第二部 夜空に重ねて消えゆくは

第7話 帰省した心の中は憂鬱模様

 今年もまたおぼんがやってきた。私は毎年この時期が憂鬱ゆううつだが、今年は特にそのが強かった。

 私は引っ越してから初めて帰省きせいというものを経験した。帰省と言うと、一般的には田舎いなかに帰るものと思われがちだが、私の場合は都会に帰るのだ。それは私が生まれ育ったのが都会で、小学校四年生の夏に父親の転勤で、古い街並みを残す田舎町に引っ越したからだった。その田舎町で過ごした五年間で、私にとって生まれ育った都会より愛着を感じる街になった。

 そして、私はその街でかけがえのない二人の友人と出会った。


 引っ越す前の私は引っ込み思案じあんに日々みがきをかけていて、話しかけてくれたりするクラスメイトはいても友達といえる存在はいなかった。誰かと一緒にいても、言葉通りただ一緒にいるだけだった。

 それが今は心から友達といえる人がいる。一人はいつも明るく、元気で笑顔が魅力的みりょくてきな女の子。もう一人は――。

 そんな二人といつでも会える距離にいないというのがさみしく、少し不安で――それが憂鬱になっている原因の一つだった。


 帰省するのは基本的に毎年お盆だけで、かつて住んでいたマンションから徒歩とほ数分で行ける距離にあった母方ははかたの実家と、車で一時間程走った郊外こうがいにある父方ちちかたの実家を順番に一泊ずつ回る。

 そして、今は母方の実家に来ていた。昼過ぎに到着して、まず祖父母そふぼに、さらに時期を合わせて帰省していた伯父おじ一家に挨拶あいさつませた。

 従兄弟いとことは年も離れていて性別も違うため、仲が悪いわけではないがあまり話したりすることもなく、私は料理の手伝いを口実こうじつに台所に引きこもった。その手伝いも一段落すると、部屋のすみで小さくなり時間をやり過ごした。

 夕食を食べ終わると、下戸げこの母親と未成年の自分以外の面々が酒盛さかもりを始めてしまい、いよいよ居場所がなくなってしまった。しばらく我慢がまんしていたけれど、夜の八時を回ったころ、「ちょっとコンビニに買い物に行ってくるね」と母親に伝え、家を抜け出した。

 こっちに住んでいたころはよくこの辺りも歩いたはずなのに、どこか知らない街を歩いているようで落ち着かなかった。

 コンビニでいつもの炭酸飲料を探すが缶のものはなく、仕方なくペットボトルの商品を手に取り、会計を済ませた。コンビニを出て、真っ直ぐに家に帰ろうという気にはなれず、近くの小さな公園に寄り道することにした。

 ベンチに座り、炭酸飲料のキャップを開け、一口だけ飲んで炭酸が抜けないようにキャップを閉める。そして、思い出す――五年前までは炭酸飲料が一切飲めなかったこと。初恋の人が好きな飲み物で、出会うきっかけにもなったこと。

 最初は彼の真似まねをして無理して飲み始め、いつしか好きになった――。なんだか思い返すだけでほほゆるみ熱を帯びてくるのを感じる。

 そんなことを思いながら、なんとなく見上げた夜空はほとんど星が見えず、見慣れた空との違いを感じる。その都会の明るいはずなのに暗い夜空に不安を覚えた。

 そして、その不安と同時に憂鬱さを感じるもう一つの原因がふと脳裏のうりよみがえる。

 それは進路を決めなければならないことだった――。



沢井さわいさん、進路は決めましたか?」

「いえ……まだです」

「それなら、以前にも言いましたが推薦すいせんの件も含めて、しっかりご家族と相談してください」

 夏休み直前の進路希望調査を白紙で出し、三者面談の場でも進路を再度問われた私はそこでも返事を保留ほりゅうした。

 本当は行きたい学校はあるのだが、それを担任の先生に伝えると学力とり合っていないので考え直すように言われるか、理由を詮索せんさくされるのが目に見えている。

 三者面談のあった日、家で両親と進路をどうするかと話し合いをした。学校から推薦の話を貰っていて、希望すればだいたいどこの学校にでも行けること、また成績からすれば特待生とくたいせいねらえると言われていること。推薦が貰えたことや先生からの評価は自分の努力が認められたようで素直に嬉しかった。

 両親はどの学校を選んでもいいという考えで、父親はさらにもう一つ選択肢せんたくし提示ていじしてきた。

「陽子がこの先、大学進学なんかを本気で考えているなら、前に住んでいた街に戻って、そっちの学校に進学してもいいんだぞ。先を見据みすえたら何かとあっちの方が便利だったりするからね」

「たしかにそうかもしれないけれど……戻るって、あなた。仕事はどうするの?」

「陽子が本気なら転勤願いでも出すさ。すぐに転勤できなくても一、二年くらいなら単身赴任たんしんふにんで俺だけこっちに残ってもいい」

 父親の言葉に母親もそれ以上は何も言わなかった。そして、二人の視線がゆっくりとこちらに向く。

「ちょっと待ってよ、お父さん。私の答えによっては引っ越すって、本気で言ってるの?」

「ああ。大事な娘のためだからね。ただそういう進路もあるんだということは覚えていて欲しい。選べる選択肢は多い方がいいからね」

 父親はいつもよりやわらかな表情をこちらに向ける。母親の方に顔を向けると、

「あとは陽子が自分の将来のことも考えながら、行きたいと思う学校を選びなさい」

と、こちらも同じような表情を向けてきた。

「わかった……ありがとう」



 十年、二十年後に思い返すと、紛れもなく人生の岐路きろだったと思える選択を迫られて、優柔不断ゆうじゅうふだんで今まで誰かの決めたみちを歩いてきた私には、その選択は重すぎて――。選択によっては家族だけでなく、大事な友人である桑原くわはら梨奈りな町谷まちや涼太りょうたとの関係にも大きな変化が生じるわけで――。

 私が行きたいと思う学校はそんな二人の友人が行くであろう地元の公立高校だった。直接は聞いていないけれど、私と違い運動が得意で勉強があまり得意でない二人は、近いという理由も含めて、その高校を選ぶのだろうと思っている。学力や将来だとかそういう面から見ると、私がその高校を選択するのはいい選択でないのは分かっている。ただ恋愛だとかそういうことに一番多感になっていくこれからの時間を私は好きな人の近くで過ごしたかった。

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