第11話 明暗別れる夏祭り

 夏祭りの会場に向かう道中どうちゅう、梨奈はご機嫌きげんだった。

「それで梨奈、どういうことか説明はしてもらえるんだろうな?」

 涼太は、今にもスキップしだしそうなほど軽い足取りで隣を歩く梨奈に尋ねる。

「それはもちろん。夏休みに入った直後くらいに陽子と三人で夏祭り行きたいねーって話してて、せっかくだから浴衣着ようよってなったのよ。それで、ついでに涼太もそれっぽいの着せようって盛り上がってね――」

 梨奈は涼太の肩を叩きながら時折笑いながら話す。

「で、これのサイズがぴったりなのはどういうわけよ?」

「ああ、そんなの涼太のおばさんに聞いたからに決まってるじゃん」

「なに? うちの母さんもグルだったわけ?」

 涼太はこめかみを押さえ、あきれたとばかりにため息をつく。

「そうそう。それで、涼太に着替えさせる口実を作るために――」

「それであの炭酸の雨かよ」

「うん。まあ、ほんのすこーーしは、悪いとは思ってるわよ。まあ、あの炭酸も盆踊りの余ったびんラムネもらったやつだしね。それを昔、涼太がやってたシャンパンファイトごっこの要領ようりょうで、こう――」

 梨奈は両手を振りながら、再現する。

「あのなぁ……」

 涼太のあきれ顔に梨奈は笑顔を返す。

「陽子ちゃんも知ってた……だよね?」

 涼太は一歩引いたところから付いてくる陽子の方に顔を向けながら尋ねる。

「あっ、うん。ほんとごめんね」

 陽子は苦笑いを浮かべる。

「いいよ、いいよ。どうせ、梨奈が無茶言いまくったんだろうし――」

 涼太は梨奈の方にジトっとした視線を送る。梨奈はそれに気付き、ムッとした表情をするが、お互いに噴き出して笑い出す。

 そのまま話しながら、目的地を目指した。屋台の出ている会場付近に来ると人の数は増え始める。そして、会場に入るといよいよ見渡す限り、人、人、人で三人ははぐれないように注意しながら進んだ。


 しかし、会場の中を少し歩くと陽子の顔色が急に悪くなり、人の波から外れたところで一息つくことにした。

「陽子ちゃん、大丈夫?」

 涼太は座り込んだ陽子の隣にしゃがみ、声を掛ける。

「う……うん。たぶん人の多さにっただけだから……少し休めば大丈夫」

「そう? でも、本当にきついようだったら言ってね。救護きゅうごスペースもあるし、早めに花火の席の方に行くこともできるから」

 涼太は気遣きづかうように続けた。彼の父親が夏祭りの主催しゅさいに名を連ねている商工会しょうこうかいで役員をしていて、来賓席らいひんせきすみ一角いっかくを無理を言って取ってもらっていたのだ。

「いいっ! ほんと大丈夫だから……ありがとう……」

 陽子は顔をうつむかせたまま答える。涼太はそれ以上は何も言えず、無言で陽子のそばに立ち続けた。しばらくすると、人混みの間から梨奈が姿を現す。

「陽子、大丈夫? はい、水。近くの自販機じはんきで買ってきた」

 梨奈は手にしていたペットボトルの水を陽子に渡す。陽子は「ありがとう」と返事をし、受け取ったペットボトルに口を付ける。梨奈は心配そうにその姿を見つめるが、

「もう少しだけ休んだら大丈夫だから……」

と、陽子に言われ顔を上げる。そして、涼太と顔を見合わせ、アイコンタクトで、

『陽子、大丈夫よね?』

『だいぶ顔色よくなったし、大丈夫じゃね』

と、短い会話をする。会話を終えると、梨奈は陽子の隣にしゃがみ自分のかごバッグから扇子せんすを取り出し、陽子にゆっくりと風を送る。

 しばらくすると、陽子は立ち上がり、

「もう大丈夫だから。二人ともありがとう」

と、お礼を言う。梨奈と涼太は口々に心配そうに声を掛けるが、陽子はその全てにうなづいてみせる。

 涼太と梨奈は顔を見合わせ、陽子がそう言うなら過度かどに心配しないようにしようと、再度無言で言葉を交わし頷きあう。

「ねえ、涼太。花火って何時から?」

「たしか、八時……だったかな」

 涼太は甚平のズボンのポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認する。

「あと三十分ぐらいあるし、屋台でなんか買ってから、席の方に行ってのんびり食べながら待たない?」

「そうしようよ。夕飯食べてないから私、お腹空いちゃって……」

 涼太の提案に梨奈が乗っかり、お腹を押さえてみせてアピールする。陽子は梨奈の仕草を見て小さく笑い、

「私、ベビーカステラが食べたいな」

と言うと、涼太は「じゃあ、俺はたこ焼きーっ!」と続き、流れに乗り遅れまいと梨奈は、「私は、私は……冷やしパインでっ!」と無理やりひねり出す。涼太と陽子は声を出して笑い始め、梨奈は笑われるのが納得できないという顔するも、すぐに表情を崩し一緒になって笑い始める。

