大手電機メーカー勤務時代

#入社して2年間ぐらい

 入社して自分は全社の中でも花形と思われるようなシステム開発のプロジェクトに配属された。世の中的にも広く知られているようなプロジェクトだ。本社は東京近郊だが、自分の勤務地は別の場所であった。

 職種としてはソフトウェアエンジニアでその名の通り、ソフトウェアの研究開発が担当業務であった。

 就職した企業は業界でも残業が多いことで有名な会社であったが、幸運なことに新人であることもあって、最初の約2年間に行った2つのサブプロジェクトはそれほど忙しくなく、責任も重くない業務であった。また、自分は研究寄りの業務を担当したいという考えを持っていたのだが、最初に担当したサブプロジェクトはちょうどそういう感じの業務だったのでやりがいを感じながら働くことができた。ただ、その一方で勤務地には他に同期がほとんどおらず、いても事業所が別だったりした。また、元々縁のない地方であったために知り合いもおらず、週末は1人で寂しく過ごすことが多く、既にストレスを少しづつ貯めつつあったように、今となっては思う。

 住まいは会社借り上げの賃貸アパートでそれなりに快適であった。


#入社3年目(初期症状発症)

 3年目にして、いよいよ激務なサブプロジェクトにアサインされた。下請け企業の社員をまとめるリーダー的ポジションで、開発機能の難易度は高く、スケジュールは厳しかった。

 この業務にアサインされてからは、月の残業は100に届かないまでも、数十時間台後半をウロウロするようになった。下請けと自社プロパースタッフとの間を繋げる役割が求められた。他事業所にいる別チームとの連携も必要となり、仕様調整などに奔走した。はっきり言って世の中的に3年目の社員がやれるレベルの仕事ではなかった。しかし、学生時代のアルバイト経験などから、ヘタに仕事ができてしまったために、出来るだろうと思われてしまったようであった。また、若手でもできるやつにはいくらでも権限を与えて仕事をやらせるというイケイケの社風もあった。なぜまだ新人の自分がこんなポジションで重責を負わなければならないんだという思いを持ちながら毎日働いていた。

 さらに辛かったのは、下請け企業側の窓口のスタッフが仕事はできるが、言うことは言うみたいな中年女性で、自分の方が立場上上にも関わらず正直怖いと感じてしまうような状態だったことである。このストレスは大きかった。

 自社のプロパーのスタッフはみな良い人達ではあったが、自分の仕事でせいいっぱいで私のヘルプをする余裕は正直なかった。あとは、自分のメンターは別のサブプロジェクトにアサインされていて、ちょっとした質問には答えてもらえても、自分の業務自体のサポートは期待できなかった。

 そんなこんなで、だんだんと体に異変が出てきた。最初は朝方5時くらいに勝手に目が覚めて、そのあと眠れなくなるという症状だった。そして、体のこわばりが出てきたり、週末でも仕事のことが頭から離れないというような状態になったりと不調の程度は高まっていった。自律神経失調症、もう少し言えばうつ病の初期症状である。漢方を試したりしても一向に変化がなく、悩んだ挙句心療内科にもかかり始めた。

 今思えば、このころに早々に休職するなどしていればよかったのだろうが、そんなことを言っても後の祭りである。


#うつ病発症

 病院に通い出してから、数ヶ月が経った。仕事はあいかわらずの状況でいよいよノイローゼ状態になっていた。会社が多拠点なのでしばしば新幹線で拠点間の移動をしていたが、それで自分の事業所に戻る時の仕事のしたく無さで頭がいっぱいだった時を今も覚えている。食欲はなく昼食に買った弁当は全部食べきれなくなっていた。自分に自信が無くなり、やる予定の仕事もちゃんとこなせる気がしなくなってくる。

 そろそろおかしいぞと思って病院に行くと医師はうつ病だと言う。まさかそんな自分がうつ病などにかかるわけがないと思ったが、確かに自分の症状を見ればうつ病である。うつ病になると日内変動といって朝から午前にかけて調子が悪く、そこから夕方・夜にかけて調子が良くなってくるという状態になる。自分はまさにこれを体験していた。

