第一食:知らないところで目が覚める

俺死んだのかな。アパートの階段で倒れてからすぐ、俺は暗闇で覚醒した。

あの足音は何だったのか。どうして世界は変わってしまったのか。

それと給料は!?

結構頑張って働いたのになかったことになるなんてショックである。

気づけばこの暗闇では俺の体が存在しない。意識だけの存在ということなのだろうか。

俺は半ばあきらめて、体はなくとも存在しえない地面に胡坐をかこうとした。

それから幾秒か過ぎて、細いラグビーボールのような白い隙間が現れた。それは何度も

点滅し、少しずつ広くなった。そしてハッと気づく。

自分に体と重力が戻ってきたことに少し安心。もしくは絶望しながら周りをきょろきょろ見

まわした。両目の横を冷や汗がつたう。少し油気を含んだ髪の毛が襟首にかかる。

かなり細くなった体と伸びた全身の毛を見て、かなりの時間がたったことを悟った。

やはり夢ではなかったらしい。まあさすがにあんなにベルトでべしべしたたいていたかったのに

目が覚めなかったのだから当然である。あまり感覚がはっきりしない。今自分はどこに

いるのだろうか。ベッド・・・。の上か。それは実家のものではなかったので知らないところだと気づいた。

ましてやうちのアパートにベッドなどないわけで。そんなことはどうでもいい。いやどうでも

よくない。素材からしてこのベッドは・・・。獣の革?それにベッドの基盤は頑丈そうな木だ。

なんかゲームのようである。枕はわら。布団は簡素な布だ。やっぱり変だ。耳がだんだん冴えて

くる。声が聞こえる。安心した。人たちがいるようだ。

あの日世界は変わってしまった。しかし生存者もいたのだ。とりあえずあれから何日たったのかとか、

状況について知りたい。そしてあのバカ家族たちが生存しているかとか。あまり好きではなかった

両親も、この状況では心配するに決まっている。ベッドから降りようとするが思ったように体が動かない。

力が入らない。誰かを呼ぼうと声を出そうとするが声も掠れて出ない。数十分格闘したが、やはり思った

ように動かずに諦めた。おなかも減り、また意識の闇へフェードアウトーーー

「お兄ちゃん起きたよ!」

!?

誰だ?少しぼやけて見えないな。もう少し目をいたわればよかった。ゲームのし過ぎでよく見えない。

普段は眼鏡をかけていたが、この状況では愛用していた眼鏡もないだろう。と、不意に視界が晴れた。

よく見渡せる。

「目がよく見えなかったんでしょ?大丈夫!この天才魔法使いのエミア様が・・・。」

するともう一人の声が耳に刺さる。

「おい!勝手に魔法使うなって言ってるだろ!失敗したらどうすんだ!失明するぞそいつ!」

今なんか恐ろしいことが聞こえた気がするんですがそれは・・・。まあ成功したらしいしいいだろう。

「だって寝ている対象物には回復魔法使えないんだもん!目を覚ました今、回復魔法使うしかないでしょ!」

「お前はむやみに使って見せつけたいだけだろ!」

女の子?少女?幼女?声からして10歳くらいか?それともう一人は18歳くらいの声だな。この二人に

かくまわれたのか俺は?なんというか助かった。何か食べさせてほしい。そのとき、かすかに匂った。

香ばしい肉の香り。はじける肉の油。甘みを含んだジューシーな肉の香り!

そしてぱちぱちと焼く音が聞こえる。さっきまで動かなかったのがウソみたいに跳ね上がった。上体を

ベッドの上で起こして、音とにおいのする方向へ、よくなった目で凝視する。一人の少年。やはり18歳くらい

の少年が簡素な絹の服の上にトラ柄のエプロンをして手を動かしている。調理器具は見たことないものばかり。

そして調理されているものも見たことがない色や形をしていた。そして今木製のさらにそれらが添えられた。

「どうぞ。」

横にある木製の手作り感あふれるテーブルのことっと置かれた。

「エルフィンホーンの肩ロースステーキです。」

石を削って作ったようなフォークと、鉄を削って作ったようなナイフが前に置かれた。先ほどまで動かなかった

腕が躍動感を持って動き、素早く二つの食事用具をつかんだ。少し使い慣れない動きで肉を刺す。

フォークで刺した穴から肉汁があふれ出る。少し腕にはねた。アツアツの肉汁が鼻を刺激する。

やばすぎる!この時点でもううまい!体がよじれそうだ。腹がいっそうなる。空っぽの胃がうなりだす。

ナイフを肉に刺した。少し上から押しただけなのに切れた。断面はうっすらと赤く、表面はパリパリの皮

になっている。皮に包まれ閉じ込められた肉の油が一斉にどうどうとあふれでる。食べやすい形に切る。

「いた・・・だきます!」

声を振り絞り神に感謝する。口に入れる。涙がこぼれそうになる。パリパリの皮はかみごたえがあり、かむたびに

濃厚な鳥のまろやかさがあふれ出してくる。肉の部分はぷりぷりとしてとろっと口の中で溶けていくようだ。

「あー。これかけてもおいしいぞ。」

少年がテーブルに追加で木の実がベースだというソースと、玄米のような米を置いた。肉を切る。ソースをたっぷりと

からめとり。コメの上にのせて食らう。体が震えた。首から腹まで鳥肌が伝った。唾液がいっそう出てくる。

ソースは少しの酸味としょっぱさ、そして柑橘系の甘みを引き出し、米は噛めば噛むほど甘く、ソースと

マッチングしている。そこにステーキだ。涙があふれる。こんなにおいしいものは初めてだ。

「うま・・・すぎます。ありがとう。本当に・・あぅ。」

少年少女は顔を見合わせニカッと笑ってこう言った。

「だろ!でもそれ以上においしいものは世の中にたくさんあふれてるんだぜ!」

「そうよ!特にあれがおいしかったわね!金の刺身!金身鯛!」

そんなことを言われ俺は驚愕する。これ以上においしいものがこの世に存在するなんて!

