第四幕 冬の雪降る町にとけるはホットココア

第13話 移ろう季節に変化した関係

 授業が終わるチャイムが学校中に響き渡り、校内は一斉いっせいにぎやかさを取り戻す。

 それは私のクラスでも同様だった。放課後の予定を相談する声、部活に向かうために急いで教室を後にするあわただしい気配――それらを感じながら、私は帰り支度をしていた。そんなとき、ふとクラスメイトの女子に声を掛けられた。

桑原くわはらさん。これからどこかにお茶しに行こうって話してるんだけど、どうする?」

 私はその誘いに即答せず、横目で高校でも同じクラスになった幼馴染の姿をちらりと見る。彼は同じクラスの男子と談笑しながら、かばんに教科書やノートを収めていた。

 私は声を掛けてきた女子に視線を戻し、「うん。行く」と返事をし、立ち上がる。教室の後ろに掛けてあった自分のダッフルコートに袖を通し、マフラーを巻く。

 そして、私に声を掛けてきた女子と、他にもう二人の女子が帰り支度を済ませて話しているところに合流する。

「お待たせー」

 私が声を掛けると、さっきまで何を話していたか分からないが、この後の予定に会話がシフトする。

「うん。じゃあ、帰ろうか。で、どこ行く? 駅前のカフェ? ファミレス?」

「カフェがいいかなー。あったかいところで静かにのんびりしたいよー」

「私もカフェがいいなー。桑原さんは?」

 三人は中学でも仲良かったらしく高校でもよく一緒にいるのを見かける。私は彼女達と仲はいい方だが、もうすぐ冬休みというこの時期にいまだに、三人の雰囲気やノリ、空気感についていけないことが多々あった。

 もしかすると、このようなことを引越したばかりの頃の陽子ようこも感じていたのかもしれないと、もう一人の幼馴染の姿を思い浮かべる。

「私もカフェでいいよ」

 そうして私は、高校からの友人と他の高校生がやっているように寄り道をする。きっとカフェで他愛のないことや誰かの恋の話でもするのだろう。

 教室から出る間際、もう一度幼馴染の彼に目をやる。彼も高校からの友人と連れ立って違う扉から教室を出ようとしていた。もしかしたら、彼もこれから寄り道をするのかもしれない。

 同じタイミングで帰り始めたのだから、下駄箱で鉢合はちあわせるのも自然なことだった。

 上履うわばきからローファーにき替えていると、同じようにくつを履き替えている彼に声を掛けられた。

「梨奈は真っ直ぐ帰るの?」

「いや、みんなとカフェに寄るよ。そっちは?」

「俺は本屋に寄ってから帰るよ」

「ふーん」

 私と涼太は言葉少なく小声でやり取りをする。この微妙な距離感が私、桑原くわはら梨奈りなと彼、町谷まちや涼太りょうたの今の関係である。



 私と涼太、それともう一人の幼馴染の沢井さわい陽子ようこの三人の関係に変化が生じたのは、中学の卒業式の数日後だった。

 陽子は何も言わず、中学卒業と同時に引越してしまい、突然私たちの前から姿を消した。さらに携帯電話の番号などの連絡先も全て変えたようで、陽子本人と直接連絡を取る手段がなくなった。それに気付いたときには陽子が住んでいた家はもう空っぽで――。

 私は母親に陽子のことを尋ねたら、陽子の母親から元いた都会に戻ってそっちの高校に進学すると話していたと聞かされた。

 私自身も陽子の母親に電話をかけたが、陽子本人に口止めされてるからと陽子の連絡先を教えてもらうことは出来なかった。

 そんななかで始まった高校生活――私と涼太は同じ高校に入学し、同じクラスになった。しかし、それは本当は嬉しいはずなのにすぐ会える距離に陽子がいない、それだけで私と涼太の歯車はみ合わなくなっていった。



 そうしてむかえた冬休み。私は出された課題を少しずつこなし、時折遊びに誘われたら行くという普通の女子高生とでもいう生活を送っていた。涼太は家で課題以外にも勉強にいそしみつつ、時々友人と遊びに行っているようだった。

 涼太は高校に入ってから人が変わったように勉強に打ち込みだし、二学期の期末テストでついに学年上位に名前をつらねるようなっていた。無理をしているのは明らかで私はその頑張ってる姿に痛々しさを感じ、素直に応援することもできなかった。

 変化は私にももちろんあった。一年前の夏休みから伸ばし始めた髪の毛は当時に比べて二十センチ近く伸び、毛先は胸元辺りにまで届いていた。また陽子に教えてもらったスキンケアを続け、高校では運動部はおろか部活に入らなかったので、肌も当時に比べてかなり白くなり整った肌になった。

 しかし、髪は伸びたが陽子のようなさらさらで綺麗な髪ではないし、肌が綺麗になったとはいえ、陽子の色白ですべすべで柔らかい肌にはかなわない。それが分かっているから私はどこかみじめな思いも感じていた。

 そんな私のゆるやかな変化に涼太は何かを言うではなく、次第に話すきっかけを失っていき、会話をすることも減っていった。

 私と涼太はいなくなった陽子の姿を追い、影にすがろうとしていたのかもしれない。

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