「じゃあ、とりあえず屋台見て回ろうか?」

 涼太が先頭切って人混みの中を後ろの二人が楽に歩けるよう道を作るように進む。その道を梨奈と陽子が続いた。


 まずベビーカステラの屋台を見つけ一袋買い、冷やしパインという案を撤回てっかいした梨奈がフライドポテトを二つ買った。

 そのまま来賓席の方に向かいながら、たこ焼きの屋台を探して歩き出す。途中、二軒ほどたこ焼きの屋台をスルーし、不思議に思った梨奈に「ねえ、たこ焼き買わないの?」と疑問を投げつけられるが、「こういうときに身内特権というか、そういうの使わないと勿体もったいないじゃん?」と涼太は要領の得ない返事をした。

 そして、涼太はついに一軒のたこ焼きの屋台の前で立ち止まる。

「おっちゃん! 来たよー。たこ焼きおくれー!」

 涼太は気さくに店主に声を掛ける。

「おお、涼ちゃん! 来てくれたのかい? ありがとうよ」

 店主は涼太の方に顔を向け、挨拶あいさつを返す。そして、涼太の後ろの梨奈と陽子を一瞥いちべつしてから、

「それにしても、涼ちゃんもすみに置けないねー。まさに両手に花、ってやつかい? うらやましいねー」

と、からかい半分の言葉を投げつける。涼太は笑ってその言葉を受け止める。

「まあ、とにかくサービスしておくれ」

「おっし! 俺と涼ちゃんの仲だ。大サービスで一つ分の値段で二つ持っていきな!」

「おっちゃん、ありがとう!」

「いいってもんよ。涼ちゃんには今年も屋台の設営やら何やらで手伝ってもらったからね」

 涼太はお金を払い、たこ焼きが二つ入ったビニール袋を受け取る。

「ありがと、おっちゃん!」

 涼太はお礼を言い、それに合わすように梨奈と陽子も小さく頭を下げる。店主はそれに手を上げて答える。

 そして、また来賓席の方に歩き出す。屋台から少し離れると、梨奈が涼太の肩を叩き、

「ねえ、さっきの人とはどんな知り合いなの?」

と、疑問を口にする。陽子も梨奈の隣で同じように不思議そうな顔を浮かべる。

「ああ、あの人はさ、父さんのつとめてる会社に勤めてた後輩……でさ、よくうちにもお酒を飲みに来たりしてたんだよ。今は転職して、小さなお店やってるんだ。それで、父さんはそこの常連で――」

「ちょっと待って。それで、簡単に言うとどういうこと?」

 眉間みけんしわを寄せた梨奈が話の腰を折る。

「うーん……父さんの友達みたいな人で、俺からすると親戚しんせきのおっちゃんみたいな感じの人かな」

 梨奈は「ああ」と声を漏らし、納得する。

「それで、去年から祭りに屋台を出すようになってさ、屋台の設営やら荷物運びとか手伝ったりしてたわけ。今日も昼前から手伝ってたしね」

 涼太は説明しながら半身はんみで歩きつつ、器用に人混みをすり抜けていく。

 そのまましばらく歩くと屋台の多い区画を抜け、花火を見るための開けた場所に出た。まだ花火が上がるまでは時間があるがすでに人が集まっていて、ござやレジャーシートに腰を下ろしたりと喧騒けんそうの中に笑顔があふれていた。

 涼太たちはその中を横切っていき、来賓席にたどり着く。そこはくいとロープで区切られた場所で、長椅子ながいすが並べられていた。涼太は入り口で父親の名前を出してから、自分の名前を名乗り、席の場所を尋ねる。

 そして、案内された一つの長椅子に涼太、梨奈、陽子の順に座った。花火が始まるまでの時間を利用して戦利品せんりひんを分け合うことにした。

 梨奈はたこ焼きの期待以上のおいしさに驚き、感嘆かんたんの声を漏らす。涼太は自分が褒められたかのように嬉しく思い、笑顔で「そうだろ、そうだろ」と相槌あいづちを入れる。梨奈の買ったフライドポテトはハズレで、三人で一つ食べ終わったところでため息をついた。残るもう一つは梨奈が自分で買ったものだからと無理して一人で食べようとしたところを、涼太が「俺、げ物好きだから」と、言いながら半分以上たいらげた。それを見ていた陽子が、「口直しにカステラ食べよう?」と、ベビーカステラの袋を開けて二人の方に差し出し、ふわふわでほんのりした甘さのそれに三人は頬をゆるませた。

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