第18話 彼女を暖めるは甘酒?

 神社に近づくにつれ人の数は増えていった。そして、神社に着くと屋台が少し出ていて、青年会や婦人会がきだしをしたり、甘酒あまざけを配ったりしていた。

 どう回ろうかと涼太と相談してると、後ろから声を掛けられた。

「ああっ! やっぱり! 梨奈と町谷じゃん!」

「ほんとだー! あけおめー」

「あけおめー。で、なになに? もしかして、付き合いだしたとか言うんじゃないよね?」

 小・中と同じ学校だった同級生の女子三人組みに声を掛けられた。そのうち二人は私や涼太とは違う高校に、もう一人は同じ学校だがクラスは違っていて、校舎内ですれ違うこともまれだった。

「三人とも、あけおめー。そうよ、私たち付き合いだしたの」

 三人は一瞬黙り込み、私と涼太の顔を交互に見て、組んだ腕に視線をやる。そして、同時に噴き出すように笑い出す。

「ああ、やっとくっついたんだね、おめでとう」

「ねー。今さら、付き合いだしたと聞いても驚けないわ」

 笑いながら口々に感想を言ってくる。

「で、いつから付き合ってるの?」

「年末からだから、まだ一週間くらいかな」

 その答えがまた何かのツボを刺激したらしく、三人はさらに大きな声で笑い出す。私も頬をゆるませるが、涼太だけはどこか釈然しゃくぜんとしないという風だった。

 私たちのいる一角は大盛り上がりしているように見えるらしく、他の参拝客に白い目を向けられる。そんななか、その笑い声を聞きつけて、また別の同級生が集まってくる。

 今度は男子二人組で、彼らも小・中と一緒で――。

「あけおめー。なになに? みんな集まってるじゃん!」

「あけおめー。笑い声がすげえ響いてたけど、新年早々何か面白いことあったの?」

「聞いてよ! それがね、そこの二人。梨奈と町谷、とうとう付き合いだしたんだって」

「まじで?」

「うん、まじまじ」

 男子たちは先ほどの女子たちと同じように二人を順番に見て、組んだ腕に目をやる。そして、祝福の言葉を言いながら、同じように噴き出す。

「てか、涼太さー。やっぱ桑原くわはらさんと付き合ってんじゃん! 俺にはあんなに付き合ってないって、否定してたのにさー」

 涼太が渋い顔で指で頬をいている。

「なに? あんた梨奈に気があったわけ?」

「そんなわけないじゃん。ただ、卒業間際くらいにちょこっとだけかわいいかもって思っちゃったんだよ、悪い?」

 その発言でまたどっと場がく。そして、これだけ懐かしい顔が集まると自然と思い出話に花が咲く。あのとき誰々がバカなことをして先生にしかられただの、実は裏で付き合っていただのと会話の種は尽きる気配がなかった。

 しかし、私と涼太の二人が関わる話題になると、どうしても触れざるを得ないもう一人の女の子の存在――。

「そういえば、中学卒業してから、沢井さんと連絡取れないんだけど、誰か何か知らない?」

「沢井さんは今ごろ、どこで何をしているのかしら?」

 というような、陽子の現状を心配する話や、

「あのころはいつも三人でいたよな?」

「町谷が梨奈と沢井さんとどっちとくっつくかって、あの頃はよく話してたよね」

と、陽子を含めた思い出話を始めたりして――私と涼太はその場の雰囲気に合わせるように、明るく振舞っていたが、やはりどこかで陽子に対しては突然姿を消してしまったということを未だに消化しきれておらず、やりきれない思いや後ろめたさをつのらせていた。