 とにかく、うつ病だというのは分かった。しかし、仕事を休むわけにはいかない。薬をもらいながらまだ数ヶ月は働き続けた。だが、ある時、これはどうにもならんぞと決定的に分かった瞬間があった。今でも覚えているが、電話を受けて、上司の予定を回答するのだが、その中で普通ならやりょうがないようなミスをしたのだ。頭はボーッとしていた。もうだめだと思った。そこで、自分は上長にあたるリーダースタッフ(管理職ではない)に、下請けスタッフに苦手な人がいること、うつ病の症状があることを打ち明けて、今のポジションから外してもらえるよう相談をした。その結果、多少マシにはなった。だが、他に手がない以上、やはり自分がやる他なく、だらだらと同じようなポジションの仕事をやることもあった。また、元の上司との間に課長級の上司が新たにやってきた(他の事業所で平社員をやっていた人が昇進してやってきた)のだが、その人が割と厳しくものを言う人で、それが決定的なダメージを自分に与えた。


#休職を決断する

 リーダースタッフに相談して少し肩の荷が降りたのと、担当しているサブプロジェクトがなんとなく一段落したことで、力が抜けたのか、仕事を休みがちになった。仕事を休んで、近所のコメダ珈琲で日がなだらだらしたり、少しでも仕事のことを忘れたいと思って、クロスバイクで遠出をしてみたりした。そんな日が一週間、二週間と続いた時、いよいよ上司(部長)から休職した方が良いのではないかという提案があった。

 自分が休みがちになる前から、何か様子がおかしいというのは上司の耳にも入っていたそうだ。サラリーマンにとって休職というのは勇気のいる選択である。普通そんなことをするとは思っていないし、同期にどう思われるかなんてことも考えた。なので一旦は断った。なんとか調子を戻して仕事をすると。しかし、それまでまったく不調を伝えていなかった実家の母と兄に相談したら、驚いた様子であったが休職を勧められた。彼女にも打ち明けた、何で今になるまで相談してくれなかったのかと泣かれた。

 そんなこんなで、やはり休職させて欲しいということを上司に伝えて、休職に入った。休職すれば、復職後に、今のポジションから完全に外れるよう采配をしてもらったり、周りのサポートが受けられるようになるのではないかという打算も正直を言えばあった。

 そういえば、大企業ということもあり、残業時間が一定時間を超えていたこともあって、定期的に保健師の人との面談をしていて、その女性には病状を伝えていた。上司や周りの人には秘密にしておいてくれるということであったが、本格的にまずいとなった時には彼女から上司に病状について話をしてもらった。書いていなかったが、休職の提案にはそのような背景もあった。


#休職

 休職期間は一か月であった。毎週末に状態はどのような感じか上司(部長)にメールするというのを除けば、仕事からは完全に解放された。

 自宅に一人でいるのも寂しいので、実家に帰った。ここまで書いていなかったが兄がとある身体的不調で、自分が就職した頃から休職中で自宅療養中であった。そのため、実家に帰れば平日でも他に人がいて寂しくなかった。

 休み始めると数日でノイローゼ状態から回復した。食欲も戻った。体の不調や日内変動はある程度残ったが、それでも休職前と比べれば随分良くなった。そのため、東京圏に残っている友人たちの飲み会などには顔を出したりしたし、超会議やCTECなどのイベントには兄と行ったりしたことを覚えている。

 あとは、運動や日を浴びることが重要だということで、毎日散歩をした。途中からは兄と一緒にランニングをしたりもしていた。そんな日々を過ごしているうちにあっという間に一か月が経った。


#休職明け

 休職から戻ると、元の担当していたサブプロジェクトからは外されて、他のプロパースタッフの手伝いのような業務を行うことになった。残業規制もかかり、定時で帰れるようになった。休職前と比べれば随分ラクな気持ちで働けるようになった。

 そして、前々から開発業務よりも研究寄りのことがしたいと上申していたこともあり、上司(部長)から東京近郊の本店事業所にある研究開発寄りのサブプロジェクトを担当するチームに移籍しないかという提案がった。自分としては地元に戻れるし、希望に近い仕事ができるしで願ったり叶ったりであったのですぐに受け入れた。

 そしてその提案から約一ヶ月後、私は本店事業所のチームへ移籍した。余談であるが、一ヶ月の間には、異動先での住まいなどについて総務などに確認をしていたところ、今の所属サブプロジェクトでのやる気が無いように周りからは見えてしまうぞと上司(部長)から注意を受けるということがあった。確かに、さっさと今のサブプロジェクトからはおさらばしたかったのだが、別にそういう意図は無かったのでイラついたのを覚えている。


