第一章2
設定ドラフト。
それは、恋愛シミュレーションに於いて、最も重要な『準備』だ。
恋愛シミュレーションとは、簡単に言うと、複数の女の子『ヒロイン』たちの中から、プレイヤー様に選ばれたシンデレラが輝く、愛の物語。
今回はヒロイン七人。
プレイヤー様はこの中から一人を選ぶ。
選ぶのだが、恋愛シミュレーションには『それぞれの設定が被ってはいけない』という暗黙のルールがある。
そこで――
髪型、性格(言葉遣い)、仕事(部活動)などそれぞれを振り分ける必要がある。
全員がメインヒロインであるギャルゲーでは、公平にドラフトで決められるのだ。
この選択会議が行われなければ、きっとみんな、同じような髪型で同じような設定になるだろう。
現に、一〇人以上『妹』という設定が被ってしまっているゲームも存在する。
俺たちは、このゲーム企画を主催する村へと出掛けた。
一〇〇畳はあろうかという広い部屋。薄明かりのシャンデリアと赤い絨毯に、広い舞台。
まるで、ホテルのパーティ会場のような場所へ案内され、『5』の札が立ててある丸いテーブルを囲むようにして各々座る。
大きな丸いテーブルは七つ用意されており、オーディションを勝ち抜いた村の代表者たちが座っている。――ちなみに、料理はバイキング形式だった。
それぞれが適当に飯を取り、他の村とは大した交流もなく、そのときが来るのを待つ。
初対面の知らない者ばかりなのだから、当然と言えよう。
ちらりと横のテーブルを見ると……
あっ! 知ってる! この人たち、知ってるわっ!
そこにいたのは、俺がこの仕事を始めた頃――一番最初に雇って貰えた村の面々だった。
一週間の研修を行ったが、その最終日に故意ではないがセクハラをしてしまい、クビにされた村。
一度辞めてしまった村の人間と顔を合わせたくなかった俺は、一人こそこそとルピアの陰に隠れる。
「何やってんの?」
ルピアがじとっとした目で俺を見下ろす。
「……ちょっと、お腹が痛くてね」
腹を押さえながら、思いっきり猫背になる。
「ふーん」
ごす。
ルピアが足を踏んだので、俺はあまりの痛さに立ち上がった。
すぐに座ったが、結果、目立ってしまった。
「何すんじゃコラー」
「ほら、足の痛みに集中して、お腹の痛みが治ったでしょ?」
「そんなショック療法はねえよ!」
こいつ……仮病だって気付いてやがったな。
足の痛みよりも、目立ってしまった恥ずかしさ、そして――隣の席にいる昔の仕事仲間に、顔を見られてしまったことの後ろめたさが勝っていた。
村長さんと目が合うと――「どうも」とでも言いたげに、会釈をする。
………………俺のこと、覚えていないのか。
たった一週間だった。一週間しか一緒に仕事をしていないんだ。
……忘れていて、当然だよな。
俺だって、ぱっと見ただけでは気付かなかったし、知った顔が複数いたから、気付けたようなモノだ。
……だけど、なんだか寂しい気分になった。
ほどなくして司会者らしきタキシードを着込んだ老紳士が舞台袖の扉を開けて現れ、誰にともなく一礼すると、マイクを手にして舞台に上がった。
続いて、何やらくじ引きボックスの乗った台が運ばれてくる。
「ではこれより! 設定ドラフトに参ります! まずは――『髪型』!」
そして、設定ドラフトは唐突に始まった。
髪型はかなり重要だ。
これでもし、えげつないのやヒドいのに当たると、ホームページに載せて貰えない。
宣伝なくしてゲームは売れない。
宣伝してもらえないキャラなど、いる意味がないのだ。
「ストレートロング、ショートボブ、ツインテール、ポニーテール」
まあ、どれも無難な内容だな。これだったらどれになっても――
「蘭姉ちゃんの角ドリル、お蝶婦人の縦ロール、たわわに実ったリーゼント」
なん……だと……
マズい! 後半三つはかなりヤバい! いや、最後のが飛び級でヤバい!
