第5話 枷
「くっしゅん!」
「大丈夫ですか?」
夏とはいえ、濡れたままの服で居続けると流石に寒い。
「着替えるから後ろ向いててくれるか?」
「着替えあるんですか?」
「買い物でちょうど服買ったんだよ」
「なるほど。タオルは私が持ってますよ」
「ありがたく借りるよ」
それならもっと早くに出してほしかったとも思ったが、女が男にタオルを貸すのは少し抵抗があったのだろう。
それだけの信頼関係は構築できたと思っていいのだろうか。
雨は一層存在感を増すばかりで、止みそうになかった。
それでも、沙夜とのやり取りの中ではこの音すら脇役に徹するしかない。
それほど彼女との会話は心地良かった。
相手に合わせるでもなく、何か裏があるわけじゃない、気兼ねない会話の音を俺はこの短時間に気に入ってしまった。
彼女にはそういう魅力があるのかもしれない。
そして、気づかない内に俺はそれの虜になっていっているのかもしれない。
自覚してからは早かった。
俺の中で彼女を否定するための欠片は何一つないのだ。
認めるという選択肢以外、俺には残されていなかった。
「もういいですか?」
「あ、ああ。いいぞ・・・・・」
沙夜の事を考えている時に突然話しかけられたため、柄にもなく少し焦る。
「どうかしました?」
「考え事してたから反応が遅れただけだよ」
「考え事ですか・・・・。何考えてたんですか?」
「・・・・・・秘密」
「なんで急にちょっとめんどくさい女子みたいになってるんですか!?」
「男にも言いたくないことはある」
「あ、もしかして変態さんですね!!」
「・・・・・・そんな感じだ」
「むぅー」っと唸りながら頭を抱え込む沙夜。
「その反応は違う事ですね・・・・・。もしかして・・・・・・・私の事、ですか?」
「・・・・・・・・」
なんで、こう勘が鋭いんだよ。
全力で無反応に徹したが、バレてるんだろうな。
「当たり・・・・・ですか・・・・・・・・・・」
今まで通り「可愛い私の魅力に」とか「やっと私の可愛さに気づきましたか」とか反応すると思っていたのに、
沙夜は気難しい顔をしながら黙ってしまった。
「・・・・・まあ、目の前に変な奴がいたら、色々考えるだろ」
「またまたー!悠さんも本心からの言葉を言ってもいいんですよ?」
「・・・・・・・」
いつもの調子を取り戻し、「さあさあ」と言わんばかりの催促をしていた。
応じようとはしたが、口から出た言葉は真意とは違っていた。
「気が向いたらな」
「気が向かないならしょうがないですね・・・・」
無理に笑顔を浮かべた後、一気に表情が暗くなる。
俺は沙夜にこんな表情をして欲しいわけじゃない!
「い、いつか・・・・・。ちゃんと言葉にする。約束だ!」
「あっ・・・・。きっとですよ!!」
自らに精一杯抵抗してもこの程度だ。
それでも着実に前へと進めた。
――――――――この『約束』は自分への枷だ。
いつの間にか雨の勢いは弱まり始めて、もうすぐ止むかもと思わせた。
「雨止みそうだな」
「・・・・そうですね」
俺達の関係を結んでいるのは『雨』であり、雨が止んでしまうと『赤の他人』へと戻ってしまう。
あと、辛うじて繋ぎとめられるのは俺達の『約束』だけだ。
「雨が止んでしまうと・・・・・帰っちゃいますか?」
「ここに来た理由は雨宿りだからな」
行動理由をこじつける方法はいくらでもあったが、そうはしなかった。
それは俺達らしくないと思ったからだ。
「それまでにもっと約束をしましょう」
「そうだな」
「あれ?いつになくやる気ですね」
「まーな」
「やっと私の幸せの魔法が効いてきたんですね」
「その設定引っ張っていくんだな・・・」
「はい!実はこの雨も私が降らせていました!!」
「な、なん・・・だと・・・」
「へへーん!」
大変結構なドヤ顔でした。
「もう止ませてもらっていい?」
「・・・・・いいんですか?」
「・・・・・・まあ、もうしばらく雨でもいいかもな」
「ふふっ」
沙夜は満足気だった。
俺達の時間はまだ終わらないようだ。
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