そしてあまり意識しなかったがこれは俺が知らない生物の肉であった。調味料は塩と胡椒だけと言っているが、こんな

うまみを持った生物を俺は知らない。とりあえず食おう!

俺は無我夢中で食らいついた。こんなに幸せなことが今までにあっただろうか。すべてを忘れて食べることに

没頭することがあっただろうか。

「本当にうまかった。ごちそうさま!」

久しぶりにごちそうさまといった。それほどに素晴らしかった。

「ところでお前は一体何なんだ?」

少年が聞いてきた。年下にお前と言われるのは心外だが、今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。

「ん。俺は三島。三島 風也だ。今までは建築士をやってた。」

その言葉に二人は驚きを顔に浮かべる。

「建築士!?そんなにすごい人だったんですか!」

そこまで驚くことかと言いたいが、先ほどから見る簡素な形の家ではそれもそうだろう。この家をじっくりと観察すると、

木製の土台に石を組み立てているだけのように見える。建築士と言ったらこの世界のすごい人なのだろう。

俺のことを逸材だと思っているのか。ならもっと丁重に扱え、とか思っているわけではない。ああは言ったものの、

俺は下っ端の下っ端中の下っ端なのだ。のみで削ったり、電ノコで木材きったりくらいしかしてなかったわけだ。

そして俺も聞いてみた。

「めちゃウマな食事をありがとう。君たちの名前は?」

「私は天才魔法使いのエミア!みんなからはエミーって呼ばれてるわ!怪我したら魔法かけるからいつでもーぎゃふん」

エミアはもう一人の少年に殴られ情けない声とともに頭を抱えてダウンした。

「だから言ってるだろ。失敗したら責任とれねえんだって。あぁ、こいつの魔法はあまり受けないほうがいいぞ。

昨日だって一人の友達の歯がなくなったらしいからな。」

やべえ。尋常じゃねえ。俺いつか殺されるかも。

「俺の名前はクロム。17歳だ。今さっきの料理で気づいたと思うが俺は狩人だ。よろしくな。」

いや、全然気づかなかったっす。てか狩人って何?魔法使い?でもさっき目なおしてもらったしなあ。

嘘じゃないんだろうけど、信じがたいなあ。それと彼17歳だったんだ。外れてちょっとショック。

で、俺はその時気づいてしまった。

「あれ?君たち耳・・・。」

「ああこれね!私たちはエルフ族なの!別に珍しくなくない?あなたこそ珍しいわよ。ヒューマンなんてそんなに見ないもの。」

いつの間にか復活したエミアが言った。

えぇ~!まさかの展開!?マ○オさんになりかけちゃったよ!そんなゲームみたいなことがあるわけないよな!

でもこれは・・・。

「お前動転してんだろ。あの事件からもう三年だもんな。何があったか知らないんだろ?」

「その通りでございます。」

俺は何があったのか教えてくれと頼んだ。

「まだ確定はしていないが、最近ではこう言ってる。俺たちのプラント、そっちで言うとこの地球とそのプラントが

別次元内の座標でぴったりと一致して、一体化してしまったといわれている。簡単に言うと、地球の座標がある次元での

100 100 100だとする。俺たちのいた次元のプラントも100 100 100でぴったりと一致して、

別次元同士の融合をしてしまったということさ。」

いや、まったくわかんない。けど信じるしかないのだろう。しょうがない。事実、俺はこういう待遇を受けているわけだしな。

「それで、さっき言ってたけど俺と同じ種族はいるのか?その、ヒューマンって。」

すると少し周りのムードが下がった。そしてクロムが少しずつ話す。

「すまない。確かにヒューマンはいる。しかし、ほとんどが次元衝突事件の次の日に、俺たちの次元の好戦的な種族に狩られて

しまった。助けられなかった。」

「でもでも!私たちが守った約3000人はいるよ?ヒューマンだけの町もあるし。今ではどの種族もつながっているんだよ!」

え、なになに?俺ってたまたま生き残ったの?

「でもあの事件でこの世界は地球+プラントで二倍の大きさになって、ほとんど未開拓の土地なんだよ。新生物がほとんどだしね。」

今でも世界の10分の一も踏破されてないんだよ。」

「まあそれには理由があるんだけどな。あの事件以来、各地にいろんな塔や洞窟が生成されているんだ。そこにはいろんな危険生物

がいて、開拓に時間がかかるんだ。また、それぞれに凶悪なボスがいるらしい。」

なにこれ?やっぱりゲームみたいになっちゃったの?俺剣とって戦うの?

「だけどね!私たちには騎士さんたちがいるから平和に暮らせてるんだよ!明日から風也もはたらこ!」

「完全回復するまでうちに泊めてやる。ただし、ただ働きだぞ。」

あれ~?未知の世界冒険するんじゃないんですか~?


一年後旅に出ることになるのだが。

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