「どれにする?」
設定ドラフト制度は、今提示されたモノの中から一つ選び、それを紙に書いて提出。
他のところと被っていなければ、選択したモノが獲得出来、もし被ってしまえば抽選となる。
抽選で敗れた者たちが第二指名をして、また被れば抽選という感じに進めていく。
この中で最も優れた髪型は『ストレートロング』だ。メインヒロインの中でもセンターを張れるのは、大体このストレートロング。角ドリルもストレートロングみたいなモノだが、角が目立ちすぎる。
次点でツインテールだろう。
うちのルピアはツンデレだから、ツインテールが一番妥当。ポニーテールも捨てがたいが、他のヒロインが狙ってくる可能性もある。
ショートボブは個人的に大好物だが、いかんせん、ショートカットのヒロインはあまり人気が出ない。
縦ロール、リーゼントは論外だ。
「どうします?」
マルクくんが聞いてくる。
「んー、やっぱりツインテールかな」
「まあ、異議ないわ」
当の本人も納得なので投票用紙にツインテールと書き込んで、提出。
同じように、各テーブルから代表者が提出する。
「それでは参ります。一番、ストレートロング」
テーブル番号で呼ばれていく。俺たちのテーブルは――五番だな。
「二番、ストレートロング。三番、ストレートロング」
まあ、順当だな。このままツインテールが被らなければいいが。
「四番――ツインテール。五番、ツインテール」
あああああああ! 被ったあああああ!
俺たちと四番テーブル――俺が最初にいた村の面々は悔しげに頭を抱えた。
「六番、ストレートロング。七番…………角ドリルっ!」
俺たちは、いや、会場にいる全員が七番テーブルに目をやった。
驚いた。どよめきが起こる。
まさかの、角ドリル。
「やられたな」
「え? どういうこと?」
俺の言葉に、フィルスが聞き返す。
「あいつらは、縦ロールとリーゼント以外なら何でもいいと考えて、あえて角ドリルを取りにいったんだ」
「一巡目では被らないという判断ですね」
マルクくんはメモを取っていた。どのテーブルが、何を獲得したのかを。
「狙いすぎて被ったら、目も当てられないけどな」
「続いて抽選に参ります。一番、二番、三番、六番の代表者の方、前へ」
被ったストレートロング。これからくじを引いて、一人が獲得する。
当たりを引いたのは、六番。
「四番、五番の代表者の方、前へ」
呼ばれて、俺が壇上へ。
「あっ」
四番テーブルの代表者は、俺の顔を間近で見て、つい声を上げてしまった。
俺と同じぐらいの身長で、長い髪を大きなリボンで束ねてる少女だった。
この優しい印象の顔つきは、忘れない。
「……久しぶり。フラン」
彼女の名前は、フラン。
右も左もわからなかった俺を、親切に手取り足取り教えてくれた、一番最初の師匠とも言える存在。
まあ、一週間だけだったが、彼女には多くを学んだ。
「そっか。まだ……イベントプランナー続けてたんだ」
と、フランは笑顔を見せた。
「なんとか……しぶとく、やってるよ。あれからいくつもの村を転々としたけどね」
「ねえ……あのとき……」
あのとき……俺は、このフランにセクハラをしてしまった。
たまたま、間違えて女子更衣室に入ってしまい、たまたま、俺のロッカーだと思って開けたところに脱ぎたての服が畳んで置いてあり、たまたまその中から下着を手にしたところに、たまたまフランがやってきて、たまたま誤解を解こうと詰め寄ったら、たまたま押し倒してしまい、それをたまたま他の人間に見られてしまった。
そして、即解雇という運びだ。
「マナト……あなたはあのとき、どうして解雇を受け入れちゃったの?」
「え?」
「あなたが……もう一度チャンスをくれと言ったなら。『もっとこの村で頑張りたい』と意思を示していたら……きっと解雇されずに済んだと思う」
