第五幕 秋にさざめくはストレートティー

第20話 変わったものと新しい生活

 私が小学校四年生の夏に父親の転勤で引越してから暮らしていたあの町――石畳いしだたみき詰められた広くない道に、今も人が暮らす古民家が立ち並ぶあの田舎町を離れてから一年半の月日が流れた。

 私はあの田舎町に引越す以前に住んでいた都会にある進学校の女子高に進学するため、中学校を卒業して一週間も経たないうちに引っ越をした。

 父親は転勤願いを出していたが受理されず、あの町の近くにある社宅で今も単身赴任を続けている。

 私たち一家は以前都会に住んでいた家の近くにあるマンションに引越した。あまり広くない間取りだが母親と二人で過ごすには広く、心細いと感じることもあったがなんとかやってきた。


 引越しの片付けも落ち着いたころに、私は二つの大きな決断をした。

 一つは親に無理を言って携帯電話を解約して、新規しんきで契約しなおすことだった。

 電話番号もメールアドレスも新しいものになり、過去の自分と決別しようと思ったのだ。だから、もし私の連絡先を聞いてくる人がいても絶対に教えないで欲しいと両親に強くお願いをした。

 もう一つは髪を切ることだった。

 女性が髪を切るというと失恋というイメージが付きまとう。私の場合は失恋とは違うが似たようなものなのかもしれない。今までの気持ちを切り捨ててリセットするという意味も込めて、髪を切ることにしたのだから――。

 そして、物心付いたときからずっとロングヘアーだった私はばっさりと髪を切ることにした。美容師でさえ、ハサミを入れる前に「本当によろしいのですか?」と、何度も確認するほどだった。こしの近くまで伸びて何かするたびにやわらかくれていた髪の毛は、今はボブヘアーになり肩に髪が届くかどうかという長さで落ち着いている。

 髪を切って、軽くなりすっきりした頭と、それでも晴れなかったもやもやとした気持ち――。

 その正体がなんなのかは分かっていた。その全てを分かった上で引越して、携帯電話の番号を変えたり、髪を切ったりして、今までの自分をあの町に置いてきたのだから――。



 そして、始まった高校生活――。

 私は以前に増して、のめりこむように勉強に没頭ぼっとうしていった。しかし、かつてこの街に住んでいたときと決定的に違ったのは人との付き合い方だった。

 初めて顔を合わせる新しいクラスメイトに声を掛けられてもおどおどすることはなくなったし、笑顔で対応することもできるようになっていた。

 最初は自然にそんな対応が出来た自分に驚いてはいたが、考えてみればずっとそんな対応ができる二人と長い時間行動を共にしていたのだから知らず知らずのうちに身についていたのかもしれない。

 思い返せば思い当たるふしはそれだけでじゃなかった。私が進路を決めた夏の日以降、あの二人に私の本心を悟られないようにいつも通りに振舞っていて――私は自分をいつわって周囲に合わせるということができるようになっていたからかもしれない。

 おかげで私はクラスに馴染なじむことができ、あの二人ほどとは言えないが、友人と呼んでも差しさわりのない人も出来た。

 表向き私の高校生活は順調そのものだった。

 ただいつまでもぬぐえない後ろめたさと、後悔と不安――。


「ねえ、知ってる? ミキの彼氏ってさ、大学生なんだって――」

「隣のクラスのユカがさー、同じ中学だった子と付き合いだしたらしいよ。でも、それがね――」

「この前歩いてたらナンパされてさあ。それでね――」

「あっ、マホ。この前彼氏と歩いてるの見たよ。ちょっと詳しく教えなさいよ――」

 クラス内で恋愛に関する話や噂話、浮いた話は聞こうとしなくても耳に入ってくる。やはり高校生というのはそういうことに敏感な時期なんだと感じながら、自分とは違う世界の話を聞いていた。

