第13話 記憶-3-

神殿での不思議な出来事から数年が経った。

自分でも割と、強くなれたと思う。今では、セレスについて回って悪い組織を倒しに行くことも多くなった。

一人称も変えてみた。

少しでも強くなろうと、弱い私を捨てるために。

俺は、強くなる。

強くなって、復讐をするために。

「アカツキ」

「んぁ?」

「俺またちょっと空けるけど、どうするよ?」

「勝手に行け行け」

お前変わったなあ。

セレスはそう言い、家を出て行った。

変わった、か。

確かに、変われたと思う。けれど、それはセレスが望んでいたような変わり方だっただろうか。

望まれていなくとも、俺は強くなりたかった。弱いままで、守られるままでは嫌だった。

もっと強く、なりたい。


「腹減った…………」

街を彷徨い、気づいた時には森の中に居た。

手持ちがなく、ご飯を買うこともできない。

お腹すいた。

……お腹すいた。

「はぁ……」

ため息をつき、地に足をつける。

狩をするには、この姿の方が楽だ。

黒い狐。

相変わらず左目は潰れているものの、その狐は尾を7つ持ち、綺麗な毛をなびかせる。

俺の、獣化の姿だった。


うさぎが1匹、なぜか豚が1匹。

相変わらず狩りは上手くならないものだ。

「狐さんだ!」

ふと声がして、思わず木陰に隠れた。

「怖がらなくていいんですよ〜」

優しげな声を出し、手を出してくるその少女の顔を見て驚いた、なんてものではなかった。

俺だ。

俺そっくりだったのだ。

わけがわからない。

「綺麗な毛並みですね〜。私も綺麗な狐さんなんですよ〜」

その言葉で気がついた。

この少女にも、狐の耳と尻尾があった。

「左目が潰れちゃってるんですか?可哀想に……」

「アマツキッ!!」

鋭い声が飛んできて、少女が身を竦める。

釣られて俺も身を竦めた。

「もうっ、探したのよ!外に行くなら一言言いなさい!」

「ご、ごめんなさい、お母さん……」

ガサガサと木を掻き分け、奥から女性が現れた。

「こんなところまで……って……」

言葉が止まり、その美しい紫色の瞳が俺を捉え、凝視する。

「……アマツキ、先に帰ってなさいね。」

「……泉に行ってはダメ?」

「いいよ。風邪ひかないようにしなさいね」

「はーい!」

少女は女性が来た道を戻って行く

その背中が見えなくなった頃、女性が口を開いた。

「…アカツキ?」

俺は、元の人間の姿に戻った。

「あの人は……元気?」

「あの人って?」

俺の名前を知っている。ということはやはりあの少女も、この女性も、俺と無関係ではないのだろう。

「あの人。……リゲル」

「お前、誰だよ」

リゲル。

その名前は俺の中で1番大切だったものだ。

父さん……

「私は、フユツキ。……あなたの母親、なんて言っても信じないでしょう。」

「…………」

俺は何も言えなかった。

急に現れた人が母親です、なんて言われて誰が信じるだろうか。

しかし、否定できない。違うとは言い難い懐かしさのようなものを感じているのも確かだ。

「アマツキには貴女を見せないで」

「……さっきの、女の子か?」

「ええ。アカツキ。……あの子は貴女の双子の妹。アマツキよ。」

「…………」

何を。

言っているのだろう。

家族、ということだろうか。

「……アカツキ、ごめんなさい。私は——」

「いい」

咄嗟に口から出ていた。

「信じられない」

踵を返した。


父から母の話を聞いたことは少なかった。

美しい人で、優しかったと言っていたので、もう死んでいるとばかり思っていた。

妹がいたと言うことは初めて聞いた。

生きていたならなぜ、離れていたのだろうか。

フユツキと名乗ったあの女性は、父が死んだことを知らないようだった。

連絡さえ取っていないのだろう。

どうして?

少なくとも、父は母を愛していたようだった。

母が父を嫌ったのだろうか。

そんな風には見えなかった。

わからないことだらけで、頭がおかしくなりそうだ。


「会いに来てくれたの?アカツキ」

「…………アンタが母さんとはまだ信じてない」

「構わないよ」

翌日、俺は母にであった場所で待ってみた。

幸い、セレスはまだ帰ってこない。

案の定アマツキが現れ、そのあとフユツキが現れ、フユツキを帰し俺を見つけてくれた。

「…ねえ」

「ん?」

「…アンタは、父さんが死んだことを知らないのか?」

フユツキが固まって目を見開いた。

やはり知らないようだ。

「……いつ…………?」

「五年前。ある組織に、家ごと焼かれた。……この火傷は、その時の」

前髪をずらし、火傷を見せる。

未だにたまに痛みを発する火傷は、変色し赤黒く染まっている。

それを見たフユツキは、そっとその肌に触れた。

「…………大変だったのね」

「…………」

「ごめんなさい。私がもっと、気にかけていれば……」

瞳を伏せた。

呆気に取られている隙に、強く抱きしめられた。

「…………聞きたいことがある。」

「ええ。……なあに?」

「どうして、俺たちは離れて暮らしてたの?」

この人が母だということは信じてもいいと思った。

が、その理由で俺は、この人を許せなくなるかもしれない。

過去は変えられない。父は戻らない。

それを知らなかったと言うのならば、それも許そう。

だけど

「どうして、アンタとアイツは森で暮らして、俺と父さんと離れていたの?」

「……貴女には話すわ。でも、お願い。アマツキには話さないで。あの子はまだ、何も

母が語り始めた。


俺とアマツキは月が赤く輝く夜に生まれたと言う。双子で、黒と白の狐獣人だった。

瓜二つ。でもそれは、良くないことだった。

当時この国では、獣人は忌み嫌われていた。

獣人は総じて力が強く、耐久力も高く、運動神経などで人間を圧倒していた。

同時に、双子も嫌われていた。

ドッペルゲンガーと同じ心理で恐れられ。

片方が片方の出世を拒み、命を投げるという噂まで流れていた。

獣人で、しかも双子。

共に育ち、表に出れば迫害を受けるのは目に見えていた。

母さんと父さんは、俺とアイツがそんな扱いを受けるのが嫌だった。

だから、隠そうとした。

町外れの森に広場を作り、家を建て、俺たち二人のどちらかをそこで育て、両方が並んでも侮られなくなったころに表に出そう。

そう約束して別れたという。

森で育てるほうに選ばれたのは妹の方だった。

俺は昔から病弱で、すぐ熱を出し風邪を引くのに対し、アマツキは俺の頑丈さを持って言ったんじゃないかと疑うほど元気らしい。故に、街に比べれば過酷だろう森での生活をさせた。

アマツキは、森から外へ出ることは恐ろしいことだと思っている。

母がそう言ったわけではないらしい。

たまに森に迷い込む旅人は、女二人の家を見て、何もせず帰ることなど滅多にないからそう錯覚しているのだという。

「貴女のことも言ってない。……あの子が、外に出たいと言うまで、あの子に本当のことを言うつもりはないよ」


「ただいまアカツキィ〜!」

それから家へ戻り、何もせずぼうっとしていた。

父のこと、母のこと、妹のこと、訳のわからないことばっかりだ。

考えることさえせず、ただただぼうっとしていた。

「……どうしたよ」

「お帰り」

「お……おう」

今は何もせず、ただ眠りたかった。

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