレイヤー様とお知り合いになりたかったんだ」


「なるほど、スクーターでぶつかろうとした間に、ルピアが割って入っちゃったんだね」


 フィルスの言葉に、俺はこくりと頷いた。

 恐らく、スクーターで轢くつもりだったのは、プレイヤー様だ。

 設定と髪型から、奇抜かつ衝撃的な出会いで、一気に印象付けなければならないと考えた結果だろう。

 思いっきりぶつけられたように見えるが、ちゃんとそこは、ぶつかっても怪我をしないようリハーサルや検証を行った上での行動だ。

 ルピアは横たわってはいるが、それほどの怪我はしていないはず。


「ルピア……聞いた? わざとじゃないと思うから、キレちゃダメだからね? 絶対にキレちゃダメだからね!」


 スクーターに轢かれ、くるくると二回転してからアスファルトに叩きつけられたルピアは、すっくと立ち上がり、満面の笑みを浮かべている。


「……キレてますね」


 マルクくんが頭を抱えた。


「そうなの?」


「うん。ルピアは普段笑わない子だけど、マジで人を殺したい時、笑顔になるのよ」


 あちゃーと頭を抱えるフィルス。

 ……俺見たことある! あのときのあれか! 殺したいほど俺を憎んでたのかよ!


「ルピア! 今はプレイヤー様を出会うことが第一だ! 仕事を忘れるな!」


 俺はルピアの、どの感情に訴えればいいのか悩んでいた。

 そしてルピアは――拳を握りしめ、プレイヤー様にアッパーカットを食らわせた。

 で、ででで出会いおったーっ! 強引に出会いおったーっ!


「何やってんの! ルピア!」


 フィルスの叫びが届いているのかいないのか。


「あんたね! 私を轢いたの!」


 ずさあ……と倒れ込んだプレイヤー様に、ルピアが吐き捨てるように言う。

 いや、さすがにそれはおかしいだろ。

 と、リーゼントもストレートロングの幼馴染みも、俺たちと同じようにモニター越しに事の顛末を見ている村の人間たちも思っているだろう。

 言葉も出ないようで、立ち竦んでいた。

 完全に決まったアッパーカット。だが、プレイヤー様にダメージはない。

 ちゃんと、手加減をする理性は残っているようだ。


「ひ、人違いだ……」


 鼻を押さえながら、プレイヤー様が指をさす。

 その先にいるのは――ルピアを轢いた張本人。


「じゃあお前もどーんっ!」


 飛び上がるように繰り出されたアッパー。それは、タイガーアッパーカットと呼ばれる三日月のように身体を捻らせたアッパーだった。


「…………大丈夫ですかね?」


 マルクくんは、不安そうに言った。


「…………大丈夫じゃ、なさそうだな」


 俺にはもう、何もアドバイスは出来なかった。

 プレイヤー様は、暴力的なヒロインをお嫌いになられる傾向にある。

 やっちまったな。ルピアの奴。


「なんか臭う! 大丈夫? ちょっとあなた! 『なんか臭う』になんてことすんのよ!」


 幼馴染みがぷんぷんと怒りながら、ルピアに近づいていった。


「せいっ!」


 それは、三発目のアッパーカットだった。

「ぐふう」と声を上げ、ずさーっとアスファルトを滑る。


「あんた! 名を名乗りなさい!」


 ルピアはびしっとプレイヤー様を指さした。


「俺は『高橋 なんか臭う』だ」


 ………………何故だろう。何故俺の出会うプレイヤー様は、主人公にヒドい名前を付けるんだろう。

 九九%のプレイヤー様が普通のお名前をご入力なさるはずなのに、残り一%の『変な名前でプレイされる方』に当たる。


「なんか臭う……覚えてくわ」


 ルピアはぷいっと顔を背けて去って行った。

  


 ルピアの暴走とも言える暴挙の効果は見る見る出てきた。

 この『時々どきどきシスターズ』は、母親を事故で失った高校三年生のごく普通の少年が、後輩である各ヒロインと恋を育んでいくのだが、父親が最も好感度の高いヒロインの母と再婚し、二人は兄妹になってしまう。という内容だ。

