お題 おねショタ
いつもいつもだった。幼い少年はいつも自分の危機に駆けつけてくれるその、目の前の年上の女の子の背中ばかりを見ていた。少年は小学校高学年で、女の子は高校生。まだ小さな体の少年にとって、その背中はとても大きく頼りに感じられた。両親を物心つく前に失っているからなおさらに。
血の繋がりはない、けれど彼女は少年のことをとても大切に思っていて、いかなる敵が現れようともいつも余裕の笑みを絶やさなかった。
「こま君、大丈夫? 怖かったね」
いつもいつもだった。危機の元になるものを鮮やかな力で傷一つ付くことなく取り除くと、彼女は彼にとびきりの微笑みをあげる。彼女が少年を優しく抱いたり、頭をなでたりしないのは、それは体が赤く染まって汚く思っているからだろう。
その姿でも少年にとってはとてもとてもきれいなお姉ちゃんであったが、しかしいつもの赤くないお姉ちゃんの方がもっともっと好きだった。
「でも、いつもお姉ちゃんそんな……赤くなって……」
「心配してくれるの? ありがと。でも大丈夫、今回もあたしの血なんかじゃないからね。こま君が思うより、やっぱりちょっとだけ強いんだから」
そういうことではない。でも彼女はわかってくれない。だから少年は言葉を超えることにした。お姉ちゃんがいつものもっともっと好きなお姉ちゃんでいてくれるために、自分に降りかかる危機を自分で解決できるような力をつけると。
この拳、この脚、この技、このすべて、お姉ちゃんが赤くならないために。
それから数年。少年が中学生になった頃。彼はもうすっかり地力で危機の元を取り除けるようになり、そしていつも体をあのときのお姉ちゃんのように赤く染められるようになっていた。
少し縮まった背丈の差。
お姉ちゃんが駆けつけるより前に、そしてお姉ちゃんが気づく前に。少年はついに望みを叶えることができた。大学生になってよりきれいになったお姉ちゃんが事の終わりに現れると、彼女がそうしたように少年もとびきりの微笑みをあげる。
そのとき彼女に触れないようにしているのは、自分の体が赤く染まって汚いからだ。それも自分のものではないからなおさらに。
「へへ、どう? ケガはしてないから。お姉ちゃんが思ってるより強くなったよ俺」
いつもは「うん」とだけ返すお姉ちゃんだったが、今回は違った。目を伏せ、鮮やかな唇を噛み震えていた。
あまり気持ちの良い反応ではなかった。少年は素直だ。素直だから少年だ。
「俺が強くなって嫌? 前みたいに守れなくなって、だから――」
「ううん。違う、違うよ。こま君があたしに赤くなって欲しくないってことは、あたしもこま君にそうなって欲しくないってことなんだよ」
気づいていた。彼女は少年がずっと思い続けてきたことに気づいていた。そして今、その思いは。
「でも……ほんとに強くなったね、とっても……」
これまでのどのような微笑みよりも言葉よりも、少年の心をひどく満たす。きっとこの先何年何十年生何百年生きたとしても、きっとではない絶対に忘れ無くすことはない。
だから守られ続けるだけだった少年は言う。
「……じゃあ、一緒にやろうよ」
「え?」
「一緒にやれば、絶対に赤くならないよ。ならお姉ちゃんもきっと嬉しいし、俺も……嬉しい」
色んな笑みを見てきたが、見たことのない笑みだった。安心を与えるようではなく、褒めるようでもなく、思考を飛ばして現れた彼女本来の笑顔。整った顔立ちがくしゃくしゃになっているけれど、それは心を大きく跳ねさせた。
「うん、じゃあよろしくね、こま君っ。ははっ」
これがのちに世界最強の夫婦と呼ばれた二人が、本当の相棒になった瞬間だった。
空は曇っているが、もう関係はない。
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