お題 百合:ウソつき

「すごくいい人だと思う。優しいし、いつでも私のこと考えてくれていて……」


 つまらなかった。


 トーコは口では相手を傷つけないよう話しているが、そもそもこのような言葉がすらすらと出てくるのは相手のことをなんとも思っていないからだった。この目の前にいる何人目かの元彼氏に対して。

 付き合って欲しいというから付き合ってみた。


 けれどつまらなかった。


 もしかすればどこか好きになれる部分があるかもしれないと思っていたが、やはりいつもと同じつまらなかった。

 高校の人気の少ない校舎裏。日が傾いて二人の間に影を伸ばしていく。

 一通り言い終えれば元彼氏は余裕を見せるためか笑顔を作り、特に理由を尋ねることもなく去っていった。彼は一般的に爽やかで素敵な人ということになるのかもしれないがだからつまらない。

 トーコはわかっていた。しばらくきょろきょろと辺りを見回し、重苦しいため息をつく。


 夕日が目に痛くなるばかりで一人帰ろうと決めたとき。


「いやーごめん、見ちゃった」


 物陰から一人出てきた。きっちりと制服を着て校則を固く守っているトーコと違い、少し着崩して毛先を遊ばせている少女。クラスメイトのミエリ。彼女が現れたことでトーコは心臓が止まるかというくらいになるが、それを悟られないよう必死になる。


「のぞき見するつもりはなかったんだけど、なんというかついっていうか、とにかくごめんっ」


 目の前に近づいてきた彼女が手を合わせ謝る。トーコは視線を彼女の顔へと下げそっけなく、


「別にいいよ」

「ホント? ホントにホント?」

「うん。でも、変なことは言わないで」


 気持ちが落ちていく。見られていたことに。そして聞かれていたことに。


「もっちろん。ちゃんと秘密にするから」


 信じている。信じられる。彼女の言うことならば。


「でもさー、なんで? 言いたくなかったらいいけどさー、まあまあモテてるので有名な相手じゃーん? なんで?」


 無邪気というか悪意のない悪意というか。やや小柄なせいなのか。彼女は普段からあまり話さない相手でもぐっと入ってくる。


「モテてるからって彼氏としていいかは別でしょ」

「そっかーそれはそうだ」


 腕を組んで目を閉じ何度も頷くミエリ。オーバーな仕草でなんとなくおかしくなる気持ちを抑えながら、トーコはその場から離れようとしたとき。


「でもホントにそれだけ?」


 大きな瞳で捉えられ、動けなくなった。どういう意味かわからず、トーコは適当に口を開こうとしたが、


「いっつもあたしのこと見てるじゃん?」


 そう言う彼女へ視点が合わなくなっていく。口の中がひどく乾いていく。


「見られてるのってすっごいわかるのわかるっしょ?」


 普通なら否定するところだ。でも相手がミエリだから言えなかった。けれど認めてしまってもそれはそれで彼女にとってひどく気分が悪いことであろうから、どちらにせよトーコは気持ちを沈めるしかなかった。

 自分なりに頷いてみせる。するとミエリは唇を噛んでぽーっと目を宙にやって動かなくなった。


 どのような言葉が飛んでくるだろうか。もうそれが恐ろしくてたまらない。今すぐにでも逃げ出したい。でも脚はまったく言うことを聞いてくれない。まるでこれまでしてきたようにお前も苦しめと指差してくるのだ。

 長いまつげがまぶたの動きとともに何度も動くたび、トーコはびくりとしようとする体を押さえつけた。


「じゃ今週の土曜空いてる?」


 ぽんと投げられた言葉にまったく反応できなかった。投げた本人はもう少し距離を詰めるともう一度。


「あ、日曜のほうがいい?」


 それでもぽかんとしていると、彼女はやや首をかしげ唇を尖らせた。


「遊ばない? って言ってるんだけど」


 口をぱくぱくとさせることしかできない。声を出すための息はすべて引っかからずに外へと出ていって、とにかく何にも音にもならなかった。


「おーい、どうなの? ヒマ? それとも遊ぶのイヤな感じ? そっちが誘ってきたようなもんなんだからそんなことないっしょ?」


 じりじりともっと距離が詰められていき、見上げた彼女の顔がすぐそこまでやってきた。同じ性別だというのに香りが頭をなでてくる。しかしそれが恐ろしい。にひっとした笑顔が追い詰めてくる。


「土曜? 日曜? それとも次?」


 まったく反応がないことにミエリは呆れた様子でゆっくりと。


「土曜?」


 ダメではない。土曜も日曜も両方とも大丈夫だ。それでも首が上手く動いてくれない。ただ簡単に、あの元彼氏に誘われたときのように単純に動かせてしまえば良いのにだ。

 ミエリがいて。ミエリが来て。ミエリが誘ってくれている。


「日曜?」


 動いて動いてと、自分の首にお願いする。トーコは情けなくてもなんでも良いから、とにかく首に動いて欲しかった。くだらないときに動いて、どうして肝心なときには動かないのかと怒りたくもなった。


「次?」


 ようやく動いたのは横に振るときだった。そしてむりやりに声を出す。


「どど、どっちでも……いい……」

「よっしゃ決ぃーまりぃーっ。んじゃ土曜で」


 一度声が出せるようになれば、まだ楽に続けられるようになっていた。


「ど、どうして……?」


 ミエリは言う。


「見てるだけじゃホントに好きかどうかわかんないっしょ?」

「わ、私何も言ってないけど……」


 彼女が手を握ってきたが、それを拒むことはできなかった。むしろずっと待っていたその手を寄り強く握りたいくらいだった。でもきっと今は手汗がすごく、そんなことをして彼女の小さく柔らかい手を汚したくなかった。


「そっかな?」


 ふわりと風が通り過ぎ、すると唇に知らない感覚がやって来た。少し背伸びした彼女の瞳がこれまでにないくらい大きく見えて、ようやくトーコは今「している」ことを理解する。


 香りと柔らかさに身を任せまぶたが落ちていこうとしたとき、彼女は離れていたずらな笑みを浮かべ、

「初めてだった?」

「そ、そんなことないけど……」


 そんなことはある。これまで付き合ってきた元彼氏たちにも許したことはない。


「ふーん、あたしは初めてだったんだけどなー」


 そうしてもう一度二人は触れあう。静かな校舎の裏でもう一度。息がかすめる。しかしトーコはミエリに対し心の中で、

「ウソつき」

 とつぶやくのだった。

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