第25話 待ち人を追いかける方法

 花火が終了することを告げるアナウンスが流れ、私は隣にいる涼太に気付かれないようにそっと目元をぬぐう。

 涼太は帰り始めた人の波に目をやりながら、

「いやー、今年も花火よかったな」

と、大きく伸びをしながら暢気のんきに言ってくる。

「そうだね。来賓席でゆったりと見る花火はやっぱり格別だね。いっそのこと毎年ここで見たいよね」

「ははは。確かに。まあ、それができればいいけど、難しいだろうな」

 涼太はけらけらと笑いながら答える。そして、ふいに気まずい沈黙が訪れる。それは今までで初めてのことだった。私は落ちた気分からまだ立ち直れてなくて、言葉がでてこなかった。いつもならば涼太か私が何か適当なことを言うなり、何かアクションを起こすのでただ気まずいだけの何もない沈黙ということにはならない。その涼太は何か言い出そうにも言い出せない、そんな感じでちらっとこちらを見たり、周囲に視線を泳がせたりを繰り返していた。

 そして、先に沈黙に耐え切れなくなったのは涼太だった。

「そろそろ帰ろうか? 人の流れも落ち着いてきたしさ」

 涼太は立ち上がり、腰を伸ばしたり回したりストレッチのような動きをする。

「なんだか、おっさんぽいよ。涼太」

「そんなこと言うなよ。これでも俺、バリバリの十代で高校三年生なんだぜ」

 私は思わず噴出してしまう。涼太はいつも通りの笑顔を私に向けている。そして、私に手を差し伸べながら、「さあ、帰ろうぜ」と言ってくる。私はその手をつかむ。

 今、こうして涼太の手を掴めるのは私だけなのだ――。


 家路いえじに着いた私たちはしばらく無言だったが、今度は嫌な感じはしなかった。組んだ腕越しに伝わる体温が嬉しかったし、それ以上にもっと深いところでの繋がりを感じていた。

 周囲の人影がまばらになりだしたころ、涼太が口を開く。

「なあ、梨奈。それでさ――」

「花火始まる前の話の続きでしょ?」

「あっ、うん。それでどうするつもりなんだ?」

「簡単な話だよ。直接聞くだけだよ」

「誰に、何を?」

「陽子のお母さんに、陽子のことを聞くのよ」

「それじゃあ、断られて、今までと同じ結果になるだけじゃね?」

「聞き方を変えればいいのよ。ところで、涼太はこの後、まだ時間ある?」

 涼太は携帯電話を取り出し時間を確認する。私も横目で時間をちらりと確認する。夜の十時少し前の時間が表示されていた。

「大丈夫だよ」

「じゃあ、ちょっと帰りにうちに寄ってよ」

「わかった」

 私が家に涼太と連れって帰ってきた姿に私の母親は、「まあまあまあ」と興味津々という表情を浮かべながら、私に意味深な視線を送ってきた。

 私は着替えるために涼太を台所に置き去りにし、母親に変なこと言わないようにくぎをさして、二階の自分の部屋に戻った。

 部屋で着替えながら壁に掛けた写真をっているコルクボードをながめる。貼っている写真はほとんど全てが涼太や陽子との写真で、写真の中の陽子の姿は綺麗な黒髪のロングヘアーで肌は色白で同性の私から見てもかわいいし綺麗だった。三年前の夏祭りの日に撮った写真の中では、私は少し困ったような笑顔の涼太の腕に組み付いて楽しそうに笑いながらピースをしていて、陽子は一人所在なさげに手を体の前に組みどこか寂しそうな表情を浮かべていた。それは今の私たち三人の関係や立ち位置を示しているようで、胸が締め付けられる思いだった。

 着替え終わり台所に涼太を呼びに行くと、案の定、涼太は母親から聴取と尋問を受けている真っ最中だった。それに参加しないように二人分の冷えた麦茶をコップに入れ、涼太に助け舟を出す。台所を出るまでからみ続けてくる母親をいなしながら、二階の私の部屋に向かった。

 部屋に入りテーブルに飲み物を置き、ベッドを背に並んで座った。

「で、梨奈。どうするのさ?」

 肩が触れるほどの距離感で涼太が尋ねてくる。私は麦茶に口をつけ、気持ちを整える。

「帰ってるときも言ったけれども、陽子のお母さんに聞くのよ。陽子の連絡先を聞いても断られるのは変わらないだろうから、陽子の希望している進路を聞くのよ。それで、同じ大学に私か涼太が行けば、陽子にまた会えるでしょ?」

「それはそうかもだけど……同じ大学でも絶対に会えるってわけじゃないよな? 学部によって大学のキャンパス違うことだってあるし」

「まあ、そこらへんは、運……だよね。同じ大学ならたまたますれ違うこともあるだろうし、探せば見つかるかもしれない。だけど、今のままでは陽子と会えないのはほぼ間違いないよね?」

「理屈はわかるけどさ。それでも進路を簡単に教えてもらえるかな?」

「それは陽子のお母さんをこっち側に引き込めるようにがんばるしかないよ。そこは出たとこ勝負なんだけどさ……」

 涼太は首を捻りながら少し悩んだ後、「それならなんとかなるかもな」と一人頷いていた。

「でさ、これから陽子のお母さんに電話を掛けるわけだけど、その前に確認というか聞いておきたいことがあるの」

「なんだよ、あらたまって」

「えっとさ……涼太は行きたい大学とかはなかった? 陽子の進路を無事聞き出せたとして進路をそれに合わすとなると、そっちは諦めることになるかもだし……」

 涼太の進路をこんな形で決めてしまうことへの多少の申し訳なさと、陽子と同じ大学に進むのはきっと涼太になるだろうから、今からでも辞めようと言ってくれることを期待して、私は目を伏せる。

 自分で言い出したうえに、断れないように逃げ道をふさいだのにも関わらず、そう願ってしまう私はとてもわがままで卑怯ひきょうだ――。

「いいって、気にすんなって。どうせ特に行きたい大学なんてなかったんだし、目標ができてちょうどいいくらいだよ」

 涼太はなんでもないという風に笑顔で返してくる。そして、涼太のこういう優しさが今はとても辛かった。顔を見られたら気持ちを悟られそうで、すぐ隣の涼太の顔を見ることができなかった。

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