「……はあ」
俺は、気のない返事しか返せなかった。
解雇と言われれば、受け入れるしか無いと思っていた。そこで食い下がっても、意味がないと。
今更、そんなことを言われてもな。
「あの、抽選をお願いします」
と司会者に急かされたので、会話もそこまでで、俺はモヤモヤした気持ちのまま段ボールか何かの、手作り感満載くじボックスから一枚の紙を取り出す。
赤色で○が描かれた紙が、当たりだ。
四番テーブルの代表者、フランもくじを引いて、同時に開く。
…………俺のは、白紙。
ガッツポーズを取る権利は、四番テーブルの面々だった。
「残念だったね。……マナト……私は、今でも……ううん。――頑張ってね」
「フランも」
俺は、掛ける言葉が見つからなかった。
肩を落としてテーブルに戻ると――
「何やってんだコラ! このゴミがっ!」
当然の如き罵倒。でも、確率はフィフティフィフティだし、こればっかりはどうしようもないだろうよ。
「次、どうします?」
マルクくんが聞く。ショートボブかポニーテールか。それともあえての縦ロールか。
「狙いにいくしかないな。ポニーテールを」
俺の意見に、異論は出なかった。
そして二巡目。ここでまさかの――
「第二指名に参ります。一番、ポニーテール。二番、ポニーテール。三番、ポニーテール、五番、ポニーテール」
全員ポニーテール狙い。
そりゃあ、そうなるな。全テーブルが、狙いに行くしかないな。ポニーテールを。
「抽選に参ります。代表者の方々、前へ」
「ここは、誰がいく?」
フィルスが聞く。まあ、一度敗北した俺は今行きづらい。
「マナトにだけは任せらんない。あたしが自分で行くわ」
立ち上がったのは、ルピアだった。まあ、当の本人だったら、どんな結果でも文句は言わないだろう。
ずんずんと自信の籠もった歩きで壇上へ向かい、くじを引く。
確率は、四分の一。
この四分の一を――見事にルピアがもぎ取った。
「よっしゃあああああ!」
思わず、俺たちは全員立ち上がってガッツポーズを取った。
ルピアは一件落着したときの水戸黄門ばりの高笑いを決め込む。
その後も髪型ドラフトは続けられ、リーゼントは一番テーブルの子に。ショートボブが二番。縦ロールは三番テーブルの子に渡った。
一番テーブルの子はショックのあまり、ふかふかの絨毯の上に横たわって嘆いていた。
「続いて――性格と設定のドラフトに移ります。候補は――清楚な幼馴染み。クールな生徒会長。ツンデレ転校生。ダウナー系無口図書委員。強気で活発なスポーツ少女だけど実はエロ同人作家。激烈にいやらしい保健医。カニの生まれ変わり――です」
…………これは。
「どう思う?」
なかなか、判断しにくいラインナップだ。俺はとりあえずみんなの意見を聞いてみた。
「やっぱり、カニの生まれ変わりはイヤですかねー」
マルクくんの意見。
「あたしカニの演技なんて出来ないわ」
ルピアも同意見。だが――
「……俺はこの中で一番イヤなのはカニではなく、保健医だと思う」
俺の意見は違った。
「どうして?」
フィルスが何故だか嬉しそうに聞く。
「カニの生まれ変わりって奴だけ、性格設定がない。つまり、これはある意味『自由』と取れるのではないかな」
「そっか。ツンデレのカニでも清楚なカニでもいいわけだ」
フィルスの言葉に、こくりと頷く。
「ちょっと横歩きするだけでいい。その点、保健医となると、一気にメインヒロイン枠から外れてしまう。どきどきシスターでも何でもない、ただのサブヒロインだ」
「じゃあ、あえてのカニ狙いにする?」
「いや、角ドリルを取った七番が怖い。十中八九、また勝負に来るだろう。それに、カニは最悪ではないってだけで、いいとも言えない」
「ふーん」