 全ヒロインを同時に攻略する、いわゆる『ハーレムルート』は存在せず、選んだヒロインと後半イベントをずっと共に過ごすことになる。

 詰まるところ、中盤の段階で選ばれなかったヒロインは、このゲーム中、ずっと暇な訳で。

 プレイヤー様は暴力を振るう女子が嫌いな訳で。

 初対面でアッパーカットをぶちかましたヒロインはルピアだけな訳で。


「来ませんねー」


 マルクくんは寂しげに呟いた。


「ほうねー」


 フィルスはお弁当を食べながら同意した。

 いつ、どのタイミングでプレイヤー様と接触するか分からない。恋愛ゲームの収録は、張り込みの刑事ぐらい根気のいる作業だ。

 ドラフトの時に割り当てられたテリトリーで、ただただプレイヤー様を待つだけ。

 飯を食いに行く暇なんてない。

 ルピアは校舎の屋上の冷たい床に座り込んで、ただじっと待っていた。

 現場の人間は、さらに過酷だ。

 水すら飲めない状態、トイレにもいけない状態が続く。

『攻略』されたヒロインは、すぐに帰れる。

 別の日に収録すればいいじゃないかと思うだろう?

 俺もそう思ってた頃があった。

 でも、それをしてしまうと、実際にプレイヤー様がお遊び頂くときに、挙動がおかしくなったりするんだ。

 まあ、それを『バグ』として楽しんで頂けるようなプレイヤー様もいらっしゃるが、今の時代では、がっかりしかしてくれない。


 プレイヤー様に実際に操作して頂いた状態での、ぶっつけ本番一発撮り。


 配給元であるゲーム会社の誰かが、テストプレイヤー様として、今収録に参加している。

 別撮りしてつなぎ合わせるような手法を、今でもやっているゲームはあるみたいだが、やはりそれらは不具合やバグが多い。

 そして、バグが多いゲームは、どれだけ時間を掛けて必死に作ったゲームでも、あっさりすぐに辞められてしまう。

 一発撮りは最良の方法ではない。むしろ最低な部類だろう。

 だが、『バグのないちゃんとしたゲーム』を作るにあたり、それ以上の方法がない。

 プレイヤー様たちが民主主義や資本主義を選ばざるを得ないように、俺たちも今はこの方法を取るしかないのさ。


「ねえ、今なんか臭う奴どこにいんの?」


 待ちきれないのか、ルピアがぼそりと呟いた。


「幼馴染みのところですね」


「ふーん」マルクくんの回答に、興味なさげに返す。

 ルピアは、ずっと待つしかなかった。

 出会い頭のアッパーカットがあまりに綺麗に入ったせいか、ルピアの攻略は後回し。

 いつまでも、収録が終わらないんだ。

 ただただずっと、屋上で待ち続けなければならない。

 テストプレイヤー様は全てのイベントを収録しなきゃいけない訳だから、永遠にって訳でもないが、待ちきれなくなって辞退してしまうこともある。

 そうなると、ヒロインルートは消失。

『ヒロインだと思ったのに攻略出来ないのかよ』

 そんな評価を受けるとゲーム全体、参加した村全体に迷惑が掛かる。

 俺たち弱小の村がそんな強気なことは出来ないんだ。

 ルピアには悪いが、耐えて貰わないとな。


「どうします?」


 マルクくんが不安そうに言う。

 彼はこう言いたいんだろう。

 差し入れでもしにいくか? と。


「じゃあ、俺が弁当差し入れしてくるよ」


「え? わざわざ持っていきます?」


「まあ、どうせプレイヤー様来ないだろうし、やることもないからな」


「そう? 私行こうか?」


 箸でハンバーグを掴みつつ、フィルスが言う。


「飯の途中の奴には頼めないよ。向こうの村の様子も見てみたいし」


 プレイヤー様と鉢合わせすると色々マズイ。ご飯を食べているシーンはすでに撮ってしまっている。