 そして、そういう話を聞きながら、あの二人は今ごろどうなっているだろうかと気になっていた。あのまま変わらなければ、二人はきっと――どう考えをめぐらせても行き着く答えは一緒で、途中で考えるのをやめる。

 それは私が望んだ結果であって、私が見たくないと逃げ出した原因なのだから――。


 そのまま特に変化のないまま一年半が過ぎ、高校二年生の秋。今、クラスの話題の中心は目前に迫る修学旅行の話題一色だった。

 お土産みやげの候補を調べたり、自由時間に回る場所を相談したりと盛り上がる中、私だけはその蚊帳かやの外にいた。

 実際は話の輪の中にいるのだけれど、話に加わることはなく修学旅行のしおりや観光のガイドブックに目を落としていた。

 なぜ乗り気でないかというと、修学旅行の行く先がかつて住んでいたあの町のある地域だからだった。

 もちろんあの町だけに行くわけではなく、同じ県内と隣県りんけんの有名な観光スポットをメインに周ることになっているのだが、二日目の自由時間の解散と集合場所があの古民家立ち並ぶ古い街並みを残すあの地域のすぐそばなのだ。そして、ほとんどの生徒があの町を回る予定を立てていて――思い返せば、あの町に住んでいたころ観光客や修学旅行風の見慣れない制服の学生をよく見かけていた。

 そして当然、自由時間なので行かないという選択もすることが可能で――。

「ねえ、沢井さわいさん。二日目よかったら一緒に回ろうよ」

「私たち、まず古民家とか立ち並んでるっていう街並みを見て回ろうかって、今、話してるんだけどさ」

「ごめんなさい。中学まで私はその町に住んでいたから、そこだと観光って気分になれないの。だから、私のことは気にしないで二人だけで回りなよ」

「へー。沢井さんって、高校からこっちに引っ越してきてたんだ。知らなかった」

「うん。でも、小四まではこっちに住んでたし、高校からこっちに初めて来たってわけでもないわ」

「そうなんだ。でも、せっかく住んでたのなら案内してほしいな」

「……ごめんなさい。住んでたといっても案内できるほど詳しくはないわ。それに、ちょっと他に行きたいところがあるから」

 それはうそだった。あの町で知り合った二人に色んなところを連れまわされたので、有名どころからマイナースポットまで細かく知っていた。詳しい場所は少し曖昧あいまいだが、近くに行けば今でも思い出すのは容易だろう。私はせっかくさそってくれた目の前の二人のクラスメイトに対する申し訳ないという気持ちから目をせる。

「うーん……そっかあ。残念」

「まあ、無理強いもできるようなものでもないしね。でも、私たちが沢井さんの行きたいところに付き合ってもいいんだからね」

「いいよ、いいよ。それに会いたい人もいるから――」

 そう言う私の姿に何かを感じたのか、二人は顔を見合わせ、同時にのぞき込むように私の顔を見つめてくる。

「なに? もしかして、沢井さん。彼氏とか友達とかと会う約束でもあるの?」

「ないって」

「ほんとにー? 沢井さんのそういう浮いた話とか全く聞かないから、てっきり昔住んでた場所に彼氏なり好きな人がいるとばかり思ったのになー」

「うんうん。沢井さん、クラスの中でもかなり美人な方なのになんでかなーと思ってたのよね。それで人と会うって聞いたら、そうかなと思うじゃん?」

「本当に違うって。会いたいのはお父さん。今、単身赴任でその町の近くに住んでるの」

 私が必死に否定し、誤魔化ごまかす姿に二人は声を出して笑い出す。

「わかった。今はそれで信じてあげるわ。でも、何かあったら気軽に私たちに言ってよ?」

「沢井さんと回りたいってのは本心だし、本当に他の場所でもいいんだからさ」

「ありがとう」

 私も二人に笑顔を向ける。そして、二人はまた修学旅行どうするかという話題に戻っていく。今度は私がそこに住んでいたということを踏まえて、度々私に意見を求めながら――私は少しだけ修学旅行が楽しみになっていた。

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