第12話 夏の夜空を見上げて思うもの

 花火開始のアナウンスが流れる――。

 一発、二発と光の筋を残しながら空高く打ちあがり、夜空に光の大輪たいりんを咲かせる。花開く大音響だいおんきょうと共に、歓声かんせいが上がる。それが繰り返し繰り返し続いていき――。

 涼太はその最中、ふと隣の二人に目をやる。楽しそうに口を開け、声を漏らす梨奈の無防備むぼうびな横顔に笑いをこらえ、その奥でどこか物悲しげな陽子の姿にはかなさを感じた。

 花火も中盤に差し掛かり、大玉がテンポよく上がり続け、より大きく弾けて消えていく。振動が伝わるほどの迫力とダイナミックさに歓声の色も変わる。

 梨奈は両サイドの二人に交互に目を向けた。子供みたいに目を輝かせながら花火が上がる軌跡きせきを追い、炸裂さくれつする度に小さく「おお」と声を上げる涼太に笑いがこみ上げ、反対側の陽子はぼんやりと眺めているようでその横顔に切なさを感じ、どこか胸が締め付けられる気がした。

 花火も最後のクライマックスに差し掛かり、連発で空に打ちあがっては次々に光の花を咲かせ、観客の目を釘付くぎづけにし、あまつさえ呼吸を忘れてしまいそうなほどの光景を目の前に作り上げる。

 陽子は誰しもが花火に目を奪われている中、隣に座る二人に視線を移す。二人は同じタイミングで歓声を上げたり、声を漏らしていた。そんなお似合いの二人から視線を外し、自分の心中を投影とうえいするかのように地面をさまよわせる。

 一際ひときわ多くの花火が打ち上がり、それが弾け終わると歓声と共に拍手はくしゅが起こり、花火が終了したことを告げるアナウンスが流れた――。


「いやあ、花火最高だったな」

 涼太が座ったまま、腕を上げ伸びをしながら言う。

「ほんとにねー。今年はいい場所でゆっくり見れたし、文句の付け所もないね」

 梨奈が足を伸ばしながら答える。

「だろー? だったら、もう少し俺に感謝してもいいんじゃね?」

「はいはい、涼太のおかげで今年はとても楽しめました。ありがとうございます」

 梨奈が感情のこもっていない棒読ぼうよみのお礼を、涼太に三つ指を立てながら言う。涼太が梨奈のほうに顔を向け、「お前なー」と言いかけ、顔を見合わせて笑う。笑いながら二人で、

「陽子は楽しめた?」 「陽子ちゃんは楽しかった?」

と、同時に陽子に声を掛ける。陽子は戸惑った表情を浮かべるがすぐに笑顔を作り、「うん。とっても」と答えた。

 花火が終わったことで会場から帰るために一斉いっせいに移動を始め、あわただしさが増していく。涼太の提案でもうしばらく座ってのんびりして、人波の激しさがおさまるのを待つことにした。


 タイミングをずらしたことで人波に飲まれることなくすんなり帰路きろにつくことができた。会場を離れると人はまばらで、さっきまで本当に飲まれるほど人がいたのが夢か幻だったのではないかと思うほど静かな道を歩いた。

 そして、会場から一番近い陽子の家に向かう。陽子の家の玄関先で別れ、陽子は街頭がいとう照らす二人の背中を見送った。

 涼太と梨奈は今日のことを振り返りながら会話に花を咲かせ、連れ立って梨奈の家に向かった。梨奈の家の玄関先で、涼太は梨奈の母親に甚平のお礼をいい、洗濯し乾燥までしてある元々着てきた服の入った紙袋を受け取り、いてきた靴を手に梨奈の家を後にすることにした。

「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」

 涼太が頭を下げると、

「いいのよ。写真はプリントできたら梨奈から渡してもらうわね。それじゃあ、おやすみなさい」

と、梨奈の母親はいつもの柔らかい笑顔で小さく手を振る。

 十数メートル歩いたところで、後ろから聞き覚えのある玄関の開く音が聞こえ、

「ちょっと待って! 涼太!」

と、梨奈に呼び止められる。涼太は足を止め、梨奈のほうに向き直る。

「どうした? 何か用か?」

「用ってほどのことじゃないんだけどさ……」

 梨奈は言葉を選んでいるのか言いよどんでいるのか、言葉を詰まらせる。涼太は梨奈が続きを切り出すのを静かに待つ。

「なんか今日の陽子、ちょっと様子おかしくなかった?」

 涼太は今日の陽子を思い返す。確かに言われてみればと、思い当たる節があった。

「確かに……でも、それは体調悪かっただけかもしれないし……」

「そうなんだけどさ……陽子、最近あんまり元気ないというか……なんか悩んでるというか、そんな感じなのよね」

 梨奈と涼太は同時に黙り込む。

「この前の盆踊りの日に、陽子から電話あってさ……進路のこと相談されたんだけどあれかな?」

「俺も同じ日にその相談された」

「えっ、涼太も!? じゃあ、もしかしてまだ進路悩んでるのかな?」

 梨奈は不安な気持ちから、視線を落とす。

「そうだとしてもさ、どんな進路を選んでも応援するし、もしも違う学校だからって急に友達やめるとかじゃないわけじゃん?」

「そんなの当たり前じゃん!」

 梨奈はきっとにらむように涼太の目を見る。

「だから、今は陽子ちゃんの選択を見守るしかなくね?」

「うん……そうね。そうする。なんか呼び止めちゃってごめんね」

「いいってことよ。じゃあ、またな」

 涼太は自分の家のある方に向き直り歩き出し、梨奈も自分の家に向かった。


 そして、三人は家に帰り、自分の部屋の窓から見える空にそれぞれ胸に秘める思いをただよわせる――。





「きっと私がデネブだったんだ……」

 涙をこらえながら見上げた空には満点の星空が広がっていた。涙に揺れる星空は光をあわにじませていき、次第しだいに頭上に広がる満天の星空と白鳥座のデネブは天の川と混じり合う。

「炭酸みたいに、私のこの気持ちも抜けてなくなってしまえばいいのに……」

 まぶたを閉じ、ほほに流れるもう一つ川に甘酸っぱい初恋が溶けていき、甘い思い出だけが心の奥に取り残される――――。

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