第24話 夏祭り、重なる思い出

 そして、夏祭りの日がやってきた。

 今年も涼太と二人で行く予定で、浴衣ゆかたを着て、髪をサイドでたばね涼太から誕生日に貰ったヘアピンでめる。

 迎えに来た涼太も甚平じんべいを着ていて、しくも三年前と同じ服装で祭りに行くことになった。さらに今年は涼太の父親の厚意こういにより来賓席らいひんせきで花火を見ることになっていた。来賓席から花火を見上げるのも三年ぶりで、一つの大きなことをのぞいて三年前と同じ状況だった。

 下駄げたの音を並んで響かせながら夏祭りの会場に向かった。会場に近づくと例年より人が多いように感じ、思わず足を止める。

「毎年、こんなに人って多いもんだっけ? 涼太」

「今年は多いね。青年会の人や父さんから聞いた話だと、今年の春先に道の駅がオープンしたじゃん? そこの駐車場が祭りの臨時の駐車場として開放されてるらしいし、シャトルバスも運行してるらしいからね。それで多いんじゃないかな?」

「へえ、そうなんだ」

「だから、ゆっくり見れるようにって来賓席を父さんが取ってくれたんだけどね」

「それじゃあ、今度お礼言わないとね」

「うん。まあ、俺からそれとなく伝えとくよ。それじゃあ、花火まで屋台見て回ろうか?」

「うんっ!」

 私は笑顔で涼太の顔を見上げるようにしながら返事をする。涼太は顔をらしながら腕を軽く差し出してくる。それに腕を回しながら声に出さずに心の中で小さく笑う。涼太の照れるポイントは未だによくわからない。もっと大胆なことを平然とやるクセにこんな小さなことで照れたりする。そんなところが可愛いと思うし、優しいところが私は好きなのだ。


 私たちは人混みではぐれないように気をつけながらゆっくりと歩いた。早々に目についた屋台でベビーカステラを買い、そのまま屋台をのぞきながら歩いて、涼太の知り合いのやっているたこ焼きの屋台に向かう。

「おっちゃん、来たよー!」

「やあ、涼ちゃん! それに涼ちゃんの彼女さんもいらっしゃい!」

 手を止めることなく今年も気さくに挨拶あいさつを交わす。

「じゃあ、今年もサービスしておくれ」

「わかってるよ。俺と涼ちゃんの仲だ。今年も二つ持っていくかい?」

 涼太はふいに店を見回し、ある場所で目を止める。私は隣で涼太の視線の先を追いかける。今年は飲み物も販売してるようで、氷水の入った大きなクーラーに飲み物が冷えているのが見えた。涼太はそこで目を止めているようだった。

「いや、今年はあれもらっていい?」

 涼太はクーラーの一角を指差しながら答える。

「涼ちゃんのお願いなら仕方がない。好きなの持っていきなよ」

「ありがとう、おっちゃん!」

「ありがとうございます」

 私も横で頭を小さく下げてお礼を言う。涼太は代金を払い、たこ焼きの入ったビニール袋を受け取ると、さらにクーラーからよく冷えたラムネを二本取り出した。それを別のビニール袋に入れ涼太は満足そうな顔を浮かべる。

 それからまた歩き出し、来賓席が目と鼻の先というところでカキ氷を買った。

 来賓席の長椅子に座り、足を伸ばしながら戦利品に手をつけ始める。まずは溶ける前にと一つのカキ氷を二人ではんぶんこにして食べ、冷たいものの後には温かいものをとたこ焼きに手をつける。

 そして、ラムネで口をすっきりさせ、ベビーカステラをつまみ始める。

 周囲が花火の時間が迫りさわがしさが増していくなか、私と涼太の間には場違いに落ち着いた空気が流れる。

「「そういやあさ……」」

 同時に同じ言葉を発した。声と言葉がかぶったため、ふと顔を見合わせ、目で会話の優先権を押し付けあう。涼太が先に目を逸らし、ため息をし観念したという表情を浮かべる。そして、ラムネに一口、口をつける。

「そういやあさ……陽子ちゃん、屋台のベビーカステラ好きだったよね」

「そうね」

 私も同じことを言いかけていたので、突然陽子の話題になっても驚くことなくすんなり頷いた。意識し始めるとなんだか、座っている長椅子が広く感じる。あのときは同じ大きさの椅子に三人で座っていたのだから――。

 私も涼太も陽子が中三の夏、特に夏祭りの前あたりからどことなく様子が変わったのは気付いていた。しかし、私たちは陽子から何か言ってくるのを待っているだけだった。相談をされたら全力でそれに乗るつもりだったし、一緒に頭を悩ませるつもりだった。むしろ、そうしたかった。