 だから、ルピアはこそこそと食事をしなければならない。

 だが、まだまだルピアの出番は来そうもない。

 行くなら、今のうち。決断するなら、早い方がいい。


「じゃあ、行ってくる。マルクくん、先方へ連絡をお願い」


 俺はサンドイッチセットの弁当箱を持って、司令室を出た。

 何も言わず、マルクくんとフィルスが手を振って見送ってくれた。

 さて、ルピアのところへ行くには、まず一回村を出なくてはならない。

 エレベーターで上がって、さらに隠し通路から井戸の中へ。ハシゴをよじ登って、村へ出る。

 さらに村の外へと向かい、フィールドの草原を歩いて行く。

 プレイヤー様が絶対に越えられないように設定された柵を越えた先にある『転送装置』。これで、座標を設定すれば、一瞬で他の村へテレポート出来る。

 青い光に包まれ、瞬き一つした瞬間――俺は丘の上にいた。


 自然溢れる、緑の丘。

 眼下には、近代的な建物が見える。

 そう、今回の舞台だ。まるで、『ホーム』に帰ってきたかと思うような、既視感溢れる風景だが、俺のカードで『ホーム』へ行くなら、自動販売機の前に出るはずだ。

 ここは、全く知らない別世界。

 マルクくんが話を通してくれていたので、迎えが来ていた。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか。可愛らしい女性だ。

 人の良さそうなお姉さんに連れられて、『村』へ。まあ、村と言っても、最早『都市』って規模だけどな。

 学校へと向かうと、お姉さんは仕事を終えて去って行った。

 案内、ご苦労様ですとお辞儀をして、俺は屋上へと上がっていく。

 途中、プレイヤー様との出会いを狙っているヒロインがいたりしたが、話しかけずに上へ。

 他の村も、色々大変なんだろうな。

 屋上の重い戸を開くと、風がぶわっと入ってくる。

 まばゆい光が差し込み、一瞬視界を奪われ、思わず目を閉じる。

 目を開けると、そこにはルピアがいた。髪をポニーテールにまとめ、セーラー服を着て、むすっとした表情。腕を組んだ仁王立ちだ。


「遅いっ!」


 第一声から、罵声だった。


「悪い悪い」


 俺は弁明もしなかった。ここで張り合っても、時間の無駄だ。

 それに、ルピアは今ストレスでいっぱいだからな。


「はいよ。もう少し頑張れ」


 俺に出来るのは、こんなちっぽけな励ましの言葉をかけるぐらいだ。

 弁当箱を渡し、踵を返して村へ帰ろうとしたんだが――


「食べるまで、待ってなさいよね」


「はあ?」


『マナトさん、弁当箱をプレイヤー様に見られる訳にはいかないんです!』


 マルクくんが説明してくれた。ルピアがさっさと食べて、俺が回収しなければならないってことだ。

「分かったよ」と呟いて、俺は屋上の扉を閉めた。

 屋上には、風があった。

 風は、わざわざ魔法で巻き起こしている。

 基本的には無風状態を保つのだが、演出として必要なんだ。

 髪が風に靡く画は、見栄えがいいからな。


「…………なあ、ルピア。なんでお前やフィルスって、あんな小さな村にいるんだ? お前らだったら、ここみたいな大きい村にもいけるだろうよ」


 黙々とルピアが飯を食うところを見ているのもなんだし、俺は予てからの疑問をぶつけてみた。


「あたしは……フィルスが残って欲しいって言ったから……かな」


「それだけ?」


「そう、それだけ。先代が村を出て行く時にね。エンドール村は解散するつもりだったのよ。でも、フィルスはそれを嫌がってさ。……で、フィルスが一緒に残って欲しいって言ったのよ。あたしも、最初は先代に付いていくつもりだったんだけど」


