第9話

 とんでもないことになった――

 と自分でも思う。


 帰り道、今日起きた出来事を思い返す。耀司と一緒にパンチラと美少女の話をしていたはずなのに、生徒会委員に決まってからあれよあれよといううちに噂の美少女を名前で呼ぶことになってしまった。



「春香ちゃんかぁ……」

 そう思えば名前は聞いたが、苗字を聞いていない。次会うときまでに誰かに聞いておかないと……


 そんなようなことを考えながら電車に乗り、家へと向かうのであっ……


 なんていうのは普通の学生のすることだ。

「今日は武装探偵キャリーのBD受け取りに行かないと」

 学校帰りの足はアニメテイへと向かっていた。(瞬足)(コーナーで差をつけろ)


 *


「せーんぱぃっ!」

 後ろから呼びかけられる。たぶん幻聴だろう。


「センパイッ!無視しないでください♪」


 まさかな……と思いつつ恐る恐る振り向くと、そこに彼女はいた。


「は、は、春香ちゃん?」

 鳩が豆鉄砲喰らったような顔で、声の主を見る。


「なんですかその幽霊でも見たような顔は〜」

 彼女はぷくーっと膨れてみせる。かわいい。


「いや、こんな時間に何してたんだろうと思ってさ」


「本を探してたんですよ〜、ところでセンパイは?」


「あ、あぁ……僕も参考書を探しに、な」

 苦し紛れの言い訳だ。オタクというのをあまり人に――というか彼女にバラしたくないのだ。


「へぇ……センパイってこんな早くから受験勉強始めるんですね、見直しました♪」

 見直されてしまった。


「てっきりライトノベルとかアニメのグッズとか買いに来たのかと思いました♪ 近くにアニメテイもありますし」


「う゛っ……」

 図星を突かれて変な声を出してしまう。なかなか鋭いなこの子。心臓に悪いぞ。

 ここは話題を転換するしかない――そう結論付けた僕は次の行動に出た。



「ところで春香ちゃんの苗字って何ていうの?」


「何でそんなこと聞くんですか? 春香ちゃん以外の呼び方は許さないですよ♡」

 と笑顔で圧力をかけてくる。かわいい。


「いや、変な噂が立つのも嫌だろうし、二人きり以外の時は苗字で呼ぼうかなって……」

 これは本心だ。さすがにいつも春香ちゃん呼びはマズい――と直感的に感じていたからだ。


「変な噂ってなんですか〜?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる。かわいい。そしてあざとい。


「い、いや……それこそ僕みたいなのと付き合ってるとか噂になると……」


「迷惑って誰か言いました?」

 もう一度。


「迷惑って誰が言ったんですか?」


 今度ははっきりと、強く。



 その眼はまっすぐに僕を見据えていた。深く吸い込まれるような目だ――


「えっと……ごめん。」

 謝るしかないと感じた。

 彼女の目は怒っている……少なくとも僕にはそう見えた。


「分かったなら良いんです♪」

 機嫌が戻りホッとする僕。次の瞬間、


「小河春香。小さいに河口の河でおがわですっ」

 と教えてくれた。案外素直な子なのかもしれない。


「覚えたよ、小河春香さん」

 短く答える。


「二人きりの時はぜーったいに"春香ちゃん"って呼んでもらうんですからねっ!」

 と釘を刺された。あーかわいい。マジでかわいい。



 駅前で彼女と別れる頃には、春の陽も落ちかけていた……


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