第17話 そして、年が明ける

 年末からのここ数日ですっかり私と涼太は両家の公認の仲となった。私たちが付き合いだしたことが相当嬉しかったらしく、どちらかの家で合同で一緒にご飯を食べたり、酒を飲んだりと夜遅くまでわいわいと盛り上がっていた。私と涼太は散々からまれて、疲れが溜まっていた。


 一月一日。

 私は寝坊気味に、眠気眼ねむけまなこで台所に顔を出した。そこで、両親と新年の挨拶を交わして、一人分に小分けされたおせちと雑煮ぞうにを食べる。魚卵ぎょらんが嫌いな私は数の子を嫌な顔をしながら食べ、母親はそれを見ながら笑っていた。

「相変わらず、梨奈は魚卵はダメみたいね。でも、たしか、涼太くんは数の子とか魚卵は好きだったわよね」

「うん。たらこスパとか好物だし」

「それじゃあ、梨奈は将来大変ね」

「なんで? ……っ!?」

 母親の発言の意図するところに気付き、思わずうつむいてしまう。顔がとても熱い。私は手で顔をあおぐ。

「本当に自分の娘ながらかわいい反応で、お母さんの方が照れちゃいそうよ」

 母親は目の前で両頬に両手を当てて見せる。私は無言の抗議とばかりにジトっとした視線を送り、残っていた雑煮をき込んで席を立った。

 それから、テレビで元旦にやっている実業団駅伝とバラエティー番組を交互に見ながら、友人から届いていた新年の挨拶を兼ねたメールに返信していく。地元の友人からは、初詣に誘われたりしたが先約があるとそれは断った。


 そして、昼過ぎ――。

「こんにちわー!」

 玄関の方から扉が開く音と共に、家に響く声。私は用意していたコートと小さいバッグを手に、声の主の元に向かう。

「いらっしゃい」

「おう。にしても、けっこう気合い入った服着てんな」

「なっ……そういうあんたはいつも通り過ぎんのよっ!」

 私がむっとした顔をしながら、玄関に座ってブーツを履いている横で涼太はけらけらと笑う。

「あらあら、涼太くん。いらっしゃい。梨奈のこと頼むわね」

「はい、わかってます」

「でも、変なことをせずに早めに帰ってきてくれると、おばさんは安心だわ」

 母親が笑顔でとんでもないことを言う。その一言で場が変な沈黙に包まれる。ブーツを履き終え、コートに袖を通した私は、

「お母さんは余計なこと言わないでっ! じゃあ、行こ! 涼太!」

と、涼太の腕を引くように玄関から外に出た。そのまま十数メートル歩き、足を止め腕を離した。

「なんかごめんね、お母さんが変なこと言い出して……」

 私は申し訳ないと思いながら涼太の顔を見上げながら謝る。

「いいよ。おばさんも悪意があって言っているわけじゃないのはわかってるから」

「いや、さっきのあれは悪意丸出しでしょ」

「ははは。でも、まあいいじゃん。おばさんいつも優しいけど、たまにああやってからかったりしてくるのは今に始まったことじゃないし」

「そうだけど……」

「まあ、だから……とりあず……なっ?」

 涼太は視線をらしながら、右手を私のほうにゆっくりと差し出してくる。私は左手でそれを握る。涼太の手は思いのほか冷たかった。緊張しているのが分かって、どこかそれが面白くて――。

 そのまま神社に向かって歩き出したが、またしても数十メートル歩いて、足を止める。

「ねえ、梨奈?」

「なに、涼太?」

「何か違わね、これ? いや、恋人としては手をつなぐというのは間違ってはないんだけどさ……」

「うん、分かる。なんか兄妹とか家族で手を繋いでる感じというか、なんというか……」

「そうっ! それそれ」

 繋いだ手を離して顔を見合わせて笑う。

「それじゃあ、こういうのはどう?」

 私は涼太の腕にさっと自分の腕を組ませる。それはなんというかとてもしっくりきた。昔から、冗談交じりで腕を組んだりだとかしていたせいだろうか――。

「ああ、なんかしっくりくる」

 涼太も同じように感じたらしく、私の方を見ながら数度うなずいていた。私はそれに笑顔で返した。

 そして、神社に向かって、私と涼太は腕を組んで歩き出す――。

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