待ち人をもてなすは卵料理

第31話 退屈に訪れた突然の誘い

 ゴールデンウィークも終盤に差し掛かり、テレビでは帰省ラッシュや渋滞の話題が多くなってきた。

 そんなニュースをリビングのソファーに腰かけてぼんやりと眺めている。

 私、沢井さわい陽子ようこは暇を持て余していた。この数日間で読みかけだった小説や買ったまま手を付けないでいた小説もすべて読み終わり、やることを見いだせないでいた。

 今年のゴールデンウィークは今のところどこかに遠出したということはなく、誰かと遊んだわけでもない。ただ家で無為むいに世間の楽しそうな光景を画面越しに眺めているだけだった。


 ゴールデンウィークに入る数日前に私はもう会えないと思っていた初恋の相手で幼馴染と言える男の子、町谷まちや涼太りょうたと大学の構内で再会した。

 そして、まだ大学生活が始まって一ヶ月と少しくらいなのでゴールデンウィークはこちらにいるとばかり思っていたのだが当てが外れ、涼太は地元の町に帰省してしまった。それはきっと実家に帰りたかったわけではなく、地元に残っている彼の恋人で私のもう一人の幼馴染の桑原くわはら梨奈りなに会いに戻ったのだと思うと、私の心はあまり穏やかなものではなかった。

 そんなことを思うといつもよりいっそうに何かしようという気が起きず、また外に出ずに家に引きもるというあまり褒められない一日を今日も送ろうとしていた。

 こんなことになるなら二日前から、涼太たちの生まれ育ったあの町の近くで単身赴任している父親のもとにお世話がてら顔を見に行った母親に付いていけばよかったかなと後悔する。しかし、付いていったところで、向こうで涼太とだけ会えるわけはなく、会うとしたらあの日のように梨奈と二人一緒のはずで――。

 またあんな辛い気持ちになる光景を目にする覚悟も受け入れるだけの心の余裕もまだ私にはなかった。

 いつかは三人でまた笑える日が来るのだろうか? そんな日が来ればいいなとどこかで思いつつ、当分先だろうなと諦めに似た気持ちに今は身をゆだねる。

 ソファーのクッションに顔をうずめ、一度頭と気持ちをリセットしようとする。

 そこに携帯電話のメッセージを受信したことを告げる通知が鳴る。私はクッションに顔を埋めたまま携帯電話を操作し、横目でちらりと内容を確認する。私にメッセージを送ってくるのは基本は両親だけなので、母親がいつごろ帰ってくるかの連絡をしてきたのだろうと思っていた。

 しかし、相手は違っていた。私は起き上がりソファーに座り直す。

 数日前に連絡先を交換したばかりの彼、町谷涼太からのメッセージだった。

『こんにちは、陽子ちゃん。今日の夕方くらいに少し時間ある? 帰省のお土産渡したいんだけど』

 私は何度も読み返す。そして、もちろん大丈夫だと返事を送る。涼太は『じゃあ、これから帰りの新幹線に乗るところだから、そのまままっすぐにお土産渡しに行くよ』とメッセージが返ってくる。私の気持ちはこのゴールデンウィークで初めて浮かれたものになる。

 涼太に会える、涼太が会いに来てくれる、その嬉しさを届いたメッセージの文章を読み返して反芻はんすうさせる。そんなことをしていると涼太からメッセージが再度届く。それは最寄り駅が分からないから教えてほしいというものだった。そういえば、まだ涼太には今住んでいる場所を教えてはいなかったことを思い出す。そして、涼太が今住んでいる場所も知らないことも。

 私は自分が住んでいるマンションの最寄り駅を教える。そのついでに涼太の住んでいる下宿先の場所を聞いてみたら、涼太はあっさり答えてくれた。そこはさっき涼太に教えた最寄り駅から電車で二十分もかからない距離。そんな近くに住んでいたんだとなんだか嬉しさを感じる。私の最寄り駅も涼太はよく電車で通り過ぎたりしていて駅名だけは知っていたようでそんなに近くにいたのだとメッセージで言っていた。

 ただ同じ感想を抱いた、そんな些細ささいな一致だけで私の心は満たされる。

 それから涼太にいつ頃こちらに着くのか尋ね、その時間に合わせて駅前で待ち合わせすることになった。

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