第8話 都会の夜空に重ねて

 どうしようもなく考えが堂々どうどうめぐりしてしまい、自分で選択できない私は大事な友人に相談しようと思い、携帯電話を取り出した。

 最初に電話を掛けた相手は梨奈。通話履歴りれきのトップにあるその名前をタップする。

「もしもし、梨奈ちゃん?」

『陽子? 急に電話掛けてきてどうしたの? 今年の里帰りはどう? 何か楽しいことあった?』

 梨奈は最初こそ少し驚いた声だったが、すぐにいつものような明るく聞きなれた声に変わる。その声を聞くだけで気持ちが落ち着くような気さえした。

「うーん……おばあちゃんがね、今度浴衣ゆかた着るって言ったら、かわいい巾着きんちゃくくれたよ」

『そうなの? いいなあ。あっ、浴衣といえばさ、例の準備はばっちりだよ』

 梨奈が楽しそうに笑う。それに釣られて私も声を出して笑う。

「あっ、そうそう。梨奈ちゃんは今年のお土産みやげは何かリクエストある?」

『そうねえ……クッキーとかスフレみたいな洋菓子じゃなくて、和菓子がいいかな』

「わかった。探してみるね」

『うん、楽しみにしてる』

 私は本題を切り出す前に梨奈に気づかれないように深呼吸をして、服のすそにぎる。

「それでね、梨奈ちゃんに聞きたいことがあるんだけど……進路は決めた?」

『進路? うん。地元の公立に行く予定だよ。陽子はどうするの?』

「私はね……まだ迷ってる。梨奈ちゃん達と同じ公立に行きたいし、推薦の話も貰ってるしで……それで、どうしたらいいと思う?」

 私はまた「一緒の学校に行こうよ」と言われるのを期待していた。中学校への進学のときも、その一言で受験をせずに地元の公立中学校に行くことに決めた。だから、きっとまた――。

『ねえ、陽子は何を基準に高校を選ぶの? 自分の将来のため? それとも、私――たぶん涼太もよね……が、いるから?』

 梨奈の答えはなんともドライだった。そして、見事に甘い期待は裏切られ、さらには痛いところをかれ、私は言葉にまってしまった。

『陽子のことを責めてるわけではないのよ。私はね、そもそも勉強得意でないから行ける高校の選択肢はあまりないし、その中で自分の将来のことを考えたら、地元の公立がよかっただけだしね。高校に行って、その先は……よくて県内の短大に行くのかな? そのあとはどっちにしても地元で就職するんだと思う。昔からそうなるんだろうなあって、漠然ばくぜんと思ってた。私はこの街が好きだし、今は街を離れるなんて想像もできないからね』

 私は梨奈から初めて将来のことについての話を聞いた。

「梨奈ちゃんはすごいね。将来のこと、そんなに考えてて……」

『すごくない、すごくない。将来のことなんて実際のところは誰にも分からないし、もしかしたら何かやりたいことを見つけて、この街を飛び出してるかもしれないしね』

 梨奈は照れたようななんとも言えない声で少しだけ早口になっていた。そして、一度咳払せきばらいをして、改めて話を続ける。

『私はね、さっきも言ったけれど選べる選択肢が少ないんだよ。それは将来やりたいことをするためだったり、それを見つけるための選択肢だと思うんだ。きっとこの選択で将来できることは決まってくるんだと思う。でね、陽子は私なんかよりもたくさん選択肢があって、もっと上を目指せるんだから、目指せばいいんだよ。自分から道をせばめる必要なんてない。そうやって、ずっと上を見ながら進んでいけば、いつか星にだって手は届くかもしれない!』

 梨奈がいいこと言ったと胸を張ってる姿がありありと目に浮かぶ。私はいつもその姿や言葉にはげまされてきたし、そんな梨奈の背中をいつも追いかけてきた。私は梨奈の言葉を無言で何度も反芻はんすうさせてみしめる。

『あれ……? 陽子? もしかして、私、変なこと言っちゃった……?』

 梨奈は恥ずかしさを隠すように笑いながら、反応がない私に不安そうな声で言う。

「そうだよね……。星にだって手は届くかもしれないよね」

 私は口に出しながら、一人の男の子の顔を思い浮かべる――。

『もう大丈夫そうだね』

 そういう梨奈の声は温かかった。

「ありがとう、梨奈ちゃん。また帰ったら連絡するね」

『うん、わかった。じゃあ、またねー』

 梨奈との電話を終え、空を見上げ星に手を伸ばす。よくは見えないけれど頭上には、あの街と同じ星空が広がっているのだろう。

 夏の大三角形はどのあたりだろうか――? 梨奈と涼太の二人は夏の大三角形がどこにあって、どの星座のなんて名前の星を結んだものかまではおそらく知らない。私は目を閉じて、都会の夜空にあの街の空を重ねる。

 そして、ゆっくりと目を開け、飲みかけの炭酸飲料に手を伸ばす。喋ってかわいたのどうるおし、またキャップを閉めた。

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