お腹が空いた!

紀之介

人の話、聞いてる?

「何を…するつもり?」


 放課後の教室。


 黙って自分の鞄に伸ばされる手を、一子さんは目で追いました。


 顔もあげずに、綾さんが答えます。


「お腹が空いた!」


 慌てて佳奈さんは、 諌めようとしました。


「…勝手に 人の鞄を漁ったら駄目よ。綾ちゃん?」


 一子さんが、声を荒げます。


「綾…人の話、聞いてる?」


「これは…何?」


 取り出されたファンシーな包みを見て、一子さんが呟きます。


「─ 私が作った、シュークリーム。」


 手にした包みを机の上に置いた綾さんは、平然と開き始めました。


 佳奈さんが、血相を変えます。


「食べたら駄目!」


 取り出したシュークリームを口に頬張り、数回咀嚼する綾さん。


「!!!」


 目に一杯の涙が浮かべながら顔を歪め、手で口を抑えながら、小走りで教室を出て行ったのでした。。。


----------


 教室に帰って来た綾さんは、一子さんに食って掛かります。


「…どうして、わさび が入ってるの!」


「何を入れ様が…私の勝手だと思うけど。」


「食べちゃったでしょ!!」


「佳奈が…食べたら駄目って、止めてくれたよね!?」


 綾さん一瞬怯みますが、負けじと顔を突き出しました。


「─ この舌…何とかしてよ!」


「自業自得って、知ってる?」


 見兼ねた佳奈さんが、割って入ります。


「綾ちゃん、落ち着いて。」


 腕を引かれた綾さんは、一子さんから離れました。


 2人の横をすり抜け、空いた佳奈さんの席に腰を下ろします。


「…綾ちゃん? 私の鞄を、どうするつもり?!」


 鞄の物色を始めた綾さんは、顔をあげる素振りも見せません。


「口直しを…探してる!」


「自販機のジュースじゃ…駄目なの?」


 ファンシーな包みを発見し、開けて中身を確認する綾さん。


「シュークリーム!」


「─ 食べないでね?」


 顔を上げた綾さんに、佳奈さんは懇願しました。


「わさび…入ってないよね?」


「は、入ってないけど…」


 安心した綾さんは、シュークリームに手を出します。


「止めて! 綾ちゃん!!」


 声を無視して 口まで運ばれるシュークリーム。


「!!!」


 噛み締めた瞬間、涙で目を潤ませた綾さん。


 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるや否や、手で口を抑え、急いで廊下に走り出たのでした。。。


----------


 再び教室に帰って来た綾さんは、佳奈さんを涙目で見ます。


「…入ってないって言ったよね?」


 済まなそうな顔の佳奈さんに代わって、一子さんが答えました。


「わさびは、入ってなかったでしょ?」


「─ カラシが、入ってた!!」


「そりゃ…私が、入れたからね。」


「あれも、一子が作ったの?」


「身に染みた? 盗み食いの罪深さ」


 俯く綾さんに、佳奈さんがハンカチを差し出します。


「もう、私や一子ちゃんの鞄を漁って 勝手に中の物を食べたりしちゃだめよ?」


 ハンカチで涙を拭きながら頷く綾さん。


 一子さんと佳奈さんは、顔を見合わせました。


 佳奈さんが微笑みます。


「口直しに…これを食べましょう」


 目の前に出て来た3つのシュークリームを見て、綾さんが首を横に振ります。


「大丈夫だって。これは、普通のだから」


 勧める一子さんに、綾さんは怯えた声を出しました。


「先に食べてみせて!」


 やり過ぎを責めるように、佳奈さんが一子さんを肘で突きます。


 自分たちの分のシュークリームを、2人は手に取りました。


 まずは半分に割って、中身を見せてから、口に運びます。


 その様子を、じっと伺う綾さん。


 2人が食べ終わるまで待ってから、残された自分の分に手を伸ばしました。


 恐恐と半分に割って、中身の匂いを嗅いでから、ほんの少しだけ舐めてみます。


「…これは<普通>のシュークリーム。」

 

 安心した綾さんは、やっと口に頬張ったのでした。。。

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