第5話 記憶-1-
目が覚めたら、身体中が痛かった。
覚醒すると、身体中ではなく左半身が痛いのだと気付いた。
記憶が蘇る。
「——!」
そうだ私は、お父さんと…!
「落ち着いて」
静かな声が耳に届いた。
気づかぬうちに早くなっていた息を落ち着かせ、声の主を見やる。
右側にいたのは、黒い綺麗な髪を持った女性だった。
青い瞳を細め、私の頭を撫でる。
「大丈夫。怖く無いよ。私が側に居てあげる。何があったかはわからないけれど、あなたの不安は私が和らげてあげる——」
彼女は、微笑んで居た。
彼女の名前をヴァイラと言った。
孤児に生まれたヴァイラは、他の孤児たちと力を合わせ、生きているのだという。
力を合わせ、手に入れた小さな家で、たくさんの孤児達と暮らしている。
「あなたも、ここに居ていいのよ。」
左半身を包帯でぐるぐるに巻かれた私を連れてきたのは、そんな家だった。
小さな子はおろか、ヴァイラとあまり変わらないだろう歳の人も、みんな私を気味悪がった。
しかしヴァイラが説得することで、みんなそんな態度を感じさせることはなくなってくれた。
私程酷い傷を持った子はなかなか居ないけれど、珍しいわけでは無いそうだった。
どうやら私は、父と炎に焼かれた跡から見つかったらしい。
それを知って数日は、何かあるたびに涙がこぼれた。みんな、そんな私を慰めてくれた。
見るも無残に焼け爛れた左半身は治すことはできず、綺麗になることはないのだとか。
街の優しい医者が手当をしてくれ、そして街の孤児を集めて一緒に暮らすヴァイラへと連絡が行ったらしい。
親を亡くした火傷のある少女を引き取って欲しいと。
そうして私は、彼女が育てる子達の1人となった。
不自由はほとんどなかった。
前にも増して風邪を引きやすくなった私が風邪を引くたび、みんなに迷惑をかけていることは理解して居た。しかし、彼らは迷惑ではない、大丈夫だよと声を掛けてくれる。優しさの中に埋もれながら、私は日々を過ごした。
終わりは、呆気ないものだった。
ヴァイラが死んだのだ。
殺されたのだという。
私達を育てるために借金を重ね、そして、殺されたのだと。
その情報を持って私達の家へと訪れた男は、下卑た笑みを浮かべながら、告げたのだ。
「ヴァイラが死んだ今、彼女の残した借金は貴様らが返すこととなる。——奴隷だ。」
私達は、1人残らず捕らえられてしまった。
1人1人、値段をつけられ、競り落とされていく。
可愛い子は高い値段で貴族に。
男の子は力がある子が高いらしい。
私は手に鎖をつけられたまま、段に上げられた。
抵抗することもできない。したら、殴られる。殴られたら、痛い。特に火傷の上は。
半身の包帯を取られ、醜い身体が露わになる。
値段の声が上がる。私は他の子たちより随分安く競られていることぐらいしかわからなかった。
「そいつは俺が貰うよ」
声を上げたのは、海の底のような綺麗な髪を無造作に束ね、私を競る人たちを馬鹿にしたような目で見回している男だった。
「しかしセレス、その娘は火傷が」
「うるせぇ、関係ねぇだろ。それによく見ろ、そいつ、お前らを見ていない。よっぽどのことがあったんだろ。世界を憎むようなことが。だから俺が貰う。そいつは俺が救ってやるよ。」
失礼な、と私は彼を睨んだ。
だけど、そうだ。私は、世界が嫌いだ。
父さんを奪い、よくしてくれた恩人まで奪って。
私に未来はない。未来は、真っ暗だ。どうせ、下品な人たちに玩具にされて終わるだろう。
「お前らには渡さねえよ。そいつは俺が貰う。」
「…驚いたな」
私の鎖を持って居た男が呟いた。
「…あのひとは、だれ?」
「セレス。家名は知らん。ただ、ただひたすらに強いってことは事実だろう。…君は彼に引き取られるなら、幸せになれるかもしれんな」
『幸せに生きろ、アカツキ』
父の最期の言葉が脳内をよぎる。
自然と、涙が溢れた。
「おいいつまで繋いでるんだよ。早く鎖を外してやれ」
セレスが呆れたように呟く。私は、その声の主を再び睨み、自分で鎖を外してみせた。
父が教えてくれた技だ。いつか、何かの役に立つかもしれないからと。
セレスは目を見張った。
私は、彼の足元まで歩き、見上げる。
何も言わない口が、薄っすらと笑ったように見えた。
「セレス。」
「なんだ」
「私を、強くしてほしい」
私がセレスにした、最初のお願いだったはずだ。
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