 先代……つまり、あのエンドール村には、元々他の村長がいたんだろう。

 それが、ヘッドハンティングにあったか、村の運営に限界を感じたかで出て行ってしまった。

 残ったメンバーが、たったあれだけだったってことか。


「でも、先代は言ってくれなかったんだ。『ルピアが必要だ。一緒に来てくれ』ってね」


 まあ、きっと俺でも『お前のしたいようにしろ』って言うだろうな。

 はむはむ――とサンドイッチを頬張るルピア。ちなみに、具は卵とハムだ。


「あのとき、もし……もっと強引に、もっとワガママに言ってくれてたら……あたしが必要だって一言でも言ってくれたなら……あたしは村に残らなかったかなぁ」


 なんだか、フランが言っていたことを思い出した。

 俺がもっと食い下がっていれば、村を解雇されずに済んだかもしれないというあの話を。


「ねえ、あんたはどう思う? あんたは……あたしが必要?」


 俺は、答えられなかった。ああ、当然だ。なんて声を掛けられるほど、俺はルピアを知らない。


「……エンドール村には、お前は必要だな」


 これが、精一杯の言葉だった。


「えへへ、知ってるー」


 ルピアは嬉しそうに笑った。

 笑顔は可愛かったが、どこか憎たらしい返しだった。


『マナトさん! 隠れて下さい』


 急に、マルクくんの慌てた声が耳元で響いた。

 よく聞き取るために、イアモニを付けた耳を手で覆う。


「どうかしたか?」


『プレイヤー様が、屋上へお越しにっ! 一〇秒前……九……八……』


「急にっ! くそっ! ホント、プレイヤー様ってのは気まぐれでらっしゃるぜ!」


 俺は慌てて広げたばかりの弁当を閉じる。


「あたしがまだ食ってる途中でしょうがっ!」


 何故か、ルピアが俺の手を取った。


「イベント終わってから食え!」


「イベントいつ終わるかわかんないじゃん! 五秒で食べるからっ! 気になってイベントに集中出来ないから!」


 弁当箱を引っ張り合う。

 ぐぅ~とルピアのお腹が鳴る。


「いやもうすでに残り五秒過ぎてるから! 諦めろっ!」


 ずっと引っ張ってても埒が明かない。

 ここは、逆に一回押して、力の方向、重心を狂わせてから一気にまた引こう。

 急に押し込まれると、体にぶつかるんじゃないかと思って力を弱めるか、あるいは押し戻そうとするだろう。その一瞬でまた引けば、奪い取れるはずだ。


「……分かったわよ」


 ぷうっと頬を膨らませて、手を離すルピア。

 俺は前のめりに倒れた。

 てっきり、ルピアは頑なに弁当箱を引っ張り続けると思っていたからだ。

『一回押し作戦』を決行してしまっていたために、俺はぱっと手を離されたルピアに覆い被さるような形で倒れたのだ。

 二等辺三角形のパンが、中身をぶちまけながら宙を舞う。

 手には、ふにっと柔らかな感触。

 セーラー服の上から、俺の手はその絶望的な貧乳を包むように置かれていた。


「平家の方でも……柔らかいんだな」


 それは、俺に出来る精一杯の褒め言葉だった。


「……よし、殺す」


 ルピアはにっこりと微笑んで、俺にパンチを繰り出そうとしたが――


「あっ! ちょっ……ここで、何をしてんだ?」


「え?」


 声を掛けられ、俺とルピアは同時に顔を向けた。

 そこにいたのは――プレイヤー様だ。

 俺は、全身がざわざわと粟立つのを感じた。

 やばい。

 一番最悪な瞬間を、見られてしまった。

 プレイヤー様以外の男が、ヒロインの肌に触れることなど、あってはならない。

 アニメや漫画ならまだしも、このゲームの世界では、絶対にやってはいけない御法度中の御法度なのだ。

 ましてやそれが、どれだけ貧相だろうが、おっぱいだったなら――


「ご、ごめん。邪魔だったようだな」


 プレイヤー様はくるりと踵を返し、扉を閉める。

 やばい。まずい。剣呑だ。

 あの目は、完全に『引いて』いるっ!