フィルスは頬杖をついて、綺麗な黒髪を指で弄りながら俺の顔をじっと見た。
小さな笑み。普段見たことのない、冷蔵庫にプリンを見つけたときのような笑みだった。
「なんだよその顔」
「やっぱり、マナトがいてよかったなーと思って」
フィルスの目は、真っ直ぐすぎて直視出来ない時がある。
「で、何にするの?」
ルピアはオレンジジュースを飲みながら結論を急ぐ。
「ツンデレだな」
「え! カニよりも取れないんじゃ?」
マルクくんが驚きの声を上げた。まあ、流れ的にはカニに行く流れだったからな。
「ツインテールを取った四番が取りに来ると思うかもだけど、四番の代表者がどうも大人しそうな顔をしているからね。ツンデレを演じられるタイプには思えない」
なんて言い方をしたが、四番テーブルの代表はフラン。行くなら清楚キャラだろうっていう確信があった。フランだったら、『幼馴染み』を選ぶはずだ。
「じゃあ、ツンデレに賭けますか」
よし、とフィルスは快く頷き、マルクくんもうんうんと頷いた。
「こいつだけならあれだけど、マルクとフィルスが言うならそうする」
ルピア……相変わらずこいつは……
しゃーなし。と言いたげな表情のルピアが代表して、投票しにいく。
「一番、幼馴染み。二番、幼馴染み。三番、幼馴染み。四番――」
来るな。頼む、来るな。
「幼馴染み」
よしっ! 俺は小さくガッツポーズを取った。ツインテールを取ったフランが取らないってことは――
「五番、ツンデレ転校生。六番、幼馴染み。七番――カニの生まれ変わり」
「凄い! 凄いよマナトっ!」
フィルスは俺の手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして喜ぶ。
やっぱり、七番は裏を行ってグレードは落ちても確実に取る方を選んだ。
自信があったわけではないが、俺の言うとおりになってしまった。
そしてドラフトの結果……
一番――髪型、たわわに実ったリーゼント。設定、いやらしい保健医。
二番――髪型、ショートボブ。設定、ダウナー系無口図書委員。
三番――髪型、縦ロール。設定、クールな生徒会長。
四番――髪型、ツインテール。設定、強気で活発なスポーツ少女だけど実はエロ同人作家。
五番――髪型、ポニーテール。設定、ツンデレ転校生。
六番――髪型、ストレートロング。設定、清楚な幼馴染み。
七番――髪型、角ドリル。設定、カニの生まれ変わり。
一番の運の無さに対して、六番の強運が際立った形になるな。
「それでは最後に、テリトリーを分けます」
このテリトリー分けはとても重要だ。
キャラクターが多い恋愛シミュレーションには、『移動パート』というモノがある。
プレイヤー様が移動先を選択し、そこでばったりヒロインに遭い、交流を深めていくのだが、移動した先では、よほどのことがない限り、『ヒロインは一人しか存在してはならない』という暗黙の了解がある。
そこで、予め『縄張り』を決めておくのだ。
「いやらしい保健医を引いた一番の方は保健室、ダウナー系無口図書委員を引いた二番の方は図書室に固定されます。その他五組の方々で、場所ドラフトを開始します。場所は――屋上、部室、公園、レストラン、アーケード街」
「これはどこでも良さそう。あたしはどこでもいい」
「取るなら屋上がいいね。プレイヤー様はとりあえず屋上にいく傾向があるから」
「じゃあ、屋上にしよっか」
「そうですね。屋上だと風にそよぐ髪とか、いい画が撮れそうですし」
こうして、ルピアのヒロイン設定は決まった。
『ポニーテールのツンデレ転校生が、いっつも屋上にいる』だ。
そう、最後の抽選でも、見事『屋上』を手に入れたのだ。
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