第6話 伸ばした手が掴みたいもの

 そんなとき、ズボンのポケットから携帯電話が着信を告げるために振動しんどうし始める。あわててポケットから携帯電話を取り出し、画面を確認するとそれは陽子ようこからの着信だった。普段から電話で話すことはあまりないうえに、今、彼女はお盆の帰省きせい中で引っ越す前に住んでいた都会にいるはずで――。

『もしもし』

 電話の向こうから小さな声で話しかけてくる聞きなれた声。

「急にどうしたの? 今、里帰り中だったよね? 今年はどう? 何か楽しいことあった?」

 驚いたことを隠すためについつい矢継やつばやに質問を重ねてしまう。電話の向こうで、困っているのかなんとも言えない間が生まれる。

『えっと……うん。おばあちゃんとか優しいから』

 なんとも微妙な返事が返ってきてやってしまったかなという思いから、頭をく。どんな話題を切り出していいかわからず頭を悩ませる。またしても生じた気まずい間を埋めたのは陽子だった。

『なんか電話の後ろの方が少しさわがしいみたいだけれど、今何かしてた?』

「後ろ? ああ、今日は盆踊りなんだよ」

『そうなんだ。もしかして、誰かと一緒だったりした?』

「そんなことないよ。俺は楽しむ側でなくて、楽しんでもらう側だから。それでちょうど今、休憩中だったし」

 電話の向こうでほっと息を吐くのを感じた。

『それならいいんだけど……あっ、そうそう。今年のお土産みやげは何がいい? 涼太くんは何か欲しいものある?』

「うーん……洋菓子ようがし系のお土産はなんというかありきたりな気がするし、お菓子とか食べ物なら和菓子わがし系がいいかな」

 お土産をリクエストするのは気が引けるが、毎年帰省のたびにお菓子だとかを買ったりで選ぶ方も大変なのかもしれないと思い、素直な意見を述べた。

 しかし、答えたのはいいものの電話の向こうの陽子は反応がなく、電話がつながっているのかさえ不安になってくる。

「陽子ちゃん?」

『……あっ、ごめん。和菓子ね。わかった』

「まあ、無理に買うことはないよ。お土産はモノより楽しい土産話の方がいいからね」

 電話の向こう側から『うん』という返事は返ってきたが、どこか心ここにあらずという風でまたしても変な間が生まれる。

「そういえば、何か話あったんじゃない?」

 沈黙に耐え切れず話を切り出す。

『うん、そうだった。ところで……涼太くんはもう進路決めた?』

「地元の公立の高校に行く予定だよ」

 電話の向こうで小さなため息とともに小声で、『やっぱり』と呟く声が聞こえた気がした。

『私ね、進路のことで迷っているんだけれども、どうしたらいいと思う?』

「どうって?」

『えっとね、先生からは推薦すいせんの話もらっててね、でも、私としては二人と同じ公立の高校にも行きたいと思っててね……それで、どうしたらいいと思う?』

 二人という言葉に引っかかりを覚えたが、それは自分と梨奈のことだろうと思った。

 そして、陽子の相談に対しての回答は――本心を言えば、陽子と同じ学校に通いたいと思っている。


 なぜなら、初めて会ったあの夏の日から陽子に恋をしているのだから――。


 しかし、自分のそんなワガママのために、学年で常に成績トップ争いをしている陽子に進学する高校のランクを下げてくれと言うのは無責任な話だと思った。逆に陽子のレベルに合わせようにも、そんな学力はないし、自分が頑張がんばってあと半年足らずで追いつける気もしなかった。

 それより何より、当たり前だけれど、陽子の将来を決めるのは陽子本人で――。

「陽子ちゃんはさ、高校で何がしたいの? 高校でじゃなくてもその先でもいいんだけどさ」

 だから、自分の気持ちを押し殺して陽子の気持ちを優先させるしかなかった。無言のままの陽子に言葉を繋げる。

「俺や梨奈はお世辞せじにも頭がいい方ではないし、行ける学校なんて地元の高校くらいしかないんだよね。それに俺はきっとこの街で生き続けるんだと思うんだ。地元の高校に行って、卒業して、そのまま地元に就職して……みたいなさ。小さい頃から、そういう将来しか想像できないんだよね」

 陽子は静かに聞いているようで、一呼吸置いてさらに続ける。

「でも、陽子ちゃんは選べる選択肢があって――将来何がしたくて、そのために何を選べばいいかなんて、きっと俺なんかよりずっと頭もよくてかしこい陽子ちゃんなら見えていると思うんだ。将来やりたいことがわからないなら、今できる一番いい選択をすればいいんだよ。そうやって選んで進んでいく道は間違ってないと思うから――」

 途中から何が言いたいのか分からなくなったが、自分の気持ち以外で言いたいことは伝えた。自分なりに背中を押したつもりだ。しかし、受話器の向こうで陽子はだまり込んでいて――。

「もしかして、意味分からない変なこと言ってた……かな?」

『……ありがとう。またそっち帰ったら連絡するね』

 陽子はそう言うとあっさり電話を切ってしまった。携帯電話をズボンのポケットに戻し、これでよかったのかと自分の取った選択を思い返す。

 自分と違い、都会から引っ越してきた陽子はこの街に縛られていない。そんな人をこの街や地域に引き止めることはできないし、その方法も知らない。

 ただ繋ぎとめる手段として思いつくのは――。しかしながら、告白をしてオッケーを貰える保証も自信もない。

 だけど、恋人になれば陽子は何も言わず自分と同じ公立の高校を選択するだろう。もしかすると、そんなリスクをおかさなくても、一緒の学校に行こうと言うだけでもそうするかもしれない。

 しかし、好きな人である以前に大切な友人だからこそ、進む道は自分で選んで欲しかった。仮に、違う道を選んだとしても会えなくなるわけではないのだから――。


 だからこそ、俺は――町谷まちや涼太りょうた沢井さわい陽子ようこに告白するのを躊躇ちゅうちょしていた――。


 想いを告げられないまま見上げた星空に、届かない想いに手を伸ばす。

 持ってきていた炭酸飲料を一口飲んで、炭酸が抜けていることに気付いた。

 人の気持ちや想いというものも、まるで抜けていく炭酸のように目に見えず、気づいたらなくなってしまうのかもしれない。

 それでも残った甘い記憶と想いを胸に秘め、また懲りずに炭酸飲料を口にするのだろう――。

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