 どことなく気まずい空気が流れはじめ、それを感じたのか、同級生たちは、

「じゃあ、二人の邪魔をしたら悪いから、私たちはそろそろ消えるね」

「そうだね。じゃあ、また今度みんなで集まって遊ぼうよ」

と、話題を転換させて、手を振りながら散り散りになっていく。私と涼太はそれを見送り、取り残される。

 周囲の喧騒けんそうとは他所よそに、急に静かになってしまった神社の一角で、私と涼太はしばらく腕を組んだまま立ち尽くしていた。

 涼太がふいに組んだままの腕をくいくいっと軽くひいてきた。私はどうしたんだろうと涼太の顔を見上げる。

「梨奈、お参りしに行こうか?」

 私が頷くと、そのままゆっくりと歩き出した。社殿までつくと、賽銭さいせんを入れ、鐘を鳴らしてから、二礼二拍一礼。


 涼太と楽しく幸せな一年が送れますように――。


 口に出さずにお願い事をしたあと、すっと顔を上げると隣で同じように手を合わせていた涼太も同じタイミングで顔を上げ、ふいに視線が合う。

 そして、そうするのが当たり前とばかりに腕を組んで社殿から離れた。そのまま近くのテントで配っている甘酒をもらいに行く。

「今年もお疲れ様です。甘酒二つください」

「はいはい。あら、町谷さんとこの……それに桑原さんのところの梨奈ちゃんじゃない。新年早々デートかしら? ふふふ」

 涼太の声に好奇の目を向けながら、甘酒の入った紙コップを差し出してくる。地域の婦人会の有志が毎年、甘酒を配布していて、青年団も屋台を出したり、神社内や付近の巡回などをしていて――そういうところに両親が関わっていて、手伝いもしている私たちが顔を出せばこういう反応をされるのは当然のことだった。

「はい、そうです」

 涼太はからかい半分の言葉に対しても真っ直ぐに返事を返す。そのはっきりとした肯定が嬉しかった。涼太は甘酒を受け取ると一つを私に渡す。

「あらあら、そうなの。若いっていいわねえ」

「それじゃあ、失礼します」

 涼太が頭を下げ、早々に話を切り上げる。私もそれに合わせて軽く頭を下げる。そして、人の流れから外れたところに移動した。

 両手で包むように持った紙コップは暖かくて、口をつけると甘さが広がっていく。

 涼太は隣で同じように口をつけていたが、一口で顔をゆがませる。私はそれを見てクスッっと笑う。それに気付いた涼太がムスッとした目でこっちを見てくる。

「ねえ、なんで甘酒嫌いなのに、毎年チャレンジしてるの? バカなの? それともマゾってやつ?」

「違うわ! まあ、今年こそは飲めるかもって、思って飲むんだけどさ……今年も無理みたいだ」

「それじゃあ、やっぱりバカじゃない」

「そうかもだけど、毎年、隣で美味しそうに飲んでる姿見たら、美味しいのかもしれないって思うじゃん?」

「はいはい。それで、今年も私が二杯飲むことになるのよね」

「ごめんって……」

 涼太はうううっ……っと小さく呻きながら、申し訳なさそうな視線を向ける。それがおかしくて噴き出し、そのまま涼太と顔を見合わせて声を出して笑った。

「そういえば、涼太はお願い事何したの?」

 笑いの波が過ぎ去った後に甘酒に口をつけながら、なんとなく尋ねる。

「うーん……秘密ってことで」

「そんな隠すようなお願い事したの?」

 私はジトっとした視線を送る。しかし、涼太はそれを真っ直ぐに受け止めながらやわらかな笑顔を返してくる。

「な、なによ?」

「なんでもないよ。そういう梨奈は何をお願いしたんだよ?」

「私は涼太と――」

 私は言いかけて固まる。面と向かって言うのは恥ずかしい。そして、言葉の続きを隠すように目をせる。急に顔が熱くなり、さらには背中から汗が噴き出しそうなほど体も火照ほてっているのを感じる。きっと熱い甘酒を飲んだせいだ――今はそのせいだということにしておきたい。

「俺と――なんだって?」

 伏せた目を戻すと、ニヤついた涼太の顔が目に入ってくる。時折見せる、私のことは何でも分かってるとでも言いたげな顔はなんだか腹が立つ。

「なんかむかつく」

 私は涼太のすね辺りを軽くつま先で蹴る。涼太はその私の反応が面白かったらしく、小さく声を出して笑っていた。

「大丈夫だって、梨奈」

「何が大丈夫なのよ?」

「梨奈と俺のお願いした事は一緒だと思うぞ」

「えっ??」

 私はドキッとして固まる。それを見て涼太はまた笑い始める。私は何も言い返せず、ううぅ……と、空になった紙コップのふちをくわえながら声を漏らした。そのまま何も言えず何だか悔しくて頬をふくらます私の頭を、涼太はぽんぽんと優しく叩く。

「なあ、梨奈――」

「……何よ?」

「改めて今年もよろしくな。楽しくて幸せだって思える一年にしような」

 涼太は少し視線を逸らしながら照れたような笑顔を浮かべる。

「……あ、当たり前じゃない」

 私は返事をすると同時に涼太の腕に抱きつくように組み付いた。

 そして、また私と涼太は一緒に歩き出す――。




 もう子供ではないけれど、まだ大人でもない私たちは、過去に後ろ髪を引かれつつも今を二人で腕を組んで歩いている。そして、この先の未来は分からないけれど、私と涼太の歩んでいこうとするみちは同じなんだと無邪気にそう思えるこの時間がとても愛おしく感じた――――。

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