第22話 現実を受け止めるはストレートティー
私は久しぶりに小学校四年生の夏から中学卒業まで暮らした町の中を歩く。
この町を離れてから一年半では大した変化はなく、つい昨日もここにいたのではないかと思えるくらいどこに何があるか分かっていて――懐かしさよりここにいるということが自分にとっては自然なことで、都会で今の高校に通ってクラスメイトに作り笑顔を振り
まるでここが自分の本来いる場所なのだと、そう周囲の光景の一つ一つが私に訴えかけてくるようだった。
やはりこの町は私にとっては特別の場所だ――。
しかし、かつて私の住んでいた
私の足は自然とあの二人の家のある石畳の敷き詰められた古民家の並ぶ地域に向く。
いつのまにか学校帰りの小学生の姿がぽつぽつと見られるようになって、すれ違ったりするようになった。
家があの二人とは少し離れている私はそのことが最初嫌だった。そんな私に二人はわざわざ遠回りをして私の家まで一緒に帰ってくれて――そんな懐かしい記憶と気持ちが
歩く足が重くなり、とぼとぼと歩いていると、私の横をランドセルを揺らしながら男の子と女の子が走って追い抜いていった。そして、少し遅れてその二人を追いかけるように女の子がもう一人、私を追い抜いていく。
最後尾の女の子は息を切らしていて、立ち止まり息を整えながら、前を行く二人に「待ってよー」と、呼びかけていた。その声に気付いた二人は女の子のところまで戻ってきて、笑顔で手を差し出した。女の子はその二人の手を
その一連の光景に、私はかつての自分を重ねる。
もし私が最後尾のあの子のように、自分がして欲しいことを素直に言葉に出していたら――あの二人は同じように立ち止まってくれたのだろうか? そうしていればあの子たちのように三人で今も笑い合っていたのだろうか?
その
よく見れば変わっていないと思っていたこの町も少しずつ変化していた。例えば、お化け屋敷みたいだと思っていた
私に関係なく世界はどんどんと進み変化していく。私だけが過去に
しばらくぼんやりと歩いていると、足元の
何か飲み物を買いたいと思うが、さすがに店内に入るとあの少しお節介で明るいおばさんは私を見過ごすなんてことはしてくれないだろうと思うと
仕方なく私は店の外の自動販売機で飲み物を買うことにした。お金を入れてどれにしようかと商品を眺める。その中に、涼太の好きだった炭酸飲料を見つけて思わず
買ったものを取り出し、自動販売機の
レジでおばさんと話しながら会計をしている人物を見て、私の心臓は大きく波打った。そこには、見慣れない制服を着た見慣れた顔の男の子がいて――私は思わず顔を引っ込め、建物の陰に隠れるように逃げ込んだ。
しばらくして、店から出てきた男の子の手には、ペットボトルの炭酸飲料が握られていて――変わらないその姿に思わず頬が
変わっていない相手なら、変われなかった私はあの頃のように話しかけることができるかもしれない。声を掛けてみれば、何もなかったかのように笑顔を向けてくれるかもしれない。そんな
今度出てきたのは女の子で「お待たせー」と、男の子に声を掛けていた。
その女の子は、男の子と同じ学校の制服を着たロングヘアーの可愛らしい女の子だった。顔がはっきりと見えなかったが声だけで誰だか分かってしまう。しかし、声を聞かなければ、誰だか分からないほど見違えた姿になっていて――私は踏み出した足を戻す。そして、久しぶりに聞こえてくる二人の会話に耳を傾けることにした。
「おう。で、梨奈は何買ったの?」
「ホットレモネードとお菓子」
「ふーん。昔からレモネード好きだよな、梨奈」
「あんたに言われたくはないわよ。涼太なんて、年がら年中、炭酸飲んでる炭酸中毒じゃん」
「そこまで言うことはないだろ? それに、炭酸はオールシーズン対応の万能飲料なんだ」
「あはは。相変わらずだねー」
「人の好みなんてそうそう変わるもんじゃねーだろ?」
「そうね。涼太の舌は相変わらず、お子様舌だもんね」
「はあ? そんなこと言ってると試験勉強もう見てやんねーぞ。明日の試験は梨奈一人でなんとかしろよー」
「ごめん、ごめん。涼太の――いや、涼太様のおかげで今日の試験も無事乗り越えられました。つきましては明日の試験につきましてもお願いします。この通り……ねっ?」
「……ぷっ。あはははは。分かったって。じゃあ、今日もウチでやる?」
「うん。そうする」
二人の話し声と足音が少しずつ遠くなっていく。私は変わってなさそうな二人の会話にどこか安心して、声を掛けようと陰から出た。しかし、二人の後姿を見て私は声を掛けるどころか、掛ける言葉を失ってしまった。
なぜなら、私の目に映った二人の後姿は私の知るかつての二人のそれとは違っていたからだった。
二人は仲良く笑い合い話しながら歩いていた。しかし、以前とは距離感が違っていて――腕を組んで歩く二人はまるで恋人同士のようで――。
「まるで? ああ、違う。二人は――」
私は首を振って、もう一度二人の後姿を見る。
二人は恋人のようなのではなく、二人は恋人なのだ――。
そのふいに突きつけられた現実に、一年半前の自分の選択が間違っていなかったと思いつつも、頬を伝う涙を止めることはどうしてもできなかった。
しばらくすると、携帯電話が着信を知らせるために振動し始める。私は立ち止まり、上着のポケットから携帯電話を取り出し、耳に当てる。
『あっ、沢井さん? よかったら今から合流しない?』
その声を聞きながら震える唇で言葉が出ない私は無言で何度も
『もしもし、沢井さん? 大丈夫? 今、どこにいるの?』
電話の向こう側からは私を心配する今の友人の声が聞こえる――。私は振り返りかつての友人の姿を探すが、当たり前だが見えるはずもなく――。
私の修学旅行の思い出は、初恋の終わりと知りたくなかった自分の望んだ結果を突きつけられ、それ以外はノイズまじりのテレビの画面のように
私は手にしたストレートティーに目を落とす。それは熱を失いかけていて――。
私があのとき炭酸飲料を選んでいたら、あそこに立っていたのは私だったのかもしれない。そして、もしまた選べる機会が来たならば今度は私は迷うことはないだろう。もう自分を
しかし、過去の私がした選択を変えることも出来るわけもなく、その選択によって払うことになった代償の重さを感じながら、今の私は私の選んだ
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