#4年目

 異動した先では研究寄りのことができるかと期待していたが、何の事はない前の事業所が担当しているソフトウェアの機能開発を結局やることになった。そちらの事業所があまりに手が足りないので、開発をアウトソースするという話である。まあ、しかしながら、その外付けする部分のみ開発すれば良いということだったので、巨大かつあまり整っているとはいえないソフトウェア自体には触れる必要が無いのは助かった。ただ、そちら側のソフトウェアの知識もチームとして必要であったため、そこの知識の架け橋をするのが裏の自分のミッションだったのだと後で気づいた。開発する機能においては新たなアルゴリズムの開発が必要であり、そういう意味では研究寄りであるとは言えた。

 異動先では私がうつ病での休職明けであることは理解され残業規制も継続された。また、前に担当していたサブプロジェクトの時とは異なり、中堅クラスの先輩が窓口として立ってくれて、仕事を自分に振ってくれるような形で仕事ができたので、大分気楽に働くことができたのはよかった。

 開発作業は遅延はおきたものの、他のチームも遅れていることを考慮するとおおむね順調に進んだ。ただ、機能仕様の策定とその承認には苦労させられた。部長級も含む社員の会議で仕様を説明して承認をもらわなければならないのだが、一度目では随分と叩かれて、再度出し直しと言われ、2度目ではなんとか仮承認を受けることができたが、仕様修正の宿題を山のように出された。他にも、元の所属していたチーム側との実装時の細かな仕様のすり合わせなどは大変だった。

 勤務状況はぽつぽつと休むことがあって、有給を使い切りかねないペースで、再度産業医との面談をすることなどもあったが、連続で休んでしまうようなことはなく、以前と比べればそれなりに順調に働けていた。

 と、このような感じで一年弱が過ぎた頃、私はやはりもっと研究寄りのことがしたいとの思いがふつふつと起き始めた。所属会社は大企業であることもあり社内フリーエージェント制度というものがあった。入社後一定期間勤務した後は、異動したい先を選んで、そこと話が合えば、元の職場の意向は関係なく異動できるという制度である(どうしても異動されると業務に差し支える場合は一定の猶予期間などが設けられる)。

 この制度を使って、研究部門に移ろうと思い立った。それで社内の当該制度の担当者と面談などしてみたが、そんなに簡単にいきそうにはなかった。研究部門にいる知り合いなどを通じてどうこうしようとしたりもしていたが、制度が使えるまでまだ数ヶ月かかるというところにじれるところもあった。


#転職

 そんな時に、少し前に知り合いのスタートアップベンチャーを友人経由で見学しにいっていたことを思い出した。そこのやっている事業は私の技術的興味に合っていた。最近大きく資金調達をしたことも知っていた。しばらくは会社は安泰だろう。今の会社にも4年弱もう在籍したし、世間で言う3年は居続けろというところの3年は過ぎている。そこで、電撃的に決断して入社を申し込んだ。友人経由であることと、自身の業績や職歴もあって話はとんとん拍子に進み、採用が決まった。

 転職日は一ヶ月後。所属企業にはすぐに退職届を叩きつけた。引き止め工作はあったが、とりあえずスケジュール通りに退職できることにはなった。一緒に仕事をしていた同僚、特に2人で業務を勧めていた先輩には迷惑だったと思うが、皮肉の一つも言われずに安心した。できた人だと思った。上司からは引き継ぎはちゃんとやってくれよとの厳し目の言葉ももらったが、まあかけた迷惑から考えれば仕方がない。

 そして、通常業務に加えて、引き継ぎ作業なども行いつつ、一ヶ月が経ち、退職日がやってきた。いきなりの退職であったにも関わらず送別会もやってもらえた。これには当時の上司の上司(部長)の声掛けがあったようだが、感謝している。なお、後日談だが、この部長も一年後ぐらいに退職したそうである。優秀な人だっただけに、その穴はどうなったのか今でも気になっているところである。

 そして、消化する有給は無かったので、辞めた次の日には転職先での勤務が始まった。


#結婚

 転職までの一ヶ月の間に転職先への通勤を考えて引っ越しをした。書いていなかったが、プロローグに出てきた彼女とは、一度別れたものの復縁し、半年ほど同棲していた。そして、転職先への通勤のために引っ越しをし、その日に入籍をした。もちろんそこまでには、プロポーズ、相手方の両親への挨拶、両家の顔合わせなどがあったのだが、あまりこの文章の表現したいところにそぐわないので省略する。

 スタートアップベンチャーへの転職について妻は、快く認めてくれた。何かかっこいいじゃんということである。一般的には安定した大手企業からの転職ということで反対されそうなところだが、ありがたいことであった。ただ、あまり先のことを考えない性格の妻でこその発言で、なんだか能天気だなあという気もした。

 この時、28歳であった。

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