 主人公役の少年も、プレイヤー様も絶対に引いているっ!


「「ちょまーっ!」」


 俺とルピアは同時に叫んだ。

 せっかく、やっと来て下さったと言うのに。


「ルピア! 追いかけろっ!」


「分かってるわよ! そんなこと!」


 俺を押しのけて、ルピアは走る。


「ルピア。俺は兄という設定にしよう! あれは、ただの事故だったと説明するんだ!」


 俺はイヤモニを通して、ルピアに指示を送る。


「……それだけじゃ、足りないわっ!」


 閉められた扉を思いっきり開けて、校舎内へと飛び込む。


「足りない?」


「これは、あたしのせい。だから……あたしがなんとかするっ! 最後の手段よっ!」


 階段を跳ぶように降りていくルピア。

 だが、それ以上に、プレイヤー様も全力で逃げる。


「お前まさかっ! ラッキースケベを起こす気かっ!」


 俺はルピアの後を追い、階段に身を乗り出して走る二人を見下ろした。


「それしかないでしょ!」


 今、プレイヤー様は『損』をなさっている。

 プレイヤー様に、まだお触り頂いていないのに、ただの名前もないモブキャラの俺が、先んじておっぱいを触ったのだ。

 それを帳消しにするには、それ以上のラッキースケベを起こすしかない。

 プレイヤー様がこの世界で最も『得をした人間』でなければ、こういう類いのゲームは成立しないのだ。


『ちょっと待って下さい!』


 マルクくんが慌てて話に入ってきた。


「どうかしたか?」


『プレイヤー様に、今起こった出来事以上のラッキースケベをご体験頂くことには賛成です。ですが――このゲームは! 『全年齢』なんですっ!』


 マルクくんの言葉に、俺は目を丸くした。


「なっ! ルピア聞いたか!」


「つまりどういうこと?」


「いいかルピア! おっぱいを触られる以上のラッキースケベを起こさなければ、俺たちに明日はない。だが、全年齢というレーティングの前では――パンチラすら許されないってことなんだっ!」


「見せパンだから大丈夫」


「大丈夫じゃねえよ! いいか! 絶対にパンツは見せるな! レーティングは絶対死守するんだっ!」


「はいはい。あたしを誰だと思ってるわけ? やってやるわよ! 完璧にっ!」


 ルピアは軽い返事を返し、意気揚々と階段を降りていく。

 俺は心配になって、階段から覗き込むようにして様子を覗っていた。

 どどどどどど……

 逃げる、プレイヤー様。追う、ルピア。

 徐々に距離は縮まっていく。


「ちょっとあんた待ちなさいよっ! あれは、あいつはただの、あたしのお兄ちゃんなんだから! 変な誤解しないでよね!」


 不可抗力をアピールするルピア。その声は、屋上にまで轟いていた。

 必死の呼びかけに、プレイヤー様は立ち止まる。

 今だっ! 行けっ! 行っちまえルピアっ!


「うわったあっ!」


 ルピアは絶妙な足の踏み外しで、階段から転げ落ちた。

 そして――くるりと前転を披露してプレイヤー様の顔面に、ヒップアタック。

 二人は踊り場へ躍り出て、ゴロゴロと転がったあと――


「いったたたたた……」


 ルピアは……完全にパンツ丸出しになってしまっていた。

 しかも、ルピアは履いていたと勘違いしていたのか、見せパンではなかった。

 そのパンツは、お尻のところにゴジラがプリントされた、『可愛らしい』に『?』マークが付くような、パンツ。

 キャラプリントのパンツを出すには、原作サイドや制作サイドに許可が必要となる。

 やってはいけないことの数え役満。

 不可抗力とはいえ、ルピアはこれ以上ないほどの失態を犯してしまった。

 ………………こうして、ルピアはヒロインから下ろされた。

 驕る平家は久しからず。

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ゲーム・プレイング・ロールver.1 村娘。をヒロインにプロデュース 角川スニーカー文庫 @sneaker

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