第六幕 夏の終わりに天の川に流すはラムネの泡

第23話 高校最後の年に思うこと

 高校最後の一年が始まりクラスの雰囲気は一変いっぺんした。進路を選ぶ猶予ゆうよが刻々となくなっていき、受験や就職という現実的な選択を迫られることになったからだった。それを強く実感させられたのは新学期始まってすぐに進路希望調査と個人面談があったからだった。

 高校三年生というのは、人生の中でも大きな岐路きろの一つだ。中学校から高校に上がるのとは比べ物にならないほど選択の重みに差があるように思えた。選択によっては卒業後にはもう会うことのないクラスメイトもでてくるかもしれない。

 そんな中で私、桑原くわはら梨奈りなはなんとなく進学しようかなと考えていた。


 そして、私にはもう一つ大きな変化があった。高校最後のクラス替えで初めて幼馴染で恋人の町谷まちや涼太りょうたと違うクラスになったのだ。小学校に上がる前、幼稚園時代から続いてきた涼太と同じクラスという記録はあっさりと途絶えることになった。しかし、中学校まではクラスは一つで高校では一学年四クラスしかないのだけれども――。

 ただ、ふとした瞬間に涼太の姿を目で追うなんてこともできないというだけで、教室が見慣れない空間に思えた。涼太が同じクラスにいないということになかなか慣れずにいた。


 しかし、涼太はと言うと、

「最近、元気ないというか機嫌悪かった理由それかよ?」

と、昼休みに弁当を挟んで向かい合った涼太は笑いながら答える。

「でもさ、今までずっとクラスも一緒だったのに、何か涼太は思うことないの?」

「だってさ、登下校は一緒だし、昼もこうやって変わらず一緒に食べてるわけじゃん? それに二クラス合同の体育でも男女別だけど顔合わせるし、文理選択の授業にいたっては俺の隣に座ってるじゃん。それで何が不満なんだよ?」

 そう言われるとそれ以上深く踏み込めなくなる。だから、抗議の意味を込めて、涼太が最後に食べようと残していた卵焼きに手をつける。そのことに涼太は少しうなっていたが、

「で、梨奈は結局は寂しいわけ?」

と、お茶に口をつけながら、はっきりと口にしてくる。私は一瞬言葉に詰まる。そして、確信を突かれた私は目を伏せながら、小さくうなずいて答える。

「まあ、休憩時間とかでもクラスは隣なんだし、三十秒あれば来れるじゃん? だから、深く気にすることはなくね?」

 涼太は笑顔を作って見せるが、涼太には私の感じているものは理解できないのだろう。その証拠にこの会話をした後も涼太は毎日を変わらず淡々たんたんと過ごしていて、そんな姿を見るたびに胸の奥がモヤモヤと少し痛んだ。


 涼太という私にとって絶対的な支えが同じクラスにいないというだけも感じる物足りなさや不安――これがクラスでなく学校が違うとなったらどうなるのだろうか? 進路ということを考えると、成績が学年で上位をキープしている涼太と真ん中あたりの私では同じ大学に行くということは難しいだろう。進むみちが違うかもしれないということに現実味が帯びてきて、実際に進路が別々になった際、私は耐えられるのだろうかという不安を今から感じていた。同時に涼太に寄りかかりすぎている自分の弱さに気付いた。

 そして、そのなかでもう一人の幼馴染で友人の沢井さわい陽子ようこのことに思いをせることが多くなった。

 陽子は高校進学の際に新しい環境に一人で飛び込んでいった。引っ込み思案で人付き合いの上手くない陽子はすぐに馴染むことができたのだろうか? そして、何より今どうしているのだろうか? そんなことを考えながら、私にとって、もちろん涼太にとっても未だに大きな存在である陽子に対して、あの頃から出せずにいる答えを模索していた。



 夏休みに入っても、私は進路をどうするか決められずにいた。

 涼太は受験のために夏期講習に参加し、私も涼太に付いて行く形で講習に参加していた。涼太は成績のこともあり、学校からの期待も大きかった。しかし、志望校はまだ決まってないらしく、担任からはプレッシャーをかけられていると話していた。私はとりあえず進学という曖昧あいまいな目標しかなく、目指すものがないままなんとなく勉強をしているという感じだった。

 進路のことだけでなく、涼太とのこれからのことなど、決めなければならないことが積み重なっていて、それぞれに答えを出していかなければならなかった。

 進路のことは涼太とのことにも関係するが、涼太とはもちろんこれから先も付き合っていけたらいいなとは思っていた。幼馴染のまま恋人になった私と涼太はキス以上に関係が進展することもなく、長年連れ添った夫婦のような落ち着いた関係を維持していた。

 しかし、ここ最近は涼太のことを考えると、もう一人の幼馴染の沢井陽子のことを以前に増してよく思い出すようになった。私たち三人にとって、夏には色々と思うことが多すぎる。

 陽子も涼太が好きだった。陽子がもしまだこの町に住んでいたら涼太と付き合っていたのは陽子だったもしれない。中学三年生の時点までは間違いなく二人は両想いだった。それを考えると私は陽子がいないことをいいことに横恋慕よこれんぼしただけなのではないかと、今では確認することもできないどこか後ろめたい思いをずっと抱えていた。

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