お題 祭りの夜、君と僕
夏の日は長い。いつもなら家に帰っているか出てはいけない時間だから、遠くなっていく夕焼けがいつもと違って見えるようになる。
うまく誤魔化せなかったみたいだ。お父さんお母さんは何を言ってもにやにやとして、いつもよりお小遣いを多くくれた。それに服装もだ。「そういうのより」とか特にお母さんがうるさかった。だから違うと何度も言ったけれど、
「いいことなんだから」
お父さんお母さんが面倒に思うことはある。でも、やっぱりかなわないと思う。
だって違わないのだから。
「ごめん、待った?」
ううん、時間ぴったりだ。僕があまりに早く来すぎただけだ。普段とは違う足音だから一瞬わからなかったけど、からんからん、明るい方を背にしてくれて良かった。今の僕じゃはっきりと目に入れてしまうとつい目をそらしてしまうだろうから。
「ううん、今、来たとこ」
手なんて出せない。でもきっと手を出すのが正しいはず。でもそういう関係ではないから、ただの友達だったとしたらそんなことするのおかしいし、引かれるかもしれない。
二人きりなんだから、二人きりなんだけど。
何もしゃべれなかった。おかしい。いつもはそんなことないのに、歩くときだってもう肩がぶつかるくらいなのに、気づけばもう柔らかい灯りの道へと着いていた。日は寝た。
いわゆるぴーひょろみたいな笛の音なんてしない。でもこの辺りの神社では一番大きい。普段車が走っている所を通行止めにして色々なお店が並んでいる。良い匂いに欲しいけど当たらない景品に、楽しいものがこの辺りにぎゅっと詰まってぱあっとしている。
いつもなら、いつもなら、なんだけど。
「どうする?」
「うん」
きくと、学校のときよりも色のあるように見える唇が開いた。なんだろう。
「かき氷かな」
「わかった。買ってくるよ」
こうすることがいいはず。お小遣いだって多くもらってる。でもそうしようとしたとき、Tシャツの裾を軽く引っ張られた。
「一緒にいこ?」
それがいいのかわからなかったけど、でもそう言われたらそうしなきゃならない。なんだかかっこ悪い気がするけどでも相手のことを考えなくちゃいけない。
近くのかき氷の屋台に並ぶとしばらくして順番が来た。
「いちごとブルーハワイ」
しゃしゃっと出てきた頼んだものが。お金を当然払う、二つ分。
ふわふわの白い山、頂上が赤く染まっているそれを渡そうとすると、なんでだろうお金を出してきた。
「これ、かき氷代」
「いいよ、お金あるから」
「でも僕だってあるから」
「じゃあ、次はこっち。二人で交互に出し合おう?」
「う、うん……」
いいのかな。こういうのって僕が全部出した方が喜んでくれると思ったのに、でもなんだかそれが嫌みたいだ。だから次の金魚すくいは払ってもらった。とても恥ずかしかったけど、でもいつもと同じくらい笑いながら遊んだから、いつの間にかそんな気持ちはなくなっていった。
「こんな格好してるけど、あたしはあたしだからね」
ひらひらしてきらきらしているけど、その笑顔は僕が見慣れたものだった。知らない子と遊んでいるわけじゃないんだ、僕は。
「そっか、そうだよな……そうだよな!」
あそこだここだと二人で言い合って、こんな時間なのに誰も怒ったりしてこない中、遊んで食べてまわった。すっかり疲れてお腹もいっぱいになって、でもしんどくなくてまだ食べられそう。
「あー楽しかったー」
「僕も」
でも帰らなきゃならない。だって僕には家があるから。それは同じだ。いつもなら簡単に手を振れるけど、嫌だった。手は上がらないし、「ばいばい」だって「またね」だって言いたくなかった。
じゃあ僕はどうすればいいんだろう。
手を伸ばせばすぐ届く距離にいるのに、どんどんどんどんと人や灯りに飲み込まれるようにして離れていく。変だった。目の前にいるのに目の前にいないような。二度と会えないような、どこかへ消えていくような。
「お祭りって来年もあるから!」
走ってないのに走ったときみたいに。
「絶対にあるから!」
もう見てられない。
「あるから!」
あるんだから、僕にはもうそれ以上言えなかった。自分の新品の靴についてしまった汚れをずっと見続けていると、
「あるから?」
かっこつけなきゃ、ここはそうしなきゃいけないところなんだから、汚ればっかり見ている場合じゃないんだから。とにかく、とにかく何も言えないなんてことだめだ。
「まっ、またぁっ、一緒に……っ」
「あたしも……」
顔を上げると目が合った。灯りがはっきりと顔を見せていて、驚いた。瞳が揺れて、さっき食べたりんご飴みたいに頬が色づいていて、小さな手をぎゅっと握り合わせている。
「楽しいから、一緒にいると楽しいから、僕が楽しいから」
「うん、あたしも楽しい」
初めて握った手はお互いに汗まみれだった。
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