 あのとき、ただ待っているだけだったから、今のこの状況なのだろう。

 だから、こうやって陽子のいないところで陽子の思い出話を涼太としている。


「ねえ、涼太。このままこうやって陽子を思い出にしていいのかな?」

 ふとそうこぼすようにつぶやいた。手に持っていたラムネびんの中でガラス玉が小さな音を立てる。それは周囲の喧騒にかき消されてもおかしくないほどだったが、涼太にはしっかりと届いたようだった。

「思い出……かあ。それはなんか嫌だな。あの夏の日からずっと三人で、進む路が違ってもずっと一緒に笑っていられると思ってたからなあ」

 涼太の言葉にはしっとりとした重さがあった。遠い日のことを昨日のように思い返しているのだろう。私はその横顔に、瞳の奥に陽子の影を感じてしまう。

「じゃあさ……今からでも陽子を追いかけたいと思う? 思わない?」

「どういうこと?」

 涼太が驚いた表情をこちらに向ける。

「言葉の通りだよ。陽子を追いかけて捕まえて、また同じ時間を過ごしたい? それとも、もう過去のことだと割り切って胸の奥にしまって、時々今みたいにあの頃はあんなことがあったねって話しながら、ゆっくりと思い出の彼方かなたに忘れていく?」

 涼太の目を真っ直ぐに見つめ、はっきりと言葉にして伝える。言葉にして、とてもずるい聞き方だと思った。こういう聞き方をすれば選択肢はないに等しい。

「そんなの追いかけたい方に決まってるだろ。思い出にしてただ忘れていくだけなんて……さっきも言ったけどそれは嫌だ。梨奈もそれは一緒だろ?」

「……ええ、そうね」

 涼太の反応や言っていることは正しいと思う。ただ私は心の底からは同意でできない自分に気付いていた。陽子とまた話したり笑ったりしたいというのは本心だ。しかしながら、涼太と陽子を再会させるということに関しては、はっきりと肯定的な答えを自分からは出したくないという思いもあった。

 そして同時に、涼太に陽子と私の二人がいる状態で私をはっきりと選んで欲しいという気持ちもあり、そんな状況になればきっと私を選んでくれるだろうという根拠のない自信もあった。私の心の中は色んな感情がうず巻いていて、それはどこに向かいたいのか分からない。

「じゃあさ、涼太。陽子のこと追いかけてみようよ」

「どうやって? 連絡先もまともに教えてもらえないうえに、なんとか会いに行ってもきっと普通には会えない。そんな状況でどうするって言うんだ?」

 涼太の疑問はもっともなことである。陽子は自分の連絡先を決して教えないで欲しいと強く陽子の両親にお願いしていて、陽子の両親どちらに聞いても教えてもらうことは出来なかった。私たちは陽子本人と連絡を取る手段がなかった。

「それはちょっと考えがあるの。あっ、それより今は花火を楽しもう? そろそろ始まるみたいよ」

 会場に花火の開始を知らせるアナウンスが流れる。私はそれを理由に話を一旦切り上げる。涼太は煮え切らないというかに落ちないという顔をしていたが、花火が始まるとそちらに注意が向き、楽しんでいるようだった。

 そして、私も今は空に広がる光景を楽しむことにした。

 炭酸が抜けてしまい甘いだけの飲み物と化したラムネに時折口をつけながら花火を見上げる。花火の振動でラムネ瓶の中でガラス玉が音を立てているのを持っている手から感じる。

 花火も中盤に差し掛かり、一際大きな大玉の花火が何度も打ちあがる。その光で照らし出された涼太の横顔にふと目をやる。涼太は花火に夢中で、同じ場所で同じものを見ているということに喜びや幸せを感じる。

 しかし、もし涼太の隣にいるのが私でなく陽子ならどうなるのだろうかと考えなくてもいいようなことを考えてしまう。そんなことになれば、涼太はこうやって無邪気むじゃきに花火を見上げて笑っているとはどうしても思えなかった。涼太は陽子の前では表情や仕草がどこかぎこちなく、緊張というか相当意識していた。陽子もそれは一緒だった。

 私はなんだか無性に寂しさや悲しさという感情がこみ上げてきて、それがあふれてしまい、目を伏せてしまいたいが溢れたものがこぼれださないように上を見上げ、花火を見る。

 今年の花火は光がにじんでいて、どんな色のどんな形の花火なのか途中からは全く